第一話 まあ混沌の戦士だから仕方ないんじゃね? 01
「あり得ん」
声が、聞こえた気がした。
彼は手で弄んでいるそれから目も上げずに、耳だけを動かして声の出所を探す。
どこかで聞いた覚えのある声だった。そう、確かこの声は――
「あり得ん」
もう一度聞こえた。今度は本当に聞こえた。さっきはかすれたような小さな声だったが、今度のそれは大きかった。まるで自分で自分に確認するような大きな声。若干苛立ちの混じったその声に、彼は――ケフカは、聞き覚えがあった。
第一話 まあ混沌の戦士だから仕方ないんじゃね? 01
(……皇帝サン?)
ケフカは肩にかかった金髪を払いのけ、ソファの後ろに身を乗り出す。お手製のティナ人形が絨毯の敷かれた床に落ちたが、彼は気づかない。
ここはカオス軍の者たちに与えられた住居であり、彼らはみなここで暮らしている。若干の不満はあるものの基本的に皆は仲良しであるし、生活環境は整っているのでなんの不便もないように思われるが――たまに、あるのだ。
さすがは「混沌」の名をとる戦士たちだけあり、生活リズムは皆それぞれバラバラ。誰かが寝ていても必ず誰かは起きているし、食事の時間も毎回違う。世話焼きのガーランドやゴルベーザなどがまとめようとはしているものの、前述したとおり彼らは「混沌」の戦士だ。協調性などハナからない。
(何……? なんで冷蔵庫?)
ケフカが今いる場所、居間の後ろにはキッチンがある。大きなテーブルを挟んで彼は皇帝の背中を見ている状況だ。で、その皇帝は――
白い寝間着姿のまま、冷蔵庫に顔を突っ込んでいた。
「…………………」
別に今の時期はあまり暑くない。よって、皇帝は暑さを緩和するために冷蔵庫に顔を突っ込んでいるわけではないと推測される。その前に、皇帝はプライドが異様に高い。いくら暑かろうが冷蔵庫に顔を突っ込むなど、そんな行為はしないはずだ。
「…………皇帝サン?」
意を決し、ケフカは声をかけた。と、同時に、声をかけたことを後悔した。
こちらに振り向いた皇帝の顔はまるで般若のように歪に歪み、その背中からは鬼神の如き殺気が立ち上っていた。機嫌が悪い。そんなことは火を見るより明らかだった。
しばし、二人は言葉を失う。
彼の姿を見れば分かるように、今はまだ朝。それも早朝なので、起きているものはケフカと皇帝だけだった。
白目を向いて何か唸っている皇帝を見、ケフカは思考を巡らせる。
まあ、皇帝は短気だ。かなり短気だ。カオス軍一と言ってもいいほど短気だ。よって彼はよく怒る。それは日によって理由を変えるが、些細なことでもちょいちょい怒る。
皇帝の怒った理由――正直あまり知りたくもないが、この沈黙がいやなので――を知りたいケフカは、深呼吸をして自分を落ち着かせ、とにかく聞いてみることにした。
「…………ど、どうしたんです、か?」
言葉が変なところで途切れてしまったが大丈夫か? 大丈夫だ、問題ない。と心の中で自分を励ますケフカ。
対して般若の皇帝は返事もせず、こちらを見て何か唸るだけだった。ぴしり、とケフカの額に青筋が一瞬浮かんだが、まあ怒ってるやつを叱ってもどうにもならないだろうと思い直し、彼はそれを元通り皮膚の下へとしまいこんだ。
「――プリンだ」
「――は?」
何か、言った。
般若の皇帝が、何か、言った。
彼のその尖った耳には、「プリン」という単語が飛び込んできたように思えたが、彼はどうにもそれを信じることが出来なかった。え? 皇帝サン、ヨーグルト派じゃなかった? などという答えではなく、え? 皇帝サン、そんなの冷蔵庫に入れてた? という疑問が形となって彼の頭の上に浮かぶ。
さっきも言ったように、この家には「混沌」の戦士たちがあふれている。彼らが(例外あり)規則を守るわけがない。逆に守ったら混沌じゃなくて秩序だし。
彼らは自分の食べたいものを自分で買ってくる。そしてそれを冷蔵庫に保存する際、自分が買ってきたという証拠に名前を書く。そうでもしなければ他の者に食べられてしまう危険性があるからだ。
そして、自分の物を誰にも奪われたくない皇帝は、必ずそれに名前を書く。皇帝のそれには、必ず「マティウス」と達筆に書かれている。後の癇癪が恐ろしい――というよりは、面倒くさい――ので、それに手を出すものはいない、はずなのだが。
どうやら、いたらしい。
「昨日買ってきた私のプリンが、なくなっている」
「……はぁ」
ケフカは間の抜けた返事を返す。途端に皇帝は大股で、寝癖も直していない金髪を振り乱して彼に近づき、その襟首をがっしと掴む。
「きっさっまっがったっべったっんっじゃっなっいっのっかっ!!!」
ごきぼきべきん、とケフカの首の骨がなった。彼は皇帝になされるがまま、あ、これ私首折れますね。と、自分の運命を受け入れている。
暖簾に腕押し、糠に釘。こういう奴の対処法は、とにかく「無視すること」だ。
むーん、とケフカは揺すられながらも考える。
(皇帝サンの物なんか、誰も取りませんよね……こうなるの見えてるし。ということは空気の読めないクジャとか……ああ、コスモス側にもそんなのいましたねぇ……ティナちん攫っていった……なんて名前でしたっけ)
途中から完全に話題が変わってしまっていることには構わず、ケフカは考える。
(まあ、僕ちんも甘いものは好きですから、疑われるのも納得は出来るんですが……プリンはね、どうもね。合わない感じですし……)
「……ということは、貴様が食べたのではないのだな」
「いやなんで通じてるの!? テレパシー!? カッコ内で喋ったはずなのにッ!!」
襟首を掴まれたまま自分の頭を抱え、半ば悲鳴に近い絶叫を上げるケフカ。皇帝はそれを冷ややかな目で見、
「ふん、私にとって人の心を読むことなど造作もないからな」
「じゃあ、その能力活用して誰が食べたか調べればいいじゃないですか」
沈黙。
沈黙。
そして、沈黙。
一瞬が永遠に感じられるとは正にこのことだろうなとケフカが思い始めたとき。
「し、しまった! そうだった!!」
今度は、皇帝が頭を抱えて絶叫した。
声が、聞こえた気がした。
彼は手で弄んでいるそれから目も上げずに、耳だけを動かして声の出所を探す。
どこかで聞いた覚えのある声だった。そう、確かこの声は――
「あり得ん」
もう一度聞こえた。今度は本当に聞こえた。さっきはかすれたような小さな声だったが、今度のそれは大きかった。まるで自分で自分に確認するような大きな声。若干苛立ちの混じったその声に、彼は――ケフカは、聞き覚えがあった。
第一話 まあ混沌の戦士だから仕方ないんじゃね? 01
(……皇帝サン?)
ケフカは肩にかかった金髪を払いのけ、ソファの後ろに身を乗り出す。お手製のティナ人形が絨毯の敷かれた床に落ちたが、彼は気づかない。
ここはカオス軍の者たちに与えられた住居であり、彼らはみなここで暮らしている。若干の不満はあるものの基本的に皆は仲良しであるし、生活環境は整っているのでなんの不便もないように思われるが――たまに、あるのだ。
さすがは「混沌」の名をとる戦士たちだけあり、生活リズムは皆それぞれバラバラ。誰かが寝ていても必ず誰かは起きているし、食事の時間も毎回違う。世話焼きのガーランドやゴルベーザなどがまとめようとはしているものの、前述したとおり彼らは「混沌」の戦士だ。協調性などハナからない。
(何……? なんで冷蔵庫?)
ケフカが今いる場所、居間の後ろにはキッチンがある。大きなテーブルを挟んで彼は皇帝の背中を見ている状況だ。で、その皇帝は――
白い寝間着姿のまま、冷蔵庫に顔を突っ込んでいた。
「…………………」
別に今の時期はあまり暑くない。よって、皇帝は暑さを緩和するために冷蔵庫に顔を突っ込んでいるわけではないと推測される。その前に、皇帝はプライドが異様に高い。いくら暑かろうが冷蔵庫に顔を突っ込むなど、そんな行為はしないはずだ。
「…………皇帝サン?」
意を決し、ケフカは声をかけた。と、同時に、声をかけたことを後悔した。
こちらに振り向いた皇帝の顔はまるで般若のように歪に歪み、その背中からは鬼神の如き殺気が立ち上っていた。機嫌が悪い。そんなことは火を見るより明らかだった。
しばし、二人は言葉を失う。
彼の姿を見れば分かるように、今はまだ朝。それも早朝なので、起きているものはケフカと皇帝だけだった。
白目を向いて何か唸っている皇帝を見、ケフカは思考を巡らせる。
まあ、皇帝は短気だ。かなり短気だ。カオス軍一と言ってもいいほど短気だ。よって彼はよく怒る。それは日によって理由を変えるが、些細なことでもちょいちょい怒る。
皇帝の怒った理由――正直あまり知りたくもないが、この沈黙がいやなので――を知りたいケフカは、深呼吸をして自分を落ち着かせ、とにかく聞いてみることにした。
「…………ど、どうしたんです、か?」
言葉が変なところで途切れてしまったが大丈夫か? 大丈夫だ、問題ない。と心の中で自分を励ますケフカ。
対して般若の皇帝は返事もせず、こちらを見て何か唸るだけだった。ぴしり、とケフカの額に青筋が一瞬浮かんだが、まあ怒ってるやつを叱ってもどうにもならないだろうと思い直し、彼はそれを元通り皮膚の下へとしまいこんだ。
「――プリンだ」
「――は?」
何か、言った。
般若の皇帝が、何か、言った。
彼のその尖った耳には、「プリン」という単語が飛び込んできたように思えたが、彼はどうにもそれを信じることが出来なかった。え? 皇帝サン、ヨーグルト派じゃなかった? などという答えではなく、え? 皇帝サン、そんなの冷蔵庫に入れてた? という疑問が形となって彼の頭の上に浮かぶ。
さっきも言ったように、この家には「混沌」の戦士たちがあふれている。彼らが(例外あり)規則を守るわけがない。逆に守ったら混沌じゃなくて秩序だし。
彼らは自分の食べたいものを自分で買ってくる。そしてそれを冷蔵庫に保存する際、自分が買ってきたという証拠に名前を書く。そうでもしなければ他の者に食べられてしまう危険性があるからだ。
そして、自分の物を誰にも奪われたくない皇帝は、必ずそれに名前を書く。皇帝のそれには、必ず「マティウス」と達筆に書かれている。後の癇癪が恐ろしい――というよりは、面倒くさい――ので、それに手を出すものはいない、はずなのだが。
どうやら、いたらしい。
「昨日買ってきた私のプリンが、なくなっている」
「……はぁ」
ケフカは間の抜けた返事を返す。途端に皇帝は大股で、寝癖も直していない金髪を振り乱して彼に近づき、その襟首をがっしと掴む。
「きっさっまっがったっべったっんっじゃっなっいっのっかっ!!!」
ごきぼきべきん、とケフカの首の骨がなった。彼は皇帝になされるがまま、あ、これ私首折れますね。と、自分の運命を受け入れている。
暖簾に腕押し、糠に釘。こういう奴の対処法は、とにかく「無視すること」だ。
むーん、とケフカは揺すられながらも考える。
(皇帝サンの物なんか、誰も取りませんよね……こうなるの見えてるし。ということは空気の読めないクジャとか……ああ、コスモス側にもそんなのいましたねぇ……ティナちん攫っていった……なんて名前でしたっけ)
途中から完全に話題が変わってしまっていることには構わず、ケフカは考える。
(まあ、僕ちんも甘いものは好きですから、疑われるのも納得は出来るんですが……プリンはね、どうもね。合わない感じですし……)
「……ということは、貴様が食べたのではないのだな」
「いやなんで通じてるの!? テレパシー!? カッコ内で喋ったはずなのにッ!!」
襟首を掴まれたまま自分の頭を抱え、半ば悲鳴に近い絶叫を上げるケフカ。皇帝はそれを冷ややかな目で見、
「ふん、私にとって人の心を読むことなど造作もないからな」
「じゃあ、その能力活用して誰が食べたか調べればいいじゃないですか」
沈黙。
沈黙。
そして、沈黙。
一瞬が永遠に感じられるとは正にこのことだろうなとケフカが思い始めたとき。
「し、しまった! そうだった!!」
今度は、皇帝が頭を抱えて絶叫した。
■作者メッセージ
更新遅くなって申し訳ない……です。
絵とか入れていきたいなあ。
絵とか入れていきたいなあ。