一晩がたち、夜明けと同時にヴェイグは目を覚ました。
目の前には見知らぬ天井ではなく見知らぬ床が広がっており、アニーやフィオナ、ニノンといった女性陣が寝息をたてて眠っている。
逆にヴェイグの背中に見知らぬ天井が広がっているが、これはヴェイグがアクロバティックな寝相で天井に張り付いて寝ていたわけではない。
ヴェイグの側（そば）ではティトレイがいびきをかきながら宙を浮きながら寝ており、マオもヴェイグよりやや下の位置で「もう食べられないよ」と寝言を言っていた。
昨晩、寝泊りする小屋はここ一つしかなく、この狭い空間で年頃の男女が密着して寝るのはどうかという議論になった。
そこで空間を立体的に使おうという結論にいたった。
ニノンのフォルスにより男性陣を宙に浮かせ、空間を透明な二段ベット状態として男女を上下で区切ったのだった。

最初はやはり床で寝るのとは違い落ち着かないんじゃないか、首が寝違えてしまうんじゃないか、と多々心配な点があったが実際に浮いてみると全て杞憂で終わり意外と寝心地が良かった。
体が羽のように軽いため筋肉が寝床に押し付けられる時にかかる負担がない。
だから寝返りを打つ必要もなければ寝返りを打てないという違和感さえ感じない。
頭も重さがないため垂れ下がることもない。
だから寝違えることもない。
感覚としては雲の上で眠っているようだったが、これは実際に浮いて寝てみないと分からない感覚だろう。

ただ一つ問題があるとすればニノンが起きない限り男性陣は地上に降りることができないということだろう。
そう、ヴェイグは思っていた。

「おう、もう起きたのか。さすがに早ぇな」

散歩に出ていたブライトが平然と扉を開けて入ってくるなりヴェイグを見上げて感心した。
逆にヴェイグは口をパクパクさせる。

「あー何で俺だけ普通に歩けてんのか気になってんのか。だが少し考えれば分かるはずだぜ？」

「……重力のフォルスか」

ブライトは正解と言わんばかりに指をパチンと鳴らした。

「ブライト、俺も下ろしてくれないか？」

「あぁ良いぜ。ただ……」

ブライトはヴェイグに右手をかざしてから不適な笑みを浮かべた。

「俺のフォルスはポンコツだからよ、勢い余ってペチャンコになってもしらねぇぞ？」

ヴェイグは額に手をあて、ため息を吐いた。
一晩経って忘れたかと思っていたがブライトは昨日「用無し」と言った言葉を誰もフォローしてくれなかったことをいまだに根に持っていた。

「（面倒なヤツだ……）構わない、やってくれブライト。お前のフォルスの操作の精密さがあれば俺は絶対にペチャンコにはならない。俺はお前を信じてる」

ブライトはヴェイグにかざしていた右手を一旦引っ込め後ろ髪をかくと、左手をヴェイグにかざした。
すると、ヴェイグの体はゆっくりと床に着地した。

「ブライト、俺も下ろしてもらいたいのだが」

今のやり取りで起こしてしまったのか他の面々も目を擦りながら起き始めた。

「ちょっと待ってな！さすがに１人ずつじゃねぇとコントロールが狂っちまうからよ！」

ブライトは満面の笑みを浮かべながらユージーンに左手をかざす。

「あっ、ご、ごめんなさい！私がもっと早く起きていれば……。わわ、私も手伝います！！」

手伝うというかニノンがフォルスを解除すれば全てが済むこの現状で、ニノンは一回深呼吸してからフォルスをゆっくり解除した。
すると男性陣の体にゆっくりと体重が戻っていき、『全員』床に着地した。
また密集して狭くなった小屋の中でブライトは世紀末に敗れたかのように腕を上に伸ばした状態で硬直していた。

「先生どいて！そこにいたら顔を洗いに行けない！」

彼の心情など梅雨知らずルルはブライトの腰を（＞＜）みたいな顔をして押すが微動だにしなかった。
それから準備を整え外に出ると庭園に多種多様なプランターが並べられていた。
そのプランターの中には以前ティトレイが持ってきたキノコから群生した立派なキノコやトマトなどがあり、ジークが何やらそわそわしていたが一同はとりあえずスルーした。
ニノンを加えた１３人はこれからこのプランターを連結させるためにロープで結ばなければならない。
そう、昨日ヴェイグ達が小屋に運ばれた時のように今度はこのプランター達を連結させノルゼンまで運ぶのだった。

フィオナはロープでハーブのプランターを縛りながら昨日のことを思い出していた。
そもそもこの野菜やハーブといったものはここで自給自足をしようとニノンが育てた野菜達である。
しかしニノンがヴェイグ達に同行するとなると野菜達の世話ができなくなってしまい、帰ってきたら全滅していたなんてことは洒落にならない。
というかニノンちゃんが泣いてしまう。
そこでノルゼンにいるニノンの友達に世話を頼むということになったのだが、さすがにノルゼンから空中庭園までを往復できるような超人は滅多にいない。

「だったら鉢植えに移してノルゼンまで運んでったらどうだ？」

最初、ティトレイの提案に１２人は溜息しか出なかった。

「運ぶのはさっき俺達が運んでもらった方法を使うにしても、あの数の植物をどうやって植え替えるんだよ？」

ジークがティトレイに問うが、ティトレイは自分の胸を強く叩いた。
庭園には一つの畑をつくれるほどの植物が群生している。
それをティトレイは外に出るなり彼のフォルスによりチョチョイとほんの数時間程度で植え替え作業を終わらせた。

息を切らし仰向けに倒れるティトレイをよそにニノンは植物を確認すると葉は瑞々しく艶があり、植え替える前と変化はなかった。
また土壌を見ても植物に必要なリンと窒素を適度に含んでいるらしく、一回の収穫分ならばこのまま鉢の中でも過ごせるとのことだった。

「なるほど、俺は庭師にもなれねぇわけか……」

ブライトが何やら呟いていたがジークは、はち切れんばかりに熟れたトマトに釘付けになっていた。
ヘタの数、光沢、そして大きさ、どれをとっても文句のつけようがない。

「これと卵を合わせたら美味そうだな……」

「た、卵ならキッチンに……ます」

ジークが振り返るとニノンがもじもじしていた。
ニノンが一生懸命育てた野菜を真剣に見つめるジークが気になって仕方なくなり近付いたところでたまたま独り言が聞こえたようだ。

「そういえばそろそろお腹空いたね」

カインが言うとおり、１２人はここまで雪道を転びながら歩いてきた後のため疲労と空腹がマックスだった。
ブライトのフォルスで登ってくる時に見たオレンジの太陽も既に山脈へ隠れようとしており、時間も調度夕飯時のようだった。

「で、では私が作りますねっ！そ、それと……」

ニノンはパタパタと羽をばたつかせながらジークを見る。

「トマトと卵の料理……その、あの、た、食べてみたい……です」

「あ、あぁ……」

久し振りに人見知り発動中のジークは短く返事をすると、収穫を手伝ってからキッチンへと向かった。

「人見知りはジークよりはマシになったみたいだネ！」

「まったくもう……」

ニノンの成長に喜ぶマオに対して不甲斐ない兄にルルは溜息を吐いた。
そしてフィオナがそんなジークを面白くなさそうな顔をして見つめていた。

「あ、肉あるんだ」

食卓に並ぶ料理を見てジンは意外そうな顔をした。
外の庭園では野菜やハーブしかなくそれはニノンが自給自足するためと聞いた時、もしや夕食もベジタブル一色なのかと密かに覚悟はしていた。
しかし覚悟虚しく肉料理も出てきたことに完全に意表を突かれた。

「ま、街に降りた時に……その……」

ニノンはまだ初対面のヒトとは饒舌に話すことは難しいらしい。
しかし、それだけでも何となく伝わった。
先程街に降りた時に親切にしてくれたヒトと友達になったと言っていたがその時に街で卵や肉などを買ったということなのだろう。
ニノンとジークはキノコのグラタンやカボチャスープ、卵焼きにトマトを和えて焼いたもの等を並べていく。
柱を中央に据えた円卓に料理が並び終わるなり全員席につくと食事が始まる。
早速ニノンは卵焼きに飲み込まれているトマトを一口頬張った。

「お、美味しい！！……です」

ニノンは信じられない物でも見るように料理をマジマジと見つめた。

「でしょうね！」

何故かフィオナが得意気に胸を張る。

「で、でも……味付けとか……してませんでした……よね？」

「嘘！？」

ニノンはまた一口、二口と頬張りながらジークを見る。
口の中にさっぱりとした酸味と卵の甘味が広がっていく。

「素材の味が良いんだよ。普通に買ったトマトじゃこんな味にはならねぇよ」

ジークはフィオナに向かって言ったためニノンの顔を見なかったが、ニノンの顔は真っ赤になっていた。

「それに卵がスールズ直送ってのもでかいだろうな」

ノルゼンは一年を通して極寒なため家畜の成育には適さない。
そのため海路で一直線の位置にあるスールズと交易をしている。
それが功を成し、ノルゼンでは良質な牛乳や卵が手に入る。
また、雑菌も繁殖しにくいためチーズを作るのにも適している。

「この野菜もとっても美味しいですよ！」

「す、すごい！ニンジンが苦くないよ！？」

アニーが笑顔で褒める傍らでニンジンが大嫌いなルルがぼりぼりとニンジンをむさぼった。
新鮮なニンジンの甘味がルルの食欲を掻き立てているのだろう。
そんな苦手を克服しようとしている妹の様子を見たジークは、

「……俺ももう用無しなのかもな」

沈んでいた。

「そ、そんなことないですっ！き、きっと私なんかより良いお嫁さんになれますよっ！」

それを聞いたフィオナが握っていた野菜スティックのニンジンがピキッと音を立てると勢い良く上半分が吹っ飛びジークの額にスマッシュヒットし、ジークは後ろに倒れた。

その後ジークはフィオナに噴水のある少し広い庭園に呼び出された。
噴水と言っても水が噴射しておらず代わりに中央に小さな木が立っていた。
しかしその周囲には透き通った水が溜まっており、どうやら湧き水がここに溜まっているらしくニノンもここから水を調達している。
そんな湖面に月が映し出される中、ジークは階段を降りて噴水庭園へ足を踏み入れるとフィオナはジークに背を向けて立っていた。
しかし足音でジークが来たことが分かるなり扇を構えながら振り返った。

「特訓するわよジーク！」

「そんな殺意のこもった顔で言われてもな……」

ジークにはフィオナがもはや般若の面を被ってるようにしか見えなかった。

「何をそんなに怒ってんだよ？」

「お、怒ってないし！」

フィオナは笑顔を無理矢理作ろうとするが、どうしても引きつってしまっていた。
しかし次の瞬間には何か思いついたのか般若が一瞬消え去った。

「思い当たることがあるとしたらキョグエンであんたに負けたことかしらね。勝ち逃げされたと思うとなんか腹が立つ……！！」

般若が帰還した。
般若が握る閉じた扇がだんだんと金棒に見えてくる。

「わ、分かった！とりあえず落ち着け！な！？ここで万が一力加減を間違えたら山の麓（ふもと）まで真っ逆さまだぞ！？」

「た、確かにそうね……」

人語を理解できる般若はなんとか天に召され、ヘの字の口をしたフィオナの顔に戻った。

「それよりやっぱ自家栽培ってすげぇんだな。ルルも嫌いなニンジン食べてたし、俺も挑戦してみようかと……」

そこまで言ったところでフィオナの体に般若が帰還した。

「ねぇ、紐無しバンジーって知ってる？」

「できれば一生知らずにいたいんだが……」

それからレッツバンジーという謎のコールと暴風が噴水庭園にしばらく鳴り響いた。
そんなことを思い出しながらフィオナに縛り付けられるプランターからミシミシと音が鳴り始める。

「フィ、フィオナさん！？さ、さすがに締め付けすぎですよッ！！」

「……えっ！？あ？あぁあごめんなさい！」

さすがのニノンも大事な家族のピンチに大声を張り上げ、フィオナも色々と驚きながら力を緩める。
一方でニノンの家族を命の危機に陥れた原因のジークはフィオナの隣でまだ成熟していないキノコを凝視していた。

（どうやったらこんな風に育つんだ？）

「ジ、ジークさん。そ、その……よろしければ色々とレシピを教えていただいても良いですか？か、代わりになるか分かりませんが、栽培のコツとか……教えますので……」

「あ、あぁ……」

ジークは短く返事をすると隣のプランターから再びただならぬ音が上がり、ニノンの悲鳴がレンパオ空中庭園に木霊する。

　　　　　　　　　　　　〜続く〜