第16話 〜魔導兵器との死闘〜
崩れた塔の天辺周辺に見える、赤い稲妻。その正体はおそらく、高濃度のエアルなのだろう。周囲のエアルは、その塔を中心に流れているようだった。
「フレン、気をつけろ。」
「はい。」
ナイレンらはその塔のふもとまでたどり着き、地面と塔との間の空間を覗き込んだ。ナイレン、フレン、シャスティルの3人が下を窺うと、赤い粒子が下から溢れ流れてくるのが見える。
「更に下か。」
「入り口、あっちですね。」
呟くように言うナイレンに、シャスティルは右に見える通路を目線と共に伝える。その先に2人も視線を向けた、次の瞬間だった。
「ぐうっ!」
苦痛の混じったうめき声と、ドサッと何かが倒れ、そしてカランと剣が地面に落ちた音が続いて聞こえた。周囲を警戒していたユーリやクレイらが何事かと振り返る。すると、先ほどまでフレンらが覗き込んでいた空間から伸びた赤く細い触手が、ナイレンの左腕を貫いているのが目に入った。傍には呆然として尻もちをついているフレンと、突然の事態に動けずにいるシャスティルがいた。それだけで何が起きたのか、彼らは理解した。赤い触手に襲われるはずだったのは、実はフレンだった。それをナイレンがかばった結果、触手は貫いた左腕から徐々に広がるように彼の身体を蝕んでいた。その攻撃のせいなのか、ナイレンがそれを引き抜こうとしてもうまくいかない。それを見て、クレイが血相を変えて駆け寄ろうとした、その時だった。ズンっと地面に響くほどの衝撃と共に、メルゾムが一行の頭上から姿を現した。そして手に持つ棍棒で叩かれた衝撃のためか、ナイレンの腕から触手は身を引き、するすると舞い戻って行った。
「痛ててて……よう!」
「メルゾム!」
突然一行の前に出てきたメルゾムは、立ち上がろうとしながら彼へ声をかけた。ナイレンが驚いて彼の名を呼べば、その直後、驚くのは早いと言わんばかりに、あたりからギルドの男が3人ほど次々と姿を一行の前に現したのだ。
「はぁ〜…年だなぁ、ナイレンよう。」
「お互い様じゃねぇか。」
「ふん。よう、ユーリ。ずいぶんと余裕のない顔してんな。」
高い場所から勢いよく降りた衝撃によるものなのか、立とうとした刹那に鈍い音を立てて痛んだ腰を支えながらメルゾムはぼやいた。そんな彼に、ナイレンは左腕を抱えて膝をつきながらも、余裕の言葉を返したのだった。それを面白くないとばかりに荒い返事で返したメルゾムは、近くに立つユーリへと余裕のある言葉をかけた。突然の登場に驚いていたユーリは、そんな彼にあっ気にとられていた。
「お節介なんだな。」
「はははは!可愛くねぇのぅ。町がなくなっちまったら、俺らも商売ができねえからな。それに子分の仇もとらなくちゃならねぇ。さっさと片付けちまおう。」
だが次の瞬間には、くすりと口元に笑みを浮かべ、恐らくメルゾムのお気に入りであろう余裕の垣間見える生意気な口調で返してみせたのだった。メルゾムはその発言を豪快に笑い飛ばし、そして静かに気合を入れた。その様子に、クレイとナイレンはふっと笑みを浮かべていた。
「隊長!」
「痛みは取れたよ、大丈夫だ。」
そして立ち上がろうとするナイレンに、治癒術を施していたヒスカが心配の声をあげた。彼は優しい笑みを携えてそう言うと、彼女の魔導器へと目をつけた。魔核が赤い光を爛々と放っている。リタの術式に限界がきていたのだろう。
「もう魔導器はずせ。」
「でも…」
「暴発したら皆を巻き込むぞ。」
「あ、はい!」
ヒスカはその言葉に従い、右腕の魔導器を投げ捨てた。そして体勢を立て直したナイレンを先頭に、メルゾムらギルドの一行も加え、彼らは再び先へと進んだ。シャスティルが示した入口から入り、慎重に螺旋階段を下って行く。下のフロアにたどり着くと、奥へ続く暗い回廊から、怪しく輝く赤いエアルの粒子が流れていた。
「いかにもだな。」
「頼むぜ、二人とも!」
ユーリが回廊を鋭く見つめながら呟く。ナイレンは両隣に立つ少年2人に笑いかけながら、威勢よく先頭を進んだ。
茶色い石で造られた回廊を、一行は急ぎ足で進んで行った。エアルが流れ、複数の足音が響くだけの静かな通路。その最後尾を走るメルゾムは、その途中、異様な気配を察した。足を止めることなく後ろを振り返れば、まるで彼らを追うように地面が脈打つようにうねり、向かってくるではないか。
「ナイレン!」
メルゾムが警告の大声をあげ、足を速めた。だが、もう遅い。床の波は一行の足元を大きく揺らし、壁や床へとその身を飛ばして行った。ユーリやフレンも床へと身を投げ出され、そして彼らを通り過ぎた地面のうねりへと目を向けた。直後、彼らからそう遠くない場所で床が盛り上がり、一体のゴーレムが床から生えるようにして現れたのだった。周囲に漂うエアルと同じ赤い二つの光で彼らを捉えると、ゴーレムは巨腕で床を強く叩いた。それは衝撃波となって体勢を整え直せていない一行へと襲いかかる。それでもなんとか回避を成功させれば、エルヴィンが埃の舞う中ファイヤーボールを放ち応戦する。だが、ゴーレムの動きは素早かった。床の中に潜るように攻撃をかわしたかと思うと、ユーリとフレンの後ろから、今度は壁を突き破るようにして姿を現した。
「がぁあ!!」
そして、それだけで終わりではなった。フレンたちがその一体に注意を向けた直後、反対の壁からも同種のゴーレムが出現し、そばにいた隊員の一人が、続いてエルヴィンまでもが殴り飛ばされていった。だが、その事に気を取られている場合ではない。ユーリとフレンは目の前の一体に集中し、剣での反撃を試みた。だが
「剣じゃ無理だ!」
ゴーレムは遺跡を作り上げている石のブロックで構成されている。斬ることも突き刺すこともできない。得意の剣が通用しない相手の攻撃をかわしながら、ユーリは焦りの混じる声をあげた。すると、それならば、とフレンが赤い光を放つ、ゴーレムの目とも呼べる部位へ剣を突き立てた。そこにブロックはない。剣は易々と奥へと突き刺さった。だが、目を閉じるように彼の剣をとらえ、その隣のブロックから彼を嘲笑うように目が現れた。
「うわぁ!!」
「フレン!」
しまった。フレンがそう思った時には、その身体は暴れるように動くゴーレムの力によって天上へと叩きつけられていた。力なく床へと崩れるフレンの名をユーリが呼ぶ。だが、彼に気を配ってばかりもいられない。突然その身を後ろに引っ張られたかと思うと、それまで彼がいた場所にゴーレムの一撃が叩きこまれた。ギリギリのところで彼の身を救ったクレイは、無駄だと知りながらも剣撃でゴーレムへと立ち向かっていく。もう一体の相手をしているアイヒープ姉妹も、彼女同様に剣で立ち向かっていた。だが、襲いかかる巨腕相手に、悲鳴をあげ転がりながら回避するしかできない。その時、ゴーレムの横でフレンが痛む身体を起こした。すると、ゴーレムを構成するブロック同士をつなぐ、複数の赤い筋のようなものが視界に入った。思い切ってそれを断ち切ると、ゴーレムの身体の一部が支えをなくしたように崩れていった。
「ユーリ!赤い筋を切れ!!」
その攻撃に驚いたのか、その一体は壁の中へと逃げるように身を引いた。残りの一体を相手するユーリに向かって、フレンはその弱点を大声で告げる。だが、狙いは定められても敵は攻撃の隙を与えてくれなかった。ゴーレムと睨みあい、ユーリが動けずにいた、その時だった。彼の横をクレイが駆け、それに続くメルゾムと共にゴーレムの顔面に攻撃をした。それにより、敵の注意はユーリから2人へと移った。虫を払うように巨腕が2人の身体を殴り飛ばし、クレイはそばの壁に叩きつけられ、メルゾムはギルドの部下たちの足元へと転がった。そしてユーリに背を見せて、メルゾム達を追いかけるようにゴーレムは這い寄っていく。
「ユーリ!」
「おう!」
その好機を逃すな。そう言うようにナイレンが彼の名を強く呼ぶ。ユーリはそれに応え、クレイの頭上の壁を足場に強く蹴り、上から勢いよく赤い筋を断ち切っていく。ナイレンも同時にいくつかの筋を斬っていき、ゴーレムは崩れ倒れていった。横通路に身を隠していたメルゾムらは、ユーリたちがそれを倒したことを確認すると回廊へと舞い戻ってきた。だが直後、そんな彼らの背後からゴーレム出現の気配がした。
「キリがねぇ。先行け!」
「すまねぇ!」
いつまでも足止めされているわけにはいかない。メルゾムはナイレンに向かって叫び、部下と4人で武器を構え、敵の前に立った。ナイレンはクレイを立たせながらメルゾムに一言残し、隊員達と共に奥へと進んだ。