第17話 〜赤き異変の中枢〜
回廊を駆けた先に大広間が見えた。そしてナイレン達がそこへ足を踏み入れたのと同時に、天上から舞い降りるようにブロックが積み上がって行くのが目に入る。思わず足を止め、その光景を見上げる。すると、先ほどとは比にならない、数100メートルはあるのではないかと思うほどのゴーレムが彼らの前に現れたのだ。
「でかいって…。」
あまりの巨大さに、ユーリは思わず驚愕を通り越した呆れの声を漏らした。だが、その口調と表情のようにのんびりとしてはいられなかった。さっきのとは違って足を持つそのゴーレムは、ブロック同士をつなぐ赤い筋を自在に伸ばし、巨大な手で彼らに迫ってきた。一行は左右二手に分かれてその攻撃をさけ、直接攻撃を受けないように走り続けた。そのうちの片方、シャスティルとヒスカたちが逃げた方に、ゴーレムは狙いを定めて攻撃した。
「きゃあ!!」
リタの術式を使い、応戦しようとシャスティルが魔導器を発動させた。だが間に合わず、敵の攻撃の余波で仲間共々吹き飛ばされてしまった。埃が舞い、視界が遮られる。すると今度は反対側にいたユーリやフレン達目がけ、踏みつぶさんとばかりに向かってくるではないか。それをユーリ達は、再び左右に分かれて回避していく。巨体とはいえ、同じ構造の敵だ。弱点はわかっている。だが、そこは容易に攻められない位置にあった。フレンは天井から伸びているいくつかの赤い筋を睨みつけながら走り続ける。敵はナイレンと共に逃げた仲間の攻撃に気をとられ、こちらに向かってくる様子はない。その隙にユーリ、フレン、そしてクレイの3人はシャスティルたちのもとへと向かっていく。舞い上がった埃が晴れた頃、彼女達が瓦礫の中で呻いているのが確認できた。足や腕をブロックで挟まれて身動きが取れずにいるようだが、命に別状はないようだった。シャスティルも、自分の左腕とヒスカの右足を捕えているブロックを動かそうと、強く右手で押していた。その時だった。
「嘘っ、やだっ!!ちょっと!!」
彼女の魔導器が限界を告げた。魔核が赤い光を爛々と放っている。だがそれを外そうとしても、彼女の片腕は不自由なままだ。このままでは暴発に巻き込まれてしまう。悲鳴をあげて動揺する彼女に、クレイが駆け寄って魔導器をその手から外し、遠くへ投げ捨てた。それが地面へとたどり着いた瞬間、魔導器は爆発した。あと少し遅ければ、仲間達の身も危なかっただろう。しかし、ほっとしている暇はない。その爆発音に反応し、ゴーレムがこちらへと狙いを変えた。まだシャスティルたちは瓦礫に埋もれたままで、そこから逃げることはできない。どうするべきか。ユーリたちの額に汗が伝った。
「ユーリ、お前を上まで投げる!」
その時、エルヴィンがユーリに向かってそう言い、ゴーレムの前まで駆けて行った。
「来い!!」
彼は言いながら構え、ユーリはそんな先輩のもとへ全力で走って行く。そして勢いよく組まれた両手に足をかければ、タイミングを合わせてエルヴィンが敵の頭上まで彼を投げ飛ばした。呆然とする敵の上に見事着地すると、ユーリは片っ端から、剣を振り回してエアルの筋を斬っていった。そして最後の一撃をくらい、糸の切れた操り人形は瓦礫へと戻っていった。
「ユーリーーーーー!!」
その倒壊に呑みこまれたユーリ。埃が舞いあがって、彼がどうなったのかよく見えない。彼を心配する、ヒスカの悲鳴に似た叫びだけが広間に響く。やがて視界が明け、煙の向こうに一際濃く赤くエアルで染まった空間が見えだした。その赤色の向こう側の少し手前で、ユーリはしっかりと、心配の声を上げたヒスカへ笑みを浮かべて立っていた。それを確認した仲間たちは次々と安堵の笑みを浮かべ、瓦礫の山を登り彼に歩み寄って行った。
「怪我、ねぇな?」
「ああ。」
尋ねたナイレンに、ユーリは彼の顔も見ずに答えた。それは彼の視線の先、エアルの最も濃い空間にある、あるモノが気がかりで仕方がなかったためだろう。
遺跡の最深部にあったもの。それはエアルを大量発生させている元凶。見上げるほどに巨大な、たった一つの魔導器だった。
「こいつでエアルを吸い上げて、魔核の代わりにしてるのか。」
魔導器の下にある大きな穴。そこから大量のホースのような部品でエアルを吸引し、その巨大魔導器は稼働していた。ナイレンたちは魔導器に近づき、この部屋の天井まで届きそうなそれを見上げていた。魔導器の最も高いところに楕円上の、人の目のようにも見える、また別の魔核らしい部品もある。それを目にしたナイレンは、わずかに表情を歪めていた。
「ずいぶんと大掛かりな仕掛けだな。」
そんな彼らの元に近づく少人数の団体。首を動かして声のした方を見ると、追いついたメルゾムたちが魔導器を見上げながら歩いてきていた。
「無事か?」
「一人やられちまった。」
「そうか、すまん。」
「誰がこんなものを…。」
「詮索は後だ。こいつでエアルの流れを遮断する。」
魔導器を見上げ、疑問の声を上げるフレンにそう言うナイレンが荷物から取り出したのは、円盤のような形をした何かだった。
『エアル、赤いでしょ?』
リタの問いに、ナイレンはシゾンタニア渓谷で見た景色を思い出す。紅葉する木々の周囲で赤い粒子のようなものが視界に映っていた。あれはエアルが一定の量を超えて存在すると起こる現象。彼がリタの質問に頷くと、彼女は顎に手を当てて首をひねった。
『濃すぎるのね。その異常な濃度が周囲に影響してるんなら、とりあえず発生を止めないと。』
そう言ってリタは、彼女が今腰かけているベッドに隣接している机の下から一つの魔導器を探し出し、ナイレンの前に差し出した。
『これ、エアルの採取用にあたしが作ったの。量は減らせるかもしれない。』
そう説明する少女の手から、ナイレンは魔導器を受け取った。
『どう使う?』
『エアルが発生してるところに置いて起動させて。あとはこの子が勝手に動いてくれる。役に立つとは限らないわ。この子も魔導器だから、影響を受けるかもしれない。』
『しかも全て仮説に過ぎない。』
『そういうこと。』
遺跡の奥で何かしらの魔導器が稼動しているのかもしれない、という仮説。魔導器研究家リタの予想は見事に当たっていた。そして、彼女手製の魔導器の出番が訪れた。ナイレンは取り出した魔導器に例の術式を使い、地面に置いてみた。
「何だ、これ?」
「何だ、これ?」
すると、ユーリとナイレンが同じ反応を示し、キョトンとした目で魔導器を見つめた。発動した魔導器は、まるでメガネをかけた四足の蜘蛛のようになって、キョロキョロとあたりを探るように見渡し、動き出したのだ。そしてそれは例の大穴のもとへカタカタと歩いていくと、その円状の身体を大きく広げ、魔導器と大穴の間に黒い幕のようなシェルターを展開した。吸い上げられていたエアルは、そのシェルターによって吸収されるせいで巨大魔導器に供給されなくなる。すると、燃料の無くなった魔導器は徐々に活動を停止し始め、魔導器の部品の隙間からこぼれていた紫色の輝きを失っていった。
「止まった!」
魔導器の停止を確認し、ユーリが歓声をあげた…刹那だった。彼らのいる部屋中の空間が、大きく揺れ始め、更に、魔導器が一度消えたと思っていた紫の輝きを取り戻し始めたのだ。そして直後、それは一行の前で突如大爆発を起こした。
「シャスティル!!」
爆風に呑まれ、さらに吹き飛んだ魔導器の部品が一行を襲った。みなの悲鳴が飛び交う中、ヒスカの声が一際高く響いた。地面に膝をつきながらユーリとフレンがその声のする方角を見れば、吹き飛ばされた部品のうちのどれかがぶつかってしまったのだろう、遠くでシャスティルが倒れ、その動きを止めていた。だが、彼らに彼女の身を案ずる暇など、誰も与えてはくれなかった。
「!!」
次々と巨大魔導器が爆発を起こし、それによって中央にそびえ立っていた巨大な柱が天井を突き破って倒れてくる。その柱の倒壊から逃げるものの、ユーリの目にひび割れていく天井が映る。揺れはいっこうに収まる気配を見せない。
「これ、やべぇって!」
「ユーリ、逃げるぞ!」
この空間が、遺跡が崩壊する。迫る危機に思わずユーリは叫ぶ。と、ナイレンの叫び声が耳に入りそちらを向けば、気絶したシャスティルを背負った彼が退避の指示を出し、もと来た道へと走り出していた。ユーリもそれに続く。クレイやヒスカ、それに他の隊員達は一足早く巨大ゴーレムのいた空間との間で彼らを待っている。
「持ってくれ。」
シャスティルを背負っているため走りにくいのか、ナイレンは近くにいたフレンに剣を預け、部下達の元へと急いでいく。だがその時、少し先を走っていたフレンの足が止まった。
「何やってんだ?」
「隊長。これ、この魔核…。」
そんな余裕などないはずなのに、フレンが思わず足を止めた理由。それは、彼の足もとにある、床の中に埋まっている魔核の存在だった。大きさからして、あの巨大魔導器のそれとはまた違うもののように思える。
「…後だ。」
ナイレンもそれを目にし、わずか数秒何かを思った。だが、彼は短くそう言い、フレンを急がせた。