第21話 〜出発〜
騎士団に入って
この辺境の町でいろんな人たちと出会って
彼らの日常を守るために駆け抜けて
大切な仲間たちはいなくなってしまったが
ようやく平和を取り戻すことが出来た。
この一件で、きっと俺は多くを得た。
けど、俺は騎士団を辞めるよ。
あの人が見せた己の正義を貫く姿勢に
俺も、俺の正義を貫いて生きよう
そう思ったから……。
見慣れた2人部屋。緑色のシーツに包まれたベッドは、いつものように綺麗に整頓されていた。その隣に並ぶ青色のシーツに包まれたベッドは、いつもであれば、整えられることなく、その横につけられた机のそばに積み上げられた荷同様ぐちゃぐちゃのままだった。今はそのどちらも綺麗に片づけられ、まるで赴任した当時のようであった。そのベッドの使用者は、これまでこの部屋で着ることのなかった服をまとい、無言の別れを告げるように戸を閉めた。
結界魔導器の止まったシゾンタニアの町は、住人の引っ越し作業でおわれていた。ユルギスの指示に従い、隊員たちは積み荷を馬車へと次々に運び、引っ越し作業を手伝っていた。
「ヒスカ。」
「あっ!」
そんな彼らの目に、一人の漆黒の男の姿が映った。全身黒色の服に身を包み、左腕には金色の腕輪が輝いている。そんな彼の隣をちょこちょことついて歩くのは、煙を吐き出すことはないキセルを加えたラピードだった。シャスティルやヒスカ、それにユルギスやエルヴィン、クリスたちは、作業を止めて2人に手を振って見送った。ユーリも彼らに手を振り返しながら町の外へ向かって歩いて行く。と、その先に思いがけない人物が彼らを待っていた。
「お見送りかい?」
「ああ。僕らしくないな。」
町と外とを隔てる門の前に、珍しく一人作業を抜け出したフレンが立っていた。
「皆も出て行っちまうんだな。」
「帝国がここを放棄する以上、仕方ないさ。」
「ギルドの連中なんざ、とっとと消えちまったしな。しかもクレイも一緒に。」
結界魔導器が動かなくなった以上、この町に住み続けることは難しい。自分だけではなく、この町に住んでいた人々も移住を余儀なくされ、この町を離れる準備をしている光景に少し可笑しさを覚えた。シゾンタニアを離れると言えば、ユーリはふと思い出し、メルゾム達とクレイが一足先に、それも狙ったかのように同じ日に町を出て行った事を、ぼんやりと口にした。
『せっかく親父が生かしてくれたんだ。これからは好きに生きて行くつもりさ。』
のんきにそう言いながら笑って出て行ったクレイを思い出し、少年2人はくすっと笑い声をあげた。ナイレンの力になるために騎士になったクレイにとって、彼のいない騎士団に未練はさほどなかったのだろう。
『「ガリスタ・ルオドーの魔導器暴発による事故死」って報告書、ユルギスは黙って受け取ってくれたよ。あいつも、ガリスタのことは親父から聞いて、疑ってたからな。お前らの事も黙認してくれたよ。…っていうか、さてはそうなることを見越してガリスタんとこ行っただろう、お前たち?』
“後始末”をきっちりと済ませ、特にフレンに向かって笑いながらそう言ってから、彼女はあっさりとシゾンタニアから離れていった。
「メルゾムも隊長がいたから、ここが心地よかったんだろう。」
「俺も隊長のいない騎士団じゃ、やってけそうにないもんなぁ。」
ナイレンと浅からぬ因縁があったと思われるメルゾムも、クレイと思考をほぼ同じにしていたに違いない。そして、おそらく自分に正直に行動を起こしてしまう自身を上手く抑えられる唯一の存在である人がいなくなったことを思い、ユーリは冗談半分の口調で呟き、笑った。
「フレン、お前は強いな。俺には真似できねぇ。」
「君もね、ユーリ。一人で生きていこうなんて、君らしい選択だよ。僕は騎士団に残ることで、隊長が目指したことを追いかけてみるよ。あの人に頼まれちゃったし。」
「ワン!」
「ごめん。一人じゃなかったな、ラピード。」
衝突が絶えなかった2人だったが、今はそこに、確かな絆があった。お互いがお互いの背負いきれない部分を補いあうことに気付き、強い笑みで言葉を交わした。そしてフレンが困ったような笑みを浮かべた直後、2人の間にちょこんと座っている小さな同胞から声があがり、彼はその顔を柔らげたものへと変えてラピードにも声をかけた。フレンにも懐いていたその子犬は、死んだ父の代わりに世話を焼いてくれたユーリを彼以上に気にいったためか、誰に言われるまでもなく、自ら同行を決心したのだった。
「大事にしてくれ。」
フレンが顔をあげてそう言ったのは、ユーリが左腕に輝く魔導器を顔の前まで持ち上げて見せたから。それにユーリに託された無言の想いを感じ取ったのか、フレンはフッと微笑みを浮かべていた。かばんを肩にかけなおし、ユーリも同様の笑みを浮かべた。
「じゃあな。」
「ああ。」
そして、短い別れの言葉を最後に、彼は歩き出した。フレンは惜しむようにその背を見送ることはなく、ただ短い挨拶を返し、一人と一匹がその視界から徐々に消えて行くのを見続けた。そして静かに呟き、仲間の元へと踏み出したのは、その足音が耳から消えた時だった。
「…またな。」