第1話 〜初陣〜
「ちょっと、急ぎすぎ!」
「モタモタすんなよ!」
満月が輝く、夜中の暗いシゾンタニア渓谷。その中を駆け回っている影達。一人は青い鎧を身にまとい、闇に似た黒い髪をなびかせている男性、もう一人は綺麗な赤髪を一つに結い上げている、同じく青い鎧をまとった女性だ。男の方が先を行き、女はその後ろを少し遅れて走っている。
「ユーリ、こっちこっち!」
女は突然立ち止まり、先行くユーリを呼び止めた。そしてその場にしゃがみこむと、荷物の中から何やら機械のような物を取り出し、地面に設置する。
「よし、次!」
手早く作業を終わらせると、女はユーリを連れ、再び駆け出す。彼女に背中を押される形で再び駆け出したユーリは徐々に足を速めていく。
「何個設置すんだ?」
「あたしらは3つよ。」
そう確認をしていると、後ろからウルフの大群が追いかけてくる。彼らはそれらから逃げながらも、手際よくまたひとつ機械を設置していき、最後のひとつの設置場所へと駆けて行く。そんな彼らを囲う巨大な岩壁をはさんだ向こう側では、短い金髪の男が、ユーリと一緒にいる女と容姿が瓜二つの女と共に走っていた。
「っと!こっちこっち!」
その女も足を止めてしゃがみこみ、ユーリの連れが持つ物と同じような機械をその場に設置していく。その間、男は彼女を守るように剣を構えて立ち、周囲を警戒する。設置を終了させた女は、その男に指示を出してまた駆け出した。
「行くよ、フレン!」
「はい!」
「遅れないでよ!」
「他のチームは大丈夫でしょうか?」
金髪の騎士・フレンは、そう言って渓谷の中を駆け巡る他の仲間たちを気にしていた。しかし、自分達の成すべきことに集中しなければならない。それ以上の会話は大して行わず、二人は次の目的地へと急いだ。
「ちょっと、作戦通りに動いてよ!先行しすぎ!」
「チンタラやってられっかっての!」
そんなフレンの心配も知らず、ユーリら2人組は言い合いをしながら、変わらずウルフの群れに追われながら走っていた。目の前にある崖を飛び降り、上手く着地を決めて更に駆ける。だがウルフらも崖を下り、その後ろを付いて来る。しかも、巨大な牙を持つ巨体の主ボアまでもが、そのウルフの群れに加わり、ユーリらの後を追いかけてきた。
「追いつかれる!」
このままでは拙い、女は追いかけてくる魔物を一瞥しながら叫ぶ。ユーリも振り返り、このままでは逃げ切ることができないことを認識した。すると、くるりと体の向きを変え、
「行け!」
「任せた!」
女を先に行かせ、ユーリは口元に余裕の笑みを浮かべながら剣を魔物に向ける。だがその時、彼の足元にひびが入り、大きな音を立てて地形が変化し始めた。ユーリはバックステップでその場から離れる。そして今までいた場所に目を向けると、砂煙の中から、カニに似た巨大な二つのハサミを持った魔物が地面から這い出すようにして姿を現し、ユーリに向かってくるではないか。更にその後ろからは、それまで彼らを追いかけてきたウルフらもいる。
「こんなのまでいるとは、聞いてねぇ、ぜ!!」
ユーリは言いながら、飛び掛ってくる数体のウルフをなぎ払っていき、そして開かれた道を一気に駆け抜け、クラブの魔物に飛び掛っていく。相手は巨大なハサミで襲い掛かってくるも、その動きは鈍く、ユーリはそれを簡単にかわしていく。
「はぁ!!」
そして魔物の頭上に飛び乗り、脳天に一突き、剣を突き立てると、そこから敵の体液が勢いよく噴出す。魔物はそのまま崩れていき、ユーリは後方に飛んでそこから離れた。
「ユーリ!こっち終わった!!」
ちょうどその時、女がユーリに向かって叫ぶ声が聞こえた。ユーリはクラブの魔物が倒れるのを確認すると、剣を抜いたまま駆け出し、女の後に続く。残ったウルフ達は、まだ彼らを追いかけてきていた。
フレン達も最後の機械を設置していた。その作業を終えた時、枝の折れる音がし、女はふと顔を上げた。
「ん?」
すると、闇夜に光る緑の瞳と目が合った。それは、この周辺をうろついていたに違いない数体のウルフの中の一体のものだった。少しの間両者は見詰め合っていたが、かと思うと、相手は突然うなり声を上げ、牙を向けて襲い掛かってきた。
「ウソウソ、なんで!!?」
悲鳴に近い声を上げ、女はその場から急いで逃げ出した。フレンは一斉に飛び掛ってきた数体を切り捨て、彼女同様急いでその場から逃げ出す。
「作戦失敗!?」
「いえ、このまま引きつけましょう!」
女は焦りの表情を浮かべて、それに対して、フレンは冷静に言葉を交わす。ウルフらは、そんな彼らを逃すまいと追いかけてくる。
「まだ他のチームがそろってないのに!!」
「うっせえな!予定通り進んでんだろ!」
「なんですって!?」
その頃、ユーリ達は森の中の開けた場所で立ち止まっていた。後ろに立つ女に向かって、ユーリは乱暴な口ばかり利いている。そんな彼らの前にやってきたのは、それまでユーリ達を追い回し続けてきた魔物の大群だった。その数の多さから地面は大きな音を鳴らして響き、闇夜に光る双眸の多さは恐怖をあおるものだった。
「ちょっと怖いかも…。」
さすがに女の方は怯んでしまい、数歩後ずさりしていた。剣を構えて立つユーリも、さすがに圧倒されたのか、「すっげぇ数」と苦笑を漏らした。笑い事じゃない、とばかりに彼女がユーリを睨みつけたときだった。
「後ろへ!!」
ユーリではない声がした。見れば、これまた魔物から逃れてきたフレン達2人組みがこちらへ向かって来ていた。フレンの連れの女も、ユーリたちが引き付けてしまった魔物の多さに小さく悲鳴をあげて一瞬立ち止まってしまうが、すぐにフレンの言う通り、自分と同じ顔を持つもう一人の女のもとへと走っていく。
「おせえな!」
「フン。」
ユーリは、自分の横に並んだフレンに微笑を浮かべながら短く言い放つと、魔物の群れへと突っ込んでいった。フレンもその後を追い、ユーリと共に刃を振り下ろしていく。その時だった。
「な、なんだ!?どうなってる!?」
「おいおい…」
駆けつけた他の仲間たち。先にそろったユーリとフレンが魔物を相手に剣を抜いている現状に驚き、呆れていた。どうやらユーリが先行しすぎたらしい。もたもたする暇はなく、急いでその2人の相方の元へと駆け寄っていく。
「シャスティル、全員そろった!」
駆けてくる一人の隊員。その言葉は、フレンと共にこの場へ現れた方の女性騎士へと向けられる。
「ヒスカ!」
それを聞いたシャスティルは、今度はユーリと共に行動していた同じ顔の女性騎士に合図を送る。ヒスカはそれを受け、腕に装着してある魔導器を構えた。
「ユルギス!二人を戻して!!」
そして、ヒスカが隊員のひとりへと叫んだ。見れば、二人の少年はまだ魔物の囮となり、相手にし続けている。
「ユーリ、フレン、戻れ!」
ユルギスと呼ばれた男が2人を呼んだ。魔物たちの中心で、背を預けあって戦っていた2人は、その声を聞いて同時に駆け出す。同時に、空高くに向かって次々と光が発せられていった。それは、彼らが渓谷のあちこちに設置した機械―――魔導器によるものだった。
「絢爛たる光よ、惨禍を和らぐ壁となれ」
各地に設置した魔導器から発せられる光は、徐々に空高くに魔方陣を浮かべていく。それに伴い、隊員たちは一箇所に集まり、その中心にいるヒスカは魔導器のある右腕を高くあげながら詠唱を行う。そして天空の各魔方陣が繋がり、ひとつの巨大な魔方陣となる瞬間、ユーリとフレンはヒスカの魔方陣に滑り込んだ。
「フォースフィールド!!」
同時に放たれる防御魔術。ドームのようなバリアが彼らを覆う。続いて、天空の巨大魔法陣が地上を押しつぶすようにして落ちてくる。しかし、それは周辺の木々などに害を与えはしない。魔法陣が脅かすのは、凶暴化した魔物の大群だった。浄化されるように、魔物たちは絶叫を残して光と化していく。再び空に上る魔法陣と共に、彼らの命は消え散っていった。
「…終わったぁ?」
「みたいだ。」
巨大魔法陣の魔力が消え、同時にフォースフィールドが解かれると、両手で頭を抱えて小さくなっていた二人はゆっくりと立ち上がり出した。そんな時だった。
「ユーリ!フレン!」
二人の少年を呼ぶ大声がした。その方向へ顔を上げると、彼らより高い崖の上に立つ大男が、満足げな笑みを浮かべながら彼らを見下ろしていた。
「初仕事にしちゃ、上出来だ!」