第2話 〜騒がしい日常〜
「ユーリ!!」
顔いっぱいに怒りを浮かべ、金髪の新米騎士フレン・シーフォは、同じく新米騎士のユーリ・ローウェルに大股で歩み寄った。
「なんだよ。」
そんなフレンに対し、ユーリも突っかかるような口調で答えた。そんな彼に、フレンの声は更に荒くなる。
「何で作戦通りに行動しない!?」
「うまくいったんだからいいじゃねぇか。」
「勝手な行動で失敗したら、皆が巻き添えをくうんだぞ!!」
「いちいちうるせえな!細かいんだよ、お前は。」
「いい加減なんだよ、ユーリは!!」
反省の態度を一向に見せないユーリ。そんな彼に対するフレンの怒りは募るばかりだ。互いににらみ合い、そのまま喧嘩にでもなりそうな空気が漂う。
「ええい、うるさいうるさい!」
だが、その空気は一人の人物が割り込んだことで途絶えた。二人が所属する部隊の隊長ナイレン・フェドロック。その大きな手で作った拳骨を、同時に両者の頭へ食らわせる。少年らは殴られた箇所に手を当て、痛みで小さく呻き声をあげる。
「とっとと後片付けに行って来い!」
ナイレンの一喝に、二人は渋々立ち去っていった。だが、
「おまえのせいで殴られたじゃねえか。」
「もともとユーリのせいだろ。」
「「うるさい!!」」
まだ口喧嘩を続ける二人に、双子の姉妹シャスティルとヒスカの怒号が飛ぶ。ナイレンは彼らが去って行くと、小さくため息を吐き、愛用のキセルに魔導器を使って火をつけ、一服した。
「隊長。」
その時、副隊長のユルギスが彼を呼んだ。ナイレンがユルギスに目を向けると、その先には、一点を見つめて唸り声を上げ続けている軍用犬と、その横に跪き、同じ方角をじっと見る一人の騎士が目に入る。ナイレンとユルギスは彼らの元に歩み寄り、ナイレンは軍用犬を挟んで、その騎士と反対側に膝をついた。
「ランバート、クレイ…」
ナイレンは鎧に覆われた軍用犬・ランバートの背に優しく手を置き、彼と同じ方向を見据える。隣に居た騎士はナイレンを一瞥すると、入れ替わるようにして立ち上がった。山吹色の短髪で、顔の左半分が前髪で隠れているクールな容姿の隊長補佐役クレイ。そのスッキリとした藍色の瞳には、空気中に漂う赤い粒子のようなものが映っていた。
「ずいぶんと、紅葉が町に近づいてますね。」
「うむ…」
ユルギスの言葉に、ナイレンは頷きながら地面に落ちている葉を一枚手に取る。今のこの時期、木々はまだ青々とした葉をつけているはずだった。しかし、この葉はすっかり紅葉しきって枯れていた。季節はずれにも程がある。ナイレンはその場に立ち上がると、ユルギスら同様、紅葉しきっている目の前の景色と赤い粒子を、只ならぬ顔で見つめた。
「エアル…」
ナイレンはほとんど誰にも聞こえない呟きを漏らし、それからくるりと背を向けた。そして「行くぞ」と短い指示を出し、ユルギスらを連れて撤収作業へと戻っていった。
翌朝。いつものように身なりを整え、フレンはこのあとの任務の準備をしていた。更衣室を出たそんな彼の視界にはいったのは、バスルームでもないのに濡れた床。それは点々と、彼と同じ部屋で過ごすもう一人の同僚が使用するベッドへと続いている。
「いつまでそんな格好してるんだ?」
その同僚に、フレンはため息をつきながら問いかける。窓側の椅子に腰掛け、小さなテーブルの上にあるグミの山を掴み、口に放り込む同僚。彼は任務に向かう準備も終えておらず、それなのに面倒臭そうにフレンを見て答えた。
「ちょっとくらい大丈夫だよ。細かいなぁ、おまえは。」
「それと床!」
「いちいちうるせえな。」
彼はため息を吐きながら、またグミを一握り手にとって口へと運ぶ。やる気など全く感じさせない彼・ユーリはフレンから目を離し、頬杖をついた。
「あー。不幸だな、俺。お前と赴任先が同じ。部屋も同じ。…嫌がらせだぜ、きっと?」
「それはこっちの台詞だ!何度も言うが、何で君が騎士団に!?」
几帳面なフレンとずぼらなユーリ。正反対な二人は、いつもこうしてもめてばかりだった。適当なユーリの言動に、フレンは常にイラつかされているのだ。
「二人とも、入るわよ?」
その時、二人の部屋の戸をノックし、誰かが中に足を踏みいれた。
「何やってんのよ、時間でしょ!」
続いてやってきたのは、喧嘩中の二人を叱る声。彼らの先輩騎士・シャスティル、彼女の目に映ったのは、支度が途中のままいがみ合っている二人の後輩。お叱りの声が飛ぶのは当たり前だった。すぐにフレンは彼女に向き、「すみません」と謝った。それに対し、ユーリは何も言わない。拗ねたようにそっぽを向き、小さく鼻を鳴らすだけだった。
「急げー。」
そんな様子を扉の影からのぞきながら、ヒスカののんきな声が彼らを急かす。シャスティルも、もう一度キツイ目で彼らをにらみつけ、部屋の戸を強く閉めて出ていった。そのあと、ユーリが大げさにため息をついたこと、そして、そんな彼にフレンがイラついた視線を向けたことを、扉の向こうにいる彼女たちは知らない。
「たった一月で、こんなに寂れるなんて。」
「魔物が出たせいで、商売上がったりね。」
ようやく支度を終え、四人はシゾンタニアの街の中へと出た。大通りを歩いているのだが、朝とはいえ、行き交いすれ違う人の数は多くない。それに、どこか閑散としている空気が少なからず漂っている。ユーリとフレン。彼らよりもこの地に長く留まっているシャスティルとヒスカは、そんな街を見まわしながら、思わずポツリと呟いていた。
「遅えよ。」
その時、彼らの前方から二人の騎士がやってきた。声をかけてきたのは黒い肌の先輩騎士・エルヴィンで、その隣にいるのは副官のユルギスだった。彼は双子の姉妹に向かって言葉を紡いだ。
「クリス残してるから、引継ぎ頼む。」
「「はい。」」
「ユーリ、昨日みたいに一人で突っ走んなよ。」
双子が返事をした直後、エルヴィンはユーリに一言釘をさしてユルギスと共に去っていった。それに対し、ユーリは最初ぶすっとした顔でエルヴィンを睨みつけるだけだったが、彼らとすれ違ってから数歩した途端、後方を振り返り、大股で近づいて彼に掴みかかろうとした。が、その行動は前を歩いていた双子とフレンにバレ、後ろから羽交い絞めにされて未遂に終わった。
「あんたね、いちいち問題起こすの、やめてくれる!?」
抵抗するユーリに、彼の指導係であるヒスカの説教が飛ぶ。続いて、フレンが溜め息と共に小言を吐いた。
「ユーリは人気者ですから。」
「うるせえ!お前の嫌味は聞き飽きた…ってぇ!!」
余計なお世話だ、と言わんばかりにフレンに言葉を返したユーリ。その直後、彼の後頭部に鈍い痛みがはしった。それまで彼をつかんでいた腕たちは離れ、ユーリは衝撃を与えられた箇所に手を当てながら後ろを振り返った。そこに立っていたのは、フレンでも双子の姉妹でもなく、呆れた藍色の眼差しをユーリに向ける一人の隊員だった。
「てめぇ、何しやがる…」
「バカ!クレイさまになんて口利いてんのよ!!」
「少しは身の程をわきまえなさい!!」
ユーリがまたしても乱暴な口調を先輩隊員に向けると、すかさずヒスカとシャスティルが彼の頭を押さえにかかり、先ほど以上の剣幕で彼を叱りつけた。その様子を横で見ているフレンは、少し異様にも見える双子の行動に思わず額に汗を浮かべた。そして、乱暴な口調を向けられた当の本人であるクレイも、彼同様に呆れた表情を浮かべており、まぁまぁ、という仕草で彼女達を落ち着かせた。そして彼女達がユーリを離したのを確認すると、踵を返し、町の門まで先に歩いていった。その凛々しい後姿を、シャスティルとヒスカは瞳を輝かせてポーッと眺めている。
「なんだよ。そんな神様でも崇めるような目で見やがって。」
ユーリは、そんな彼女達の意図がわからないと言わんばかりに呟いた。さすがのフレンも同じことを思ったらしく、双子を不思議そうな顔で見ている。
「だってさ、クレイさまって素敵じゃない?」
「容姿もかっこいいけれど、それだけじゃなくて剣の腕も強いし。」
「しかも、誰にでも優しく接してくれるのよ。」
「非の打ち所がない、ってクレイさまのことを言うのよね、きっと。」
後輩達にまったく目を向けず、うっとりした目でクレイの影を見つめるシャスティルとヒスカ。どうやら、クレイは彼女達にとって憧れの存在らしい。しかし、彼女らとは対照的に、ユーリは「そうか?」と面白くなさそうな表情を浮かべた。
「けどよ、あいつって一言も話しねぇじゃんか。隊長の息子だかなんだか知らねーけど、俺たちのこと舐めてんじゃねぇのか?」
「そういえば…。ユーリじゃないですけど、クレイ隊長補佐が誰かと会話している姿は見たことがありません。何故ですか?」
彼らの隊長であるナイレンと同じファミリーネームを持つクレイ。その人物が声を発した姿など、見たことも聞いたことも無かった。少年達は深く考えずにその疑問を口にした。それは次の瞬間、少女達に暗い表情をさせることとなった。
「…話さないんじゃなくて、話せないのよ。」
先に口を開いたのは、ヒスカだった。
「クレイさまは、十年前の人魔戦争の戦災孤児なんですって。」
「“戦災孤児”?」
シャスティルの言葉を、ユーリが疑問の混じった声で復唱した。すると、今度はまたヒスカが言葉を続けた。
「人魔戦争の中心になった町に住んでいて、目の前で家族を失ったらしいの。そんな時に、隊長がクレイさまを養子として引き取った。」
「けど、その時のショックが原因で、声を失ったらしいの。」
「そんなことが…。」
フレンは少しだけ悲しそうな目をし、先を歩くクレイの背を見つめた。何故だか、その拳には力が込められていく。その変化に気付いたものは誰もおらず、「私達もそろそろ行きましょう」というシャスティルの言葉で、その話題は打ち切られた。