第4話 〜軍師〜
宿舎の書庫は、大きな窓から差す日で明るく照らされている。白い壁に囲まれ、木造りの本棚には書物がぎっしりと詰められている。その奥で、長い金髪の男が机に向い、静かに筆を走らせていた。
「ガリスタぁ!」
その静寂を破り、ナイレンが大きな音をたてて扉をあけ、大きな声で軍師の名を呼んだ。続いて書庫に足を踏みいれるのは、そんな隊長に呆れた眼差しを向ける隊長補佐のクレイ。書庫の奥にいたその男―――ガリスタ=ルオドーは静かに席を立ち、彼らの前に姿を見せた。
「フェドロック隊長。それに、クレイ隊長補佐も。」
「おう!ガリスタ!」
「書庫ではお静かにお願いしますよ。」
「ちと、お前の考えを聞きてぇ。」
ナイレンの相変わらずの声量に、ガリスタの表情も呆れたものになりつつあった。それを知ってか知らずか、ナイレンは彼の肩に手を置き、そのまま奥のスペースへと連れて行く。ガリスタは少し困った目をクレイに向けるが、クレイも「どうにもできない」というように、肩をすくめるばかりだった。
「例の森の魔物は、大半退治できたようですね。」
「お前の作戦のおかげだ。」
低いテーブルを挟み、ナイレンとクレイ、そして反対側にガリスタがソファに腰掛け、会話を切りだした。彼が入れた紅茶を口にしながら、ナイレンも昨日の出来事を話して聞かせる。
「…でな、あの森エアルが異常な量を発生してたぞ。動物も植物もえらいことになってる。」
「急激に魔物が増えたのは、エアルの影響で?時期はずれの紅葉も、ですか?」
ガリスタは眉をひそめ、クレイがこくりと頷く。ナイレンはカップを手にしたまま言葉を続けた。
「作戦に使った魔導器も発動がずれやがった。」
「魔導器が影響を受けるほど、エアルが噴出しているということですか。」
「そっちを止めねぇと、いくら魔物を退治しても意味がねぇ。」
「どこからきてるんでしょうね?」
視線をわずかに天井に向けながら、ガリスタは考える。それに対し、ナイレンはある事を思い出した。
「川の上流の湖の中に遺跡があんだろ。紅葉は川沿いに進んでるんだから、あそこに何かあんのかな?」
「エアルの噴出を促す何かが、ということですね。例えば、何かの魔導器とか。」
彼の言葉に、ガリスタは更にそう推測を加えた。その発言に眉をひそめるナイレンとクレイ。しかし、ガリスタ自身が、すぐにその説を否定した。
「ですが、あの場所は打ち捨てられていて、何もないはずです。」
「すぐに調査しねぇとな。」
何もない場所で何かが起きるはずはない。ナイレンはクレイと顔を見合わせ、そう呟いた。だが、そんな彼らの前に、ガリスタはひとつの伝書を手渡した。
「帝都から命令書が来ています。三日後の人魔戦争終結十周年の式典に参列せよ、と」
「…俺たちの仕事は、かしこまって整列することじゃねぇだろ。」
ガリスタの手から渡ったそれを、呆れた目で見つめながらナイレンはぼやいた。せっかくのやる気も、その命令書一つで削がれてしまったようだった。そんな彼に、ガリスタは苦笑を携えて答えた。
「本部にそう言えれば、苦労はしません。参加するのでしたら、すぐにでも出発しないと。」
式典は三日後。このシゾンタニアから帝都までは、およそ三日かかる。彼の言うとおり、今日明日中にでも発たねばならない。だが、そんな彼の意見を聞いてか聞かずか、ナイレンはキセルをくわえ、ガリスタに向きなおった。
「あのさ、誰かエアルや魔導器に詳しいやつ知らねぇか?」
「…確か、リタ・モルディオという魔導器研究家の施設が近くにありますが?」
「場所教えてくれ。」
彼の発言に、クレイとガリスタは目を丸くした。
「行かれるのですか?式典は?」
「代理を送る。」
ナイレンはそうきっぱり言い、席を立った。そのあとを追うように、慌ててクレイが立ち上がり、彼の肩を強く叩いた。そして首を傾げながら振り返るナイレンに、クレイは自身の胸に手を当て、何かを伝えようと強い瞳で彼を見た。すると、ナイレンはそんなクレイの頭をポンと軽く撫でた。
「“自分がいるから行け”ってか?それとも、“自分が代理で行ってくる”か?どっちにしても、お前一人じゃ無理だろう。それに、戦争終結の式典なんて出ても、お前には辛いだけだ。」
「……。」
言葉を発せないクレイは、ナイレンやユルギスといった親しい仲の人間がいなければ、簡単に他人と意思疎通はできない。それに、人魔戦争で家族を失ったクレイにとって、式典は苦い思い出を噛み締める場でしかないだろう。ナイレンの言葉に何の反論もできず、クレイは俯いてしまう。しかし、ガリスタはナイレンの式典欠席をまだ納得しきれてない。ナイレンに訴えるように、彼ら同様席を立った。
「ですが、アレクセイ閣下は…」
「こっちのほうが重要だ。そう判断する。」
だが、ナイレンはガリスタの言葉を切り捨てた。瞳には強い意志が宿っており、もう何を言っても考えは変わらないだろう。それを覚ったのか、ガリスタは大きくひとつ溜息を吐いた。
「わかりました。ですが、ひとつ問題が。」
「ん?」
「モルディオは少々気難しい性格でして、手土産のひとつでもあったほうが…。」
「やっと交代ね。」
「最近、緊張続きで疲れるわ。」
日没後、ユーリら4人はようやくその日の任務を終えた。ヒスカは腕をのばして大きく伸びをし、その後ろを歩くシャスティルはため息交じりの愚痴をこぼす。確かに、昨日は大掛かりな魔物退治を行い、その疲労も僅かながらまだ残っていた。
「仕方ないわね。」
ヒスカはそう呟き、ピタッと足を止めた。その行動に対応し切れなったシャスティル、そしてそのすぐ後ろを歩いていたフレンが前方と小さな衝突をおこして立ち止まる。
「何やってんだ?」
その衝突を免れたユーリが尋ねる。すると、ヒスカは彼らのほうを向き、指を上に向けて答えた。
「あとで来ようよ。」
ヒスカが指した先には、一軒のパブの看板があった。
「僕は遠慮します。」
しかし、フレンは興味無さそうに一言放つと、彼らを置いて先へ行ってしまった。
「付き合いなさいよ!」
「出世しないタイプね。」
その後ろ姿に大声で言うヒスカ。その隣で、シャスティルは肩を大きく揺らして呟いた。