第5話 〜騎士とギルド〜
「やぁだ、ギルドがいるわ。」
「タイミング悪ぅ。」
鎧を脱ぎ、軽装になったユーリら4人とラピードは、先ほどのパブを訪れていた。入り口をくぐると、酒に酔った男達の豪快な笑い声が飛び交っている。しかし、双子はその集団に覚えがあるのか、途端に小さな声で嫌そうに呟いたのだった。
「なんだよ、“ギルド”って?」
そんな2人にユーリは不思議そうな顔で尋ねた。そんな彼に顔を向け、ヒスカが口を開いた。
「帝都の下町にもいたでしょ?自警団気取りで、金儲け主義の連中よ。」
「“ユニオン”って組織母体があるのよ。“ドン=ホワイトホース”ってのが、ボスの名前。とにかく柄が悪いの。」
「ふ〜ん。」
続くシャスティルの説明が終わると、ユーリは口端を歪ませて店の中へと歩いて行く。どこか獲物を見つめるような目をしており、そんな後輩に彼女らは胸がざわめくのを感じた。慌ててお目付け役のヒスカが彼の後を追って、店の奥へと入っていく。
「でな、森を抜けて向こうの町まで行きてぇって言うからよ、とりあえず前金で全部よこしな、つったんだよ。」
ギルドの男の1人が酒を手に、同じ席に座っている2人にそう話して聞かせているのが耳に入る。ユーリはなるべく彼らに近い席に座り、ヒスカもユーリの正面席に腰を下ろした。ユーリの目は相変わらずギルドの連中に向いており、今にも彼が喧嘩を売るのではないかと、ヒスカは気が気ではないようだった。「やめてよね」と小声で釘をさすが、それがユーリの耳に入ったかどうかは定かではない。ユーリは水を運んできた定員に注文を頼むと、再びギルドの男たちの会話に耳を欹てた。
「んで、面倒臭くなってよ、森を抜けたところでその爺さん置いてきちまったよ。」
「いけねぇな。きちんと町まで護衛しねぇとな?」
先ほどの男がそう話すと、同席しているうちの1人がそう説教じみた言葉をかけた。しかし、その口調もどこかずれており、反省を促すようなものではない。その上、3人共大声で笑い出す始末だ。酒のせいかもしれないが、常人であれば、その話に嫌悪や呆れを抱くものであろう。
「いい加減な仕事で金巻き上げて飲んだくれるたあ、良い身分だなぁ。」
もちろん、ユーリは嫌悪感を抱いた側だった。彼らに聞こえるよう、わざと大きな声で言い、注目を集める。男達は笑うのを止め、ユーリを睨みつけた。涼しげな表情で注がれた水を飲むユーリとは対照的に、ヒスカは手を額に当て、なんで挑発するのよ!?とでも言いたそうに重いため息をついている。そんな彼女の隣の席に、わざと音をたてて男が腰をおろしてきた。彼らの眼は完全にユーリに向いている。ヒスカは巻き込まれまいと、自分のコップを持ってこそこそと席を離れて行くが、それを気に留める者は誰もいない。ユーリの正面に腰掛けたスキンヘッドの男は、身を乗り出すようにしてユーリにガンつけていた。
「よう。元気良いな、騎士さんよ。目見てもういっぺん言ってみな!」
「チンピラのリアクションはどこも一緒だな。」
「ああ!?」
「近ぇよ。そっちの気はねぇぜ?」
「てめぇ!!」
熱くなる相手と対照的に、ユーリは淡々と微笑を浮かべながら流していく。そんな彼の態度にキレたスキンヘッドは、勢いよく立ち上がり、ユーリの胸倉をつかみにかかった。しかし、ユーリは自分のコップを持って立ち上がり、男の手から逃れると同時にそのコップを投げつけた。中に入っていた水は、スキンヘッドに見事に引っかかる。相手は更に頭に血を上らせ、彼とユーリを隔てるテーブルを横に倒すと、その拳を向けていく。だがそれはユーリにはあたらず、彼によって器用に持ち上げられた木造りの椅子に押し付けられ、店の壁に激突する羽目になってしまった。それを見た同席の2人も、ユーリに拳を振るっていくが、それはかすりもしない。ユーリは彼らの攻撃を華麗に避け、拳での反撃を続けていく。それはいつの間にかエスカレートし、酒場にいるほとんどのギルドの男達がユーリに群がり、集団で彼に喧嘩を売る始末となっていた。
「フレン、止めてよ〜。」
乱闘から逃れたヒスカは、カウンター席で我関せずとしているフレンに向かって言った。
「ユーリが勝手に始めたことじゃないですか。僕には関係な…っ!!」
そこまで言いかけて、フレンの言葉は突如途切れた。ユーリに吹っ飛ばされたスキンヘッドが、静かに水を飲んでいたフレンを見つけ、その端正な顔面に拳を入れたのだった。すぐそばに居たヒスカは、といえば、そのスキンヘッドがこちらに向かってくるのに気がついた途端、小さく悲鳴を上げた後その場から退避していた。
「てめぇ、スカしてんじゃねぇぞ!!」
「…関係ないって、言ってるだろ!」
スキンヘッドは怒りの矛先を、ユーリの仲間だと認識したフレンへと向けた。が、絡んだ相手が悪かった。フレンは振り返りざまにスキンヘッドを殴りつけ、相手はまたもや吹っ飛ばされてしまった。しかも、今の一撃でフレンにも火がついてしまったらしく、彼はそのまま乱闘会場へと歩み寄っていく。一方、そんなことなど知らないユーリは、複数の男たちに囲まれながらも変わらず優勢に立っていた。拳で殴り、身を低くして攻撃をかわし、振り向きざまに飛び蹴りをくらわしていく。しかし、その着地地点には酒瓶が転がっていた。ユーリはそれを踏みつけてバランスを崩し、後ろで構えていた男に羽交い絞めにされてしまう。身動きできない彼は、他の男からこれまでのお返しと言わんばかりに顔面に拳を入れられてしまう。だがその時、ユーリを捕えていた男の背後から拳が飛んできた。それは、頭に血を上らせたフレンの所業。
「なんだ、てめぇ!」
ギルドの男の一人が叫ぶが、フレンはそれを戦闘に加わる形でしか答えなかった。
「ああ、おい!」
さすがにユーリも驚いたのか、彼に一度声をかけた。しかし、日ごろのうっぷんを晴らすかの如く拳を振るう彼は、そのユーリの声にすら耳を傾けない。フレンが加わってしまったことで、乱闘はさらにエスカレートしていく。興奮したラピードは吠え喚き、さすがに呆れてしまったのか、ヒスカとシャスティルはカウンター席で我関せずとマーボーカレーを食べている。そんな店内に現れた一人の客。扉を開けるなり飛んできたワイングラスをひょいとかわし、何事かと目を見張った。そして目に入った、店の奥で暴れている男達。その中に見知った顔があるのに気付き、駆け寄ろうとした時だった。
「野郎!!」
頭にきたスキンヘッドが、懐からナイフを取り出した。それに気付いた客の目がより大きくなる。
「そこまでだ!!」
その時、重厚感のある低い声が響き、スキンヘッドを始めとする男達の動きが固まった。ユーリやフレンもつられて動きを止め、その声の主へと視線を向ける。ギルドの連中が恐る恐る目を向けた先にいたのは、ひげを生やし、右腕に大きなドラゴンの刺青を入れた強面の男だった。
「こんなところで剣抜くやつがあるか!」
「で、でもよぉ…」
店の奥から顔を出したその男は、スキンヘッドを見下ろして怒鳴りつけた。気弱な声でスキンヘッドが言い訳しようとすると、その瞳はさらに細くなる。
「すいやせん…」
そんな目で男に睨みつけられたスキンヘッドは何も言えなくなり、ナイフをしまいながらシュンとなってしまった。他のギルドの男達もその男に頭が上がらないらしく、そそくさと壁側で固まって大人しくいた。ただユーリは、近寄ってくるその男の顔を真っ直ぐ見据え、鋭く瞳を光らせていた。
「…いい度胸だ。帝国の犬にしとくにゃ、もったいねぇ。おい、クレイ!お前もそう思わねぇか?」
「え!クレイ!?」
そんなユーリを少しの間見つめ、その男はふっと口元に笑みを浮かべた。そしてその視線をユーリの後ろへと向け、そこに立つ一人の人物を真っ直ぐ見る。男の言葉に苦笑しながら肩をすくめるクレイの存在にたった今気付き、ユーリやヒスカたちは思わず目を見開いた。そんな彼らの反応がおかしかったらしく、男は豪快な短い笑い声をあげた。
「メルゾム・ケイダだ。この町のギルドを仕切ってる。」
「ユーリ。ユーリ・ローウェルだ。」
男はメルゾムと名乗り、ユーリも振り返ってメルゾムに名乗った。そんな彼に、メルゾムは言葉を続けた。
「最近めっきり仕事が減っちまってな、イラついちまってた。請けた仕事はきっちりやらせるからよ。今回のことは、この俺に面じて手打ちにしてくれんか?」
メルゾムは言いながら部下達をじろりと睨みつけ、それからユーリに丁寧に頭を下げた。この町のギルドの長がとった思わぬ行動に、ユーリやフレン達は一瞬驚きを隠せずにいた。
「いいぜ、おっさん。」
だが、次の瞬間にはユーリは微笑を浮かべ、軽い口で返答していた。
「それにしても、最近の魔物は普通じゃねぇよな。」
「まぁな。」
喧嘩の後片付けをシャスティルやヒスカが手伝う中、ユーリは奥の席でメルゾムとクレイと話していた。さらに奥側の席では、メルゾムに説教された部下達が沈み込んでいる。が、彼らの事は全く気に止めない。メルゾムの言葉に、ユーリはマーボーカレーを口に運びながら頷く。
「前は結界のある町の近くになんか寄り付かなかった。ナイレンの野郎は何してやがる?」
「ナイレン?…ああ、隊長か。ずいぶんと馴れ馴れしく呼ぶな?クレイともなんか知り合いみてえだし。」
「まぁ、つまんねえ話よ。」
そう言ってユーリは探るような目をメルゾムとクレイに向ける。だが、クレイはその件について「別に」というように表情を変化させることも無く、メルゾムも軽くそう言って流しただけだった。
「あんたら、昨日森で大掛かりな魔物退治やってたな。」
「ああ。」
「森も季節はずれの紅葉だ。何か関係ありそうだな?」
「わかんねぇ。でも、隊長はそう思ってるみたいだ。軍師と相談してるよ。」
まるで探るような目つきと口調。そんなメルゾムに対して、ユーリは思った事を次々と口にしていった。次の瞬間、彼の両腕と首に腕が回された。フレン、ヒスカ、シャスティルの3人が、彼の事を締め上げたのだった。
「何余計なこと喋ってんのよ!」
「馬鹿!」
「帰るぞ!」
「痛てて!!まだ食い終わってねぇって!!おい、ちょ、離せって!!痛いってんだよ!」
会話と食事の最中だというのに、3人はユーリを強制退席させた。そのまま店の外まで引きずっていき、その後ろをラピードがちょこちょことついて歩いた。
「ったく。久々にゆっくり話そうかとも思ったのに、忙しい小僧共だな?」
メルゾムはクレイにそう笑いの混じった言葉をかけた。クレイも彼の顔を見上げ、微笑を浮かべて肩をすくめてみせる。そして「また今度」と言うようにメルゾムに手を振り、先に店を出たユーリ達の後を追って姿を消した。メルゾムは彼らをしばらく見送った後で、静かになった店内の奥に視線を向けた。
「レイヴン!」
「ん?」
その呼びかけに反応を示したのは、隠れるように奥にある席に座っていた一人の男だ。紫色の羽織を身にまとい、ぼさぼさの髪をひとつに結い上げた酔っ払いだった。一人酒で頬を赤く染めているレイヴンに、メルゾムは短く言い放った。
「てめぇの仕事だ。」