第6話 〜少年の因縁〜
ユーリはヒスカらに引っ張られながら駐屯基地に戻った。直後、クレイはナイレンへ報告しに姿を消し、ロビーのソファでは、先ほどの乱闘で負った傷の手当てが双子によって行われていた。
「なんだよ!向こう治癒術使ってんじゃん!差別すんなよ!」
「うっせ!」
喚いているのは喧嘩を売りつけた張本人ユーリ少年。低いテーブルをはさんだ向かいの席では、フレンがシャスティルから治癒術による手当を受けている。対する彼は全手動。ヒスカは文句をたれるユーリを睨みつけ、足に負った大きな傷口に消毒スプレーを勢いよく吹き付けた。傷口は沁み、もちろんユーリは盛大な悲鳴を上げることとなる。
「痛かったら反省しなさい。」
ヒスカは悪びれもせずに乱暴な手当てを続ける。その姿は、日頃の生意気な後輩に対するうっぷんを晴らしているようにも見える。だが、当然ユーリはそんなヒスカに黙ってはおらず、すかさず文句を吐き出し、ヒスカもそれに負けないくらい、口答えする後輩に反省の態度を求めて口論を始めるのだった。
「フレンには少しは同情するわ。途中までだけどね。」
「はぁ…」
その隣で行われる丁寧な治療。特別、シャスティルの手当てが上手いわけではない。単にフレンの日々の行いが良いだけである。
「ね、あんた頭にも怪我してんじゃん。見せてみ。」
その時、シャスティルは彼の頭にできている怪我を見つけ、彼の頭を上から抑え込む形でその手当てを始めた。しかし、その体勢は図らずもフレンの目の前にその胸をさらすことになったわけで。顔を赤くするフレンはなんとか離れようともがいてみるが、おそらく彼女はそんなことに気づいていないのだろう、「うごかない!」と言いながら、より彼を引き寄せ、固定する形で治療を行い続けていた。
「だいたい、なんであんたみたいなのが騎士団に入ったのよ?」
その一方で、ヒスカはユーリへの手荒い治療を終えたようだ。救急セットを片しながら、そんな事をユーリに向かって聞いている。
「別に。他にやることもねぇし、給料だけはいいし。それに俺、強いもん。」
その問いに対し、特に最後の一言を自慢げに口にするユーリ。昨日の任務で、確かに彼が少しは強いことはわかる。だが、ヒスカはその態度にまた呆れた様子になった。
「つまりは、たいした目的もなくふらふらしてて、力を持て余してたってことです。」
「うるせ!」
そんなユーリに向けられる棘のある言葉。テーブルを挟んで正面から向き合い、シャスティルから解放されたフレンはユーリを指差しながら、ユーリは手当てを受けた左足を抱えるようにしながらいがみ始めた。
「昔のまま、何も成長してません!」
「お前もな!陰険な性格そのまんまじゃん!」
「…幼馴染?」
そんな2人を交互に見つめ、ヒスカがフレンを見て尋ねた。
「単に、帝都の下町で一緒に育ったってだけです。」
フレンはその言葉を否定するように返答した。ユーリも「そんなに親しい仲ではない」と言わんばかりに口を開く。
「お前が引っ越した時には、せいせいしたよ。」
「採用試験でユーリを見た時は、目を疑いましたよ!なんでここに!?」
「ま、お前の親父さんの影響があるかもな。良い親父さんだったよな。俺、両親いなかったからちょっと羨ましくってさ。」
その言葉は、それまでの嫌味の含んだ言い方ではなかった。むしろ懐かしそうに、どこか惜しそうに、ユーリは両腕を頭の後ろで組んで言葉を続けた。だが、彼がフレンの父について口にした途端、フレンから勢いが消えた。
「…父の話は止せ。」
それまでとは違う、曇った表情と声。顔をそむけ、静かにユーリに言った。その様子にユーリは首を傾げ、疑問を抱いた瞳でフレンを見る。
「そこの四人。それ終わったら、隊長の部屋へ行け。」
その時、廊下の角から顔を覗かせ、エルヴィンがユーリ達に声をかけた。
「カンカンだぜ〜?」
そして最後に口元を緩ませながら、少し余計な一言を残して姿を消していった。
「何でだよ!何も悪いことなんてしてねぇだろ!?」
「あんたね!ここは騎士団なのよ!規律ってもんがあんの!あ〜〜、もう!あんたらへの監督能力が問われる〜!!」
頭を抱えながらそう叫ぶヒスカ。頭が痛いとはこのことだろうと、彼の教育係になってから何度思ったことだろう。しかし、ぼやいたところで何も変わらない。意を決して、隊長のもとへと向かうのであった。
「酒場で乱闘なんて、ベタなことしやがって。」
隊長室で4人を向かえたのは、欠伸をしながらそう切り出したナイレン、そしてその横に静かに立つクレイの2人だった。エルヴィンの言葉とは違う、さほど緊張感のない空気が隊長室を包んでいた。それでも、ユーリを除く3人は、申し訳なさそうな顔をしてナイレンの前に並んでいる。
「町の外はめんどくせぇことになってんだ。町の中で面倒起こすなよ。」
「あいつらがいい加減なことすっからだよ!」
ナイレンは変わらず、面倒そうに説教を続ける。だが、その言葉に反発するようにユーリが大声を上げた。
「爺さんの金巻き上げただけで、途中でほったらかしにしたんだぞ?あんな連中許せるか!」
「なるほどな。ま、俺でも殴ってたかな、そりゃ。」
「え?」
自分に非はない。そう言い張る彼に、隣に立つ3人は呆れた眼差しを向ける。しかし、ナイレンはユーリの話に黙って耳を傾けると、それまで横向きにしてかけていた椅子を正面へと戻しながら、騎士団の隊長の言葉とは思えない発言をしたのだった。それにはユーリも予想外だったのか、目を丸くして驚いていた。そんな彼へ、ナイレンは言葉を紡いだ。
「だが、ギルドは帝国の影響を受けない自治組織だ。良い面もあんだよ。」
「そうは思えませんが。」
「今回のことでわかると思うが、俺達では対処できないこともやってる。金は取るがな。」
否定の声を上げたフレンに、ナイレンはすこしばかり苦笑を交えながらも真剣な眼差しで彼に答えた。ナイレンの言うとおり、騎士団だけではまかなえない事態を、ギルドは解決してくれている。だから、帝国の法に従わない組織であっても黙認されているのだ。
「メルゾムってやつは、あんたのこと知ってたぜ?」
「ん?ああ。まあ、つまんねぇ話だ。……ん?なんだよ?別に癒着なんかしてねぇぞ!?クレイ!お前も何笑ってんだ!?」
ふとユーリがカマをかけるようなことを口にした。そして返った答えは、メルゾムのとほぼ同じ。そうとは知らず口にしたその言葉のせいか、次の瞬間、シラッとした8つの瞳がナイレンを捉えた。それに気付くと、彼は誤解するな!とばかりに大声で主張し、そんな様子に、クレイは口を手で押さえながら笑っていた。声こそ失ってしまっているが、そうでなければ、きっと笑い声が漏れていただろう。ナイレンは「まったく…」というようにクレイを睨み、それからため息をついた。
「怪我、大丈夫か?」
ナイレンは話を戻し、再びユーリらに声をかけた。
「はい。」
「じゃあ、さっさと部屋へ戻れ。」
「は…?」
予想外の指示に、フレンはキョトンとナイレンを見た。
「懲罰房行きじゃねぇのかよ?」
ユーリも意外そうに彼に尋ねる。そんな彼らに返ってきたのは、ほんの短い理由だった。
「今そんなことして、何か得があるか?」
ナイレンはキセルでユーリらを指しながら言った。その言葉の意味をすこしばかり考えてしまう4人だが、事は簡単だった。魔物たちの凶暴化。紅葉する森。それらの原因とされるエアルの大量発生。このシゾンタニアを襲う問題の解決に、人手が必要なことは明らかであった。
「とは言うものの、何もないってのも他の隊員に示しがつかねぇか。…店への弁償は給料から差っ引いとくぞ。」
「げげぇ!?」
それはユーリにとって、懲罰房行きより厳しい処罰だったに違いない。ナイレンが下した処罰に、彼は心底嫌そうに声を上げた。最も、懲罰房行きの方がマシという考えが頭をかすめるような彼の普段の行いが疑われる。
「ああ、それとフレン!お前は帝都へ行ってくれ。」
「はい?」
「俺の代理だ。」
「私が、ですか?」
「俺は他に行くとこがあんだよ。その間、ここはユルギスとクレイに任す。おめぇは式典への出席と、この援軍の要請書を届けてくれ。」
まだ戸惑っているフレンに、ナイレンは有無を言わさずに要請書の入ったケースを目の前に差しだした。
「湖の遺跡には、恐らく何かがある。ここの隊だけじゃ処理しきれない、が…。」
クレイはデスクの上に置かれた要請書を手にし、フレンへと手渡した。その様子を見ながら、ナイレンは口からキセルを取り出し、ひとり言のように呟いていた。クレイがそんなナイレンを横目で見つめた、次の瞬間だった。
「それから、でっかい方は俺と来てくれ。」
「…セクハラね。」
「セクハラだわ。」
ナイレンは双子へ視線を向け、その片割れに同行の指示を出した。だが、その呼び方に少なからず嫌悪感を抱いた二人は、彼へと白い目を向けて呟いたのだった。
「でっかいって、どっちも背同じじゃん。な?」
ユーリは双子を見比べるが、ナイレンの言う『でっかい』の意味はわからなかったようだ。親指で双子を指さし、フレンとクレイに同意を求めた。だが、フレンは顔をわずかに赤く染めて咳払いし、クレイも腰に手をあて、溜息をつくだけだった。
「ユーリは、ランバートの世話頼むわ。」
「また犬かよ!?」
そして、ナイレンの軽い口調の指示に、ユーリは突っ込みに似た悲鳴を上げたのだった。
その後、フレンは自室の机に向かい、書類をまとめていた。
「ユーリ。」
「なんだよ?」
その最中、隣のベッドで寝そべっているユーリに話しかけた。彼はぶっきらぼうに、フレンの呼び掛けに応える。
「もう問題は起こすな。まき沿いはごめんだ。」
「はいはい。」
「君は騎士団の一員なんだ。規律や秩序は守れ。それが出来なければ、組織に属する資格はない。」
「俺は間違ったことをしてるつもりはねぇ!」
いつもよりもきつい口調で、フレンはユーリを叱責した。それに対して、ユーリもいつにも増して苛立ちの声を上げる。するとフレンは、それまで動かしていたペンを止め、視線だけを動かしてユーリを睨みつけた。
「そうやって自分の考えを優先するのなら、ここから出て行くんだな。」
「あ〜あ、うるせえ、うるせえ!」
フレンの言葉を受け入れられないとばかりに、ユーリは身体を起こし、イライラした歩調で部屋を出て行った。フレンはそれを止めるでもなく、一人で静かに書類にペンを走らせるだけだった。