城の新たな喧騒も静まり返り、夜も更け始めて眠りにつく時間になる。
そんな中、普段は使用されない城の大浴場も、今回の事件以降、連日の解禁がされ、その湯船に神無が一人で浸かっていた。
「やっぱり、一人で大浴場を貸しきると気分がいい」
淡い緑色の綺麗な湯に浸かり、湯船の壁にもたれながら、満足げに呟く。
用意された部屋にも風呂は備え付けられていた。しかし、あえて神無は此処を選んでいた。
「こういうのは独り占めできるからいいんだよなー」
「――全くだな」
愉快に言った独り言の筈、聞き覚えのある女性の声が何処か淡々とした様子の声で返してきた。
それも近くから。実の所、大浴場は男女の湯を壁一枚で区切っている。声も反響で意外と拾われる。
神無は表情をやや青ざめながら隣に居るであろう『彼女』に声を渋々かける。
「イリアドゥス、何してんだ」
「…何? 『何を』と問うたか? 此処は風呂場、つまり私が風呂に浸かっていても問題ないはずよ?」
「〜〜っ」
愉快にからかう彼女の笑みを混ぜた声に、神無は額に手を添えて言葉を詰まらせた。
「というか、あんたも風呂に入るのか。別段、する必要なさそうだが」
「ええ。別にする必要は無いわね。一瞬で身を清める術は心得ているけれど、こうして湯に浸かるのも悪くないわ」
何処か穏やかな声音で言うイリアドゥスに神無は得心するように天井を仰いだ。
「――できれば、一人で浸かるよりも誰かと一緒に浸かるのも悪くは無いと思う」
神無はあえて彼女の言葉を返さずに自分から話題を更に切り替えた。
「…………ブレイズ、ヴェリシャナ……他の半神(むすめ)たちとと入ればいいだけじゃあねえか」
「そうしようと思ってな―――」
遡る事、クウがイリアドゥスへナンパし、激昂したブレイズとヴェリシャナの怒りが止んだあたりまで戻る。
荒い呼吸を繰り返しながら、武器や戦意を収める二人。
「……ちっ、伊達に生き残ってきただけはあるね」
「ええ。次は無いと思ってください。絶対に」
「…………」
ぶちのめされたクウは既に気を失っており、返事が無い。慌てて不機嫌なレイアが治療に駆け寄る。
「さ、母さま。部屋に戻りましょう」
「そうね。それじゃあ、失礼するわ」
熱が引いたブレイズの手に引かれながらイリアドゥスはその場から去って、自室に戻る。
そして、彼女は大浴場に入ろうかと呟いたのだった。
「え、母さま。何故です?」
此処数日、イリアドゥスは一瞬で身を清める術式で風呂をする必要が無い。
それを知っていたヴェリシャナは不思議そうにたずねる。
問われた彼女は小さく笑みを浮かべて、
「――たまには風呂に浸かるというのも悪くないと思ってよ。一緒に入る? ヴェリシャナ」
「っ!!」
思わぬ誘いに歓喜を通り越して、幸悦のきわみに達してしまった彼女は顔を真っ赤にして倒れこんでしまう。
身を起こして様子を見ると鼻から血を垂らして気を失っているのである。
イリアドゥスはやれやれと愛娘をベッドに横にさせ、一人で大浴場へと足を運ぶ事にしたのであった。
「―――誘うと面倒になったから、一人で来た」
「大変そうだな…アンタ。まあ、俺は妻子持ちだ! 最悪全てを敵にしかねないので断るよ」
何処か疲れたような彼女の声に、神無は同情の声で応じて、イリアドゥスの誘いを低調に断る。
「そうか。――まあ、正直」
最後の一声だけ、壁越しの声ではない、間近からの声に違和感を感じながら横に振り向くと。
「私からすれば問題ないのだがな」
「―――――」
イリアドゥスが居た。自分よりも倍以上の長い黒髪を濡らし、湯に浸かっていたから顔も薄く赤い。
平淡な蒼い瞳がこちらを見据えていた。だが、神無は目と目が合う刹那に全速力で風呂場から飛び出して着替え室に突撃する勢いで突っ込んだ。
「………てめ、イリアドゥス! お前なァ!!」
「ふふ、すまない。そこまで大仰しいとは」
くすくすと笑う彼女が立ち上がり、ゆっくりと神無のほうへと肢体をを晒して歩み寄ろうとしてくる。
それに加速する様に焦りだした神無はすぐさまぬれた体で構わず下着を着て、ズボンだけ履いて着替え室から逃げ出していった。
脱兎の如く逃げられ、イリアドゥスはやれやれと嘆息に呟き、一瞬で隣の女湯に浸かりなおす。
『アンタ……何するか本当に理解の外よ』
心の声ともいうべき、愛娘のレプキアの呆れた様子に小さく笑みを零して、何も言葉を返さなかった。
「あ……あぶねえ……一歩間違ったら俺が殺される」
自室へとぬれた髪をタオルで拭いながら足早に、逃げるように神無は向かっている。
いくら神といえど、その外見上は完全に一人の女性だ
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