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第二章 心剣士編断章「約定」

断章 


 神の聖域へと帰還した仮面の女―――カルマは素顔を晒したまま、歩き出した。
 歩きながら彼女は思考をめぐらせる。今回の戦闘は、損失が激しかったとまず感じた。

(クェーサーまで倒されるのは予想外だったわ)

 クェーサーの実力は自分がよく知っている。戦い、その実力は今までの心剣士と比べて圧倒的だ。さらに神月たち心剣士も見劣りは在るが、優秀だった。

(王羅も、奥の手があったか)

 先の戦いの傷、身体に奔った傷痕は既にいえている。
 だが、驚愕したのは王羅の戦闘力。二人の半身の能力を封じ、返しの刃まで潜ませていた。

「あら」

「おやおや、気分転換ですか?」

 視界に入った白服、素顔を自分のように隠している青年は笑みの含んだ声でからかった。彼は自分と同じく『約定』を交わしている。
 彼にも彼の目的があり、自分にも自分の目的がある。だから、些細な干渉はお互いにしない。

「少し、竹箆返しを受けただけよ」

「そうですか。それで、貴女の目的に何か影響は?」

「無いわね。駒は駒よ? 王があればどうとでも」

「なら、もしもの事をと思いましてね…あるノーバディを神月につけているんです」

 カルマは少し驚いた表情を見せたが、すぐに詳細を聞く真剣な目で見つめた。

「幸い、その様子だと神月も向こうの方へ戻ったようで。だからどうぞ」

 彼が彼女の元に渡したのは覆いつくせる水晶。半透明な水晶の内側には靄がかかっている。すると、映像が映し出された。
 映像は家とそばに道場の様な館がある。視点は家の窓―――向こう側には布団で眠りについている神月が居た。

「!」

「監視用で、一応盗聴も可能です。まあ、発見されて倒される前に『置き土産』を残して、位置の特定は可能に出来ます」

「……感謝はしておくわ」

「いえ、ではこれで失礼します」

 彼はさっさと歩き去っていった。カルマはその背を見届け、再び、掌にある推奨に映った神月を見た。

「彼らはこのままではいないはず……きっと、行動を移す」

 使える限りは使おうと、そして、『あれ』を試そうと、想ってカルマは掌を覆って、目の前に闇の回廊を開いた。



 ビフロンス、そこは永遠城と同様に異空間を有する大地。
 城下町を一瞥するように最奥にある城のある一室。豪奢な椅子に腰掛けている黒服のコートを着た男性は、二週間ほど前に来た少女と青年の面を向き合って話し合っていた。

「ご気分はもう大丈夫ですか? アーシャ、ディザイア」

「……ええ」

「俺はいいさ。アーシャは少し、な」

 から元気な微笑を浮かべた素顔を黒い布で隠した少女―――アーシャと、黒衣装を身につけた剣呑な顔で彼女を擁護した。
 彼らは『兄弟』である。神の血を有するかけ離れた兄弟であるが。

「裏切りは痛恨の痛み……痛み入ります」

 されど、神―――レプキアに絶対の忠誠を誓っている。だが、現に今は、仮面の女ことカルマとた一人の裏切りものである半神―――アバタール。
 二人はあの日のことを覚えている。

「ここまで逃げて、匿えたのは幸いだった」

 ディザイアは苦虫を噛み潰したように苦汁の顔色で呟いた。レプセキアから脱出してすぐに目指した世界は心剣の墓地『心剣世界』。
その管理者であるアーファの次に最古の半神、全ての半神たちの連絡の中心を担うアルカナへと自体を打ち明け、ディザイアたちはビフロンスへと匿われた。

「……アルカナから何か連絡あったか?」

「―――ここにいる」

 部屋に入って来たのは銀色のコートを着た男女の区別がつかない中世的な美麗をした黒髪の男―――アルカナはディザイアを見下ろすようにアイネアスの隣に佇んだ。

「暫く連絡が無かったから心配していましたよ」

 アイネアスの困った苦笑をアルカナは無視し、視線はアーシャに向けられていた。

「……アーシャ、大丈夫か?」

「え……ええ」

「すまない……連絡が取れなかったのは半身たちを安全に心剣世界に向かわせる為にあっちこっちに駆け回っていた」

 道中、襲われたことは無かったが、用心を重ねた為に連絡も極力控えていたそうだった。

「だが、レプセキア以外の半神たちは全員集合している。それでも行動には移せない」

「レプセキアが結界で覆われているのが、か?」

「いや、正直言えば戦力云々は特に無い。だが、敵はまるで知らない」

 アルカナたちが知り得る情報は敵が仮面の女、裏切り者のアバタール。極めて不足した情報をどうするか、これを対処しないと半神たち総出で挑んだ所で結果は明白だった。

「実際、手詰まりだ」

 アルカナは参ったように小さく肩を落として、困ったため息を吐いた。

「……何か知っている奴はいるのか?」

「知らないから手詰まりだ。馬鹿か」


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