「お前に本当に死ぬ覚悟があるのか?」
確かめる。今までの言葉に嘘偽りなく本気だったのかを。
「……ありますよ。好きな人が他人に取られる痛みに比べれば、死ぬ痛みなんてマシなんです」
自分の首にナイフを付きたて芯の通った真っすぐな瞳で彼女は言う。その眼に迷いなど無く俺一人に見据えてくれていた。
そうか。ここまで本気で、そこまで俺を好いてくれてるのか……それならお礼を言わなくちゃな。
「ありがとな」
「え」
姫城はその言葉の予想外さに驚き、一瞬呆然とする。そして再沸騰するようにして早口で。
「な、何故お礼を言われたのですか!?」
「気にしないでくれ」
「気にしますっ!」
その時の突き詰めてきた彼女はまさに生き生きしていた、生に満ちていた。ほら、話しているだけで現れた。
その表情はとても良いものじゃないか。
「……多少悔みたいこともありますが私はここで死のうと思います」
ナイフの刃先が首の皮に触れぷつりと弾け。血の玉が出来それが下へ流れて小さな深い赤色の一線を作る。彼女の覚悟は本当だった、俺はそう再認識する。だからこそ、俺は――
「今のお礼の理由を教えようと思ったのに、もう死ぬのか。残念だなあ」
そう、友人と話すようなノリで呟く。
「え?」
その言葉を聞いて、彼女は首からナイフを数センチ離した。効果はテキメンで、意識を外させた。
「死ぬんだったら、別にいいよな?」
もはや独り言にも聞こえるその言葉。しかしそれが姫城には気になって仕方なかったのだろう。
「よくないですっ! 教えてください!」
……やっぱりな。小さな釣り餌に大きな反応。おお、食いついてきた。
食いついてきた彼女の眼には、覚悟などではなく探究心や好奇心に満ちている。
そして、俺は更に予想外なことを言い放ってやった。
「……馬鹿じゃねーの?」
「!」
実際言われた姫城はナイフを構えたまま呆気にとられている。
「え、えと、ユウジ様から言われるのはよいのですが」
いや、いいのかよ。
「それは一体どのような意味で?」
意味ねぇ……。
「姫城さんが俺のことを好きだと仮定して」
我ながら自意識過剰であろうとは思う。話の流れ上仮定しなければならないのだが。しかし返答はというと――
「確定してもらって結構です、っていうかしてください。よろしくお願いします」
「え ああ、うん」
「あっ、ありがとうございます!」
おもいきしテンポ崩されたんだぜ。話が進まねえなあ……とにかく進行させないと。
「他人にとられる痛みに比べれば、死ぬ痛みなんてマシなんです……って言ったよな」
「はい、すごいですね! 一語一句合ってます! 流石ですユウジ様」
いや、だから、そんなツッコミいらんからな。そして顔を引き締めて俺は言う。
「それはただ痛みから逃げてるだけだ」
〜思う、などと誤魔化すことなく。確固たる断定で。
「……いいえっ! 私はこうして死の痛みを選んで――」
「言い訳だな。死ぬ選択ならその痛みは一瞬だ。自分の妄想した思い通りの記憶と共に散れるのかもしれない。でもな――」
死の痛みを俺は知らない。そしてこれからも知ることがないのかもしれない。でもこれだけは言える――
「自分の妄想だけで、生きて、死んでいくのは本当に本望か?」
「っ!」
「思い出がなくていいのか? それは、余りに悲しいんじゃないか?」
「……今の私を全否定するんですか」
彼女は途端にナイフを突き付けるポージングさえ崩さないものの俯いて、声をわざと低くするようにして呟いた。
「ああ、否定してやるねっ! 死んで一人楽になろうなんて考えてるお前みたいな大馬鹿者なんて全否定だよ!」
「な……」
「チャンスを探そうともせず、あーだからこーだからと勝手に理由付けして、諦めて死のうとしてる奴なんてただの負け組だ、今のお前はそうなんだよ!」
「そ、そこまで言うなんて……酷いです!」
酷い? そりゃ酷く言い散らしてるからな。そうだ、いくら罵ってたとしても、俺がそして言いたいのはな――たった一つのことだ。
「だから、生きてみろよ」
「っ」
また驚きの表情を形作る……思ったよりも表情性豊かじゃないか。
「自分を否定されて、大馬鹿者とか負け組とか罵られて悔しかったら生きてみろよ」
「……」
「俺はお前を知らない。多分お前も俺を知らない」
「し、知ってます! 私は、この学校に来たあの日から――」
「それは俺のほんの一部だ。本来の俺は別人かもしれないぞ」
「!?」
「今の俺、お前を罵っている俺を想像出来たか?」
「い、いえ……」
「だからだよ。お前は俺を知らない、殆ど全くな」
知るはずがない。ただストーカー
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