「今日は肉じゃがかー」
立ち込める醤油の香ばしい匂いと、食卓に並べられて料理を見てから呟く。
「えへへー、今日は自信あるんだー」
エプロン姿でお玉を持ち、胸を張って姉がそう言う。
「うまそーだな」
「おいしそうですっ☆」
六人がけのダイニングテーブルに座り、俺と姉、桐が座ったところで俺は気がつく。
「あれ? 今日も母さん仕事?」
「さっきメールが来たから、そうみたい。今日も外で済ませてくるんじゃないかな?」
「そっかー」
ウチの母は仕事がある日は帰りが遅い。大体外のファミレスとかで済ませてくるらしい。
というか、実を言えば帰ってくる日は殆どない。フェミレスで寝過ごすこともあれば、終電に行かれて近くのカプセルホテルに止まってきたりエトセトラ。
「”あいつ”は?」
「うーん……今日も夕食、後でいいって言ってたの」
「ふーん」
”あいつ”に関して、今は何も分からない、それほど興味もない……興味がないというのには語弊があるな。諦めた、の方が適切なのかもしれない。
そう俺はもうあいつには関われない。あいつに俺は嫌われてしまっているのだから。
「じゃあ頂いちゃいましょうか!」
「そうだな」
「はいですっ」
律儀に食卓に揃って手を合わせて、
「頂きます」
「いただきます」
「いただきまーす☆」
そうして夕食が始まる――まずは、メインディッシュの肉じゃがをパクリ。
「お、旨い」
肉じゃがを口に運んで一言。崩れていないながらもしっかり醤油の味とダシが、染み込んでいる。
そこに人参の甘みも加わって旨みが引き立っていて美味しい。
「ありがとう〜、お姉ちゃんその言葉が嬉しいよ〜」
肉じゃがに……おお。
「それに今日は炊き込みご飯か」
「うん、サバの水煮をいれてみました」
「どれどれ……おお」
炊き込みご飯の主張の少ない風味に、サバの水煮がアクセントを加えていた。
サバの水煮と言っても、普通に食べれれるよう塩で味付けされているもので、その塩っぽさが炊き込みごはんに、ちょうどよく馴染んでいる。
それでいてもとが脂身がすくないのでくどくなく、鳥の皮を使うよりもさっぱりしていた。それにきっと安くすんでいることだろう。
「合うな、これ」
「でしょでしょー!」
「おいしいですっ☆」
食事時には、つい水分を多く飲んでしまう。コップの中はもうカラッポだ。
「ちょっとお茶お代わりするわ」
「あ、ユウくん私がやるよ」
「大丈夫、姉貴は座っていいから」
「うん、わかったよ」
お茶ぐらい自分でやるさ。流石に全部任せきりじゃ駄目だし……夕食作って貰ってる時点で任せっきりだけども。
果てしなく申し訳ない気持ちになりながら、冷蔵庫を開いた。すぐ真正面の棚には――
ラップのかけられた肉じゃがの入った器に、茶碗に入った炊き込みご飯、お椀に入った味噌汁が置かれている。
更に姉が書いたと思われる二つ折りにされたメモ用紙があった。そしてメモには大きく”あいつ”の名前が書かれている。
「ええと、お茶は……これか」
冷蔵庫からお茶のボトルを取り出し自分のコップにつぐとボトルを戻し冷蔵庫を閉めた。
夕食も終わり自室のパソコン机のイスに座る。俺が起きている間に関しては、パソコン机の席に座っているのがデフォなのだ。
「姉の料理は……美味いのが悔しい」
昨日はちなみに昨日は電磁レンジでチンした冷凍食品パレード。美味しいことには変わりないが、手作りには劣る。
「これでは……わしに勝ち目はないではないかっ! 貴様はオールドシスコン。またはアネコンだし、あっちはブラコン……相思相愛かっ!」
「いやオールドシスターって姉って意味だけどさ……て、俺はアネコンじゃねえよ」
「アネコン否定前に真っ先に姉を擁護するとはっ! わしは、例えお主がアネコンだとしても諦めないぞ……例えアネコンでも」
「絶対人として諦め始めてる!? いや、まぁ妹ルートは諦めてくれ」
「敵が強ければ強いほど、愛の炎は燃え上がるのじゃ」
「……今すぐにでも鎮火して欲しいな」
閑話休題。
「……ということで、明日もイベントが発生する』
「へぇー、また」
「……なんじゃその、飽きムードは』
「いや飽きてはない、ただダルイなーと」
「……貴様の言った言葉の方が、女子の好感度は落ちるじゃろうな」
「よし、落ちたか。よっしゃ! さっさと妹ルートは諦めろ」
「わかってるもん! おにいちゃんがツンデレだってことは」
「ツンデレじゃねえ、俺にはツンしかねえ」
「いいもんいいもん」
「いや、よくないだろ」
「そうか、わしがツンになればツン同士で科学反応が起きて……」
「それで面倒くさくなった俺は桐を完全無視する”無”に突入するんだな」
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