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生兵法 1

 飛び出した眼の縁を涙が彩り、溢れ出す糞尿が痙攣する脚を伝う。
抜き取られた剣尖を追うかのように血飛沫が噴出し、ユラユラと身体を揺らす。

 声一つ立てられぬままに男は息絶えた。
未熟な剣ほど早く死ぬ、悟る頃には往々にしてツケの清算が迫っているものだ。この剣客も例に違わぬ者とみえる。

 山路の惨劇であった。
もとより昼なお暗き崖下の道だが、満天の黒雲故に血臭より他に酸鼻さを判別することも出来ない薄暗さで、襲われた旅人らは、相手の顔すら見分けがつかぬ間に次々と斬り倒されていった。
今は、剣を握っているのは襲撃者ただ一人である。そして、この場にはあと一人しか生きていない。

「きっ、貴様! おおお王法を何と心得る! か、か、か、かくも無体な行為は、獄門打ち首に晒されて然るべきものなのだぞ!」
 路傍に腰を抜かし、それでも場違いな脅し文句を並べる老人。
その衣には薄明の中でさえ煌く金糸銀糸がふんだんに使われており、老人の地位と資産を推察するに余りあるものであった。
が、襲撃者にとっては相手の地位など興味はなかった。意識するべきものは、唯金のみである。

「今は剣のみが法さ」
 若い声が、最前より掲げていた切先を無造作に突き出す。老人が最後に見たのは己が首へと伸びた剣身。痛みはなく、ただ咽喉に清冽な冷気が分け入るのを感じた。

**

 唯の一人で、老人と腕の立つ用心棒らを悉く切り捨てた剣士は、膝をついて地べたへと投げ出された荷物を探る。
 若い男であった。口元に酷薄な笑みを張り付かせた、苦み走った美男である。彼が旅人を襲ったのは金を奪う為であった。理も非もなく、元手も要らず、手早く稼ぐのが彼の身上である。

 やがて、奪い尽くせる限りの財を得て腰を上げた青年の頭に、チラリと何か冷たいものが落ちてくる。空を見上げた青年は軽く舌を鳴らした。

「……雪か」
 満天の黒雲から、白い白い雪が降る。
斬人で火照った身体には雪の冷たさも気持ちがいいが、まさかいつまでも雪下にいるわけにもいかない。懐は奪った金で存分に暖まったが、金貨の冷たさは骨身に凍みる。

 どうせ悪銭なのだ、今宵は酒に暖を求めよう。
 若い人斬りは肩を竦め、足早に雪の坂道を下って行った。坂を流れる血潮はまだ熱い、雪が山路を閉ざすのは遅くなるだろう。

**

 山麓の宿は大粒の雪にも拘らず閑散としていた。
広間の机には降り始めの雪さながらに埃が積もり、天井の各所に蜘蛛の巣までが広がる。
客は、宿の奥に座ってチビチビと酒杯を嘗める一人、そして雪降る山道を下ってきた青年の二人だけである。

 老いた店主はため息をついた。
昔はこうではなかった。地図にも載らぬ小体な村に位置する宿であったが、交易ルートとして往来する隊商が西方に広がる大砂漠、或いは東へと延びる山道への支度を村で整える為にそれなりの繁盛を見せていた。

それが、ここ一年程前からの天候不順で交易は滞りがちになり、今では客が訪れるのも稀となっていた。
もはや奉公人すら雇えぬご時世で、たった二人の客をあしらうことさえ満足に出来ない。

しかも、久しぶりの客が見るからにロクデナシ、と来ている。
剣を持し、足元に大きな包みを転がした青年は、いかにも酷薄そうな笑みを浮かべているし、見るともなく見るだけで上衣の彼方此方に点々と血痕が付いているのが判る。
片隅で扉の隙間風を避けながら酒を飲んでいる方の客は、どういうつもりか室内でも深い編笠と小汚いマントを纏ったままだ。
雪に濡れて体に張り付くマントの曲線からしてみると、どうやらうら若い女性のようであるが、正気を疑うような姿でいる理由が判らない。
こんな妙な客しか訪れないのではため息も尽きたくなる。


(もうそろそろ、首のくくり時かね)

 老人はせっせと酒を運びながらまたため息をつく。
悩み事に気を取られて、しばしば足を縺れさせたり、酒の燗が足りなかったり、とで客たちは見るからにイライラし始めている。
この分では、彼らは二度とこの宿には来ないだろう。それどころか、金を落としてくれるかさえ危うい。

とはいえ、老人が悩むのも仕方がない。行く末に希望など存在しないのだ。
異常気象の所為で客が来ない分には、まだ耐えられなくもない。突然の気象の変化なのだ、また突然元に戻ってくれるかもしれないではないか。

 だが、問題は土地の寒冷化などではない。社会情勢も悪化しているのだ。今朝もまた村の若者が何やらいう組織に身を投じるために故郷を捨てた。
なんでも、その組織は異国の魔の手を追い払うのだとかいうそうだが、要するに待ち受けるのは戦争でしかない。
戦いともなれば、乏しい貯えも根こそぎ兵士が奪っていくもの、と相場が決まっている。誰が勝とうが、苦しむのは民草でしかないのだ。

 生きることに絶望しか
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