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生兵法 2

 宿に入ってきたのは、いずれも筋骨隆々とした男たちであった。
毛の擦り切れた狼の裘に、三日月よりも反り返った彎刀を手挟んだ江湖
(*侠客・武芸者らの世界)
渡世の者である。

 壮漢らは土間に足を踏み入れるや老店主に顔を向け、頭分らしき黒髭の大男が、
「済まんが尋ねたいことがある。此処に豪奢な衣装の老人は泊まっているのか? でなくば、旅をしているところを見かけなんだか?」
と、広間全体へと聞こえるほどの大声で問いかける。

 よく響く声が梁をも震わせ、宿の中に埃を降らせ、外の屋根から雪を落とす。
外で降る雪もかくや、と襲い来る塵埃に青年の客は舌打ちを鳴らし、編笠の客は不快気に体を揺する。
一方、男の大音声に目を丸くした老店主であったが、ようようにして、
「いいや、見ておらんよ」
と返す。

その回答にフン、と一つ荒い鼻息をし、髭面は、
「では、お主は知らんか? お主は?」
と、宿泊客一人一人に喚きかける。その度に梁が忙しく震え、埃は引っ切り無しに舞い散る。
この様にいよいよ苛立ちをつのらせた青年が、内心とは裏腹の笑みで、
「あんたらが捜している爺さんってのは、金糸や銀糸で織った派手派手しい衣装を纏ってるやつかい? そして、用心棒を数人ばかし連れてるのか?」

 彼の言葉に男たちは狂喜し、一、二歩詰め寄る。
「そ、そうだ! その老人だ! あの悪党を我らは探しているのだが、お主は何処で見かけたのだ?!」

 男たちの問いかけに、青年は酷薄な笑みを浮かべる。
「生憎、その悪党とやらはもういないさ。やつが後生大事に抱え込んでた不義の財とやらは、ふふん!」

 鼻で笑った青年はやおら足元の包みを持ち上げ、結び目を解くや机へと投げ出す。
それだけの衝撃で飛び出してきたのは、燦々と光を放つ様々な宝石。
いずれも大粒ばかりで、色とりどりたることはまるで画材店の店先のようであった。
これほど多くの宝石は、大都市で奢侈品を売る商人でさえ持ち合わせていないだろう。

 宝石の輝きに目も眩む黒髭。彼は驚き、又喜び、
「あの老人は、貴公の手にかかったのですか!
 しかも、これほどの財宝を惜しげもなく顕わになさるとは、もしや貴公は我らと同心なさる方……」
と、丁重な口ぶりに変わるも、途中でややバツの悪い顔になり、

「と、これは失礼いたした。我らが所属するのは、ヴァ
「あんたらの素性なんてどうだっていいのさ。
俺は金が欲しいから奪っただけだ。あんたらみたいに外敵から国土を守るだなんて崇高な理念もないし、興味もない。今のはただ儲けを見せびらかしただけさ」
名乗りを待たずに口を挟んだ青年に、黒髭はポカン、と目を見開き、口を閉じることも出来ずにいたが、ややあって、

「つまり、その財を公の役に立てぬ、と?
 貴公、それは間違っておられるぞ! 不浄の財を奪ったからには、苦しむ者を助ける為に使うべきではあらぬか?
 私するにはあまりにも多すぎるのだ。我らに合力して、せめてこの村の民に施すのが筋というものであろう」

「知るか!
 どうせ人間はみんな死ぬもんだ。一人一人の違いだなんて、やりたいことをやるだけの力があるかないかくらいのもんだ!
 俺は金を得て好き放題やるだけの能力がある。けど、それだけのことも出来ない無能どもの尻拭いなんざやりたくもないね。
 こいつは俺の金だ、俺が腕づくで手に入れたもんだ。何時死んだって惜しくないほど楽しむための金だ!」

 子供じみた論理であるが、この手の身勝手な快楽主義は当世決して珍しい思想ではない。
社会が病み、未来に希望が無くなると、なまじ腕が立つ者ほど刹那的な思考を行う傾向が見えてくる。

 とはいえ、こんなところでぶち当たるとは思わなかったのか、若者の主張に唖然とした男たちであったが、やがて、黒髭がうめくように呟いた。
「なるほど、『腕づく』、か……。ならば、ご無礼致す!」


 壮漢の拳が柄へと伸び、抜刀! 
「抜く手も見せぬ」、とかねがね自負していた居合の業。しかしそれはこの時より「抜く手も有らぬ」と変わってしまった。
 相手の抜き打ちが巨漢の上を行っていた、若者の剣は刀が抜ききられるほんの一寸早く男の腕を断ち切っていたのだ。

 切り取られた腕であったが、刀を抜く際の勢いは未だ残っている。柄を握られたままの刀が鞘走ったかと思うや、鮮血の尾を引いて天井高く撥ね上がる。その光景の意味を理解できず、巨漢は目で刀を追い、しばし時を数えて後に絶叫した。

「だから言っただろ? 俺の剣の方が速かった、って」
 相手の叫びに、ニヤリ、と笑った若者であったが、一度放たれた快剣は止まる処を知らない。
傷口を抑えて悶絶する黒髭と、仲間の惨状に呆然とする男たちが我を取り戻す前に、一人一剣!

 絶叫、絶叫、絶叫! 切断された手足が舞い散り
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