「…自分だけが不幸だと思うな。」
カイウスの口からそう言葉が漏れた時、やっとロインの意識が現実に帰ってきた。そして、一体の魔物の死骸と、左腕に裂かれたような傷を負ったカイウスが目に映った。あまりにも突然の出来事だったため、ロインは状況把握に時間がかかった。だが、徐々に数秒前の出来事が鮮明に思い出された。
カイウスが剣を抜き、自分めがけて駆けて来た。だが、その眼には自分の姿ではなく、自分の背後に現れた魔物が映し出されていた。それは先ほど、カイウスが倒した魔物の中の生き残りだった。カイウスは体当たりで自分の体を突き飛ばし、飛び掛ってきた魔物から助けてくれた。その後、すぐに魔物の息の根を止めたが、左腕にその傷を負ってしまったのだった。
「家族を奪われた怒りや悲しみ、憎しみなら、オレとルビアも知ってる。」
「え…?」
未だにしりもちをついたままの状態で呆けいているロインに、カイウスは右手で傷口を抑えながら、ボソッと言った。彼は近くの木まで歩いていき、そこに腰掛けると、再び口を開いた。
「オレは、アレウーラの辺境で父さんと二人で暮らしてた。でも、2年前に『リカンツ狩り』にあって、父さんは村に現れた二人の『異端審問官』に連れて行かれた。その時に、ルビアの両親は教会の人間だったのに、異端審問官の一人に殺された。その罪を父さんになすりつけて…。オレは父さんを助ける為に村を出た。けど、助け出した時、呪縛の魔法(プリセプツ)で操られていた父さんは、獣人化して、オレと仲間を殺そうとしたんだ。なんとか魔法は解けたけど、その直後に魂を抜かれて死んでしまった。」
あの時の事は忘れられなかった。父さんを殺された怒りで、自分は初めて獣人化したのだから…。
口にはしない思いが、カイウスの中を駆けた。一方ロインは、想像もしなかったカイウスとルビアの過去に言葉を失っていた。教会の人間が殺人をするはずがない。だが、とても作り話とは思えない。そんな複雑な思いが、彼の中に現れていた。
「悪いが、先に休ませてくれ。力を使ったから疲れた…。」
木にもたれかかりながら、カイウスはそう言ってまぶたを閉じ始めた。だがロインは、待ってくれ、とでも言うように言葉を放った。
「そういえばさっきの力…あれは『獣人化』だろ?なんでお前が使えるんだ!?『ザンクトゥ』はなかったはずなのに…。」
しかし、その言葉はもう届いていなかった。カイウスはすでに、傷ついた腕を抱えるようにして眠りに落ちていた。ロインは地面に落ちている自分の剣を拾い、鞘に収めると、眠っているカイウスに近づいた。見たところ、左腕の傷は浅く、自然治癒に任せられそうだった。それがわかると、ロインはどこかほっとしたような表情を見せ、カイウスがもたれている木の隣にあった木に身を寄せた。
ふと空を見上げると、月は高く昇り、星々の輝きは増していた。落ち着いた気持ちでこうして夜空を見たのが、もう何年も昔のことのように感じられた。
「自分だけが不幸だと思うな。」
カイウスに言われた言葉が頭から離れず、胸に焼き付いていた。
ロインは思った。
あの二人は、今の時間を生きている。
だが、自分の中の時間は、あの日から止まっている。
オレは…いつまで立ち止まっているのだろうか?
「あ〜、やっと抜けられたぁ。」
疲れと喜びの入り混じった表情をしながら、ルビアは声を上げた。
戦いの夜が明けてから、二人の少女はすぐに体を起こし、東へ歩き始めた。そして、陽が真上に上る頃、ようやくバオイの丘を抜けたのであった。二人がいる場所からは、広大な海、そして一行が目指していた東の港町「セビア」が見えた。だが、まだそこに向かうわけには行かなかった。
「ロイン、いつ来るかな…」
ティマは不安そうに、先ほど通ってきた道を振り返った。2日前の夜以来姿を見ていない仲間といつ合流できるのか、それだけを気にしていた。気丈に振舞うルビアも、内心は幼なじみを心配していた。だが、彼女はすぐに思い直した。
自分達だってこの丘抜けられた。カイウス達が抜けられないはずはない!それにカイウスは、あの時の激しい戦いを戦い抜いたんだもの。…大丈夫に決まってる。
「二人はきっと大丈夫!だから、待とう。」
2年前の出来事を思い出しながら、ルビアはティマに言った。その言葉にティマが頷いた、その時だった。突然、二人の視界が何かによって遮られた。驚いた二人だったが、ルビアはすぐにそれが何かわかった。
「ちょっと、カイウスでしょ!?手を離して!!」
「なんだ。もうバレたか。」
少し残念そうに、けれどもどこか面白がっているような調子の声が聞こえた。その直後、再び視界が広がり、ルビアは自分の背後に立っている幼なじみを見た。そしてティマを見ると、彼女も同
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