フレンが帝都へ、ナイレンとシャスティルが魔導士リタ=モルディオの元に向かって出かけて、しばらく日が経った。シゾンタニアの町に残った隊士達はそれぞれの職務へ、または空いた時間を有意義に過ごしていた。宿舎の中庭では、木陰でランバートとラピードが昼寝休憩をしている。その近くで聞こえる木刀同士がぶつかり合う音。そしてそのうちの一本が宙へ投げ出され、相手方の木刀がもう一方の首筋横を捕らえた。その直後、ユーリは詰まらなさそうな表情でヒスカを見た。
「なあ、訓練より森の魔物を一匹でも倒すほうがよっぽどいいんじゃねぇのか?」
カランと音を立て、ヒスカの木刀が地面に落ちる。ユーリは手にしている木刀を一回転させて肩に担ぎ、これまた詰まらなさそうに口にした。
「だから、それは帝都の援軍が来てからでしょ?」
そんな彼に手を焼くヒスカ。いろんな意味でシャスティルと変わりたい、彼女はきっとそう思っているだろう。後輩を叱る以外に、彼女の口から出てくるのはため息ばかりだった。
そんな和んだ空気は、一瞬のうちにして消え去った。
宿舎を全速で駆ける足音。それに気づいた時には、ランバートはすでに顔を上げて音のするほうへ顔を向けていた。そしてその足音が近づいてきたかと思うと、バンと勢いよく中庭への戸が開けられ、隊員の1人がただ事ならぬ表情を浮かべて現れた。
「どうかしたの?」
「魔物が攻めてきた!それも、町のすぐそばまでだ!」
ヒスカが尋ねたのと、その隊員が叫んだのはほぼ同時だった。整い切れていない息をしながら、彼は一気に緊急事態を二人に告げる。ユーリとヒスカは顔を見合せ、急いでその隊員の後に続いて中庭を出た。その後ろから、ラピードに大人しくしているよう言いつけたランバートが走ってくる。彼らはそのまま弾丸のように宿舎を飛び出し、町の門まで一気に駆け抜けた。そして橋の上まで来た時、彼らの目に映ったのは、今までに相手してきたような獣の魔物ではなかった。それは、まるで触手のようなクリーチャーで、まるで町にまで手を出そうというようにこちらに伸びてくる。しかし、町を守る結界がそれを阻み、ユーリ達の目の前で弾かれた。
「あんなの見たことねぇぞ!」
「町は結界が守ってくれる。早く!」
2人は驚きながらも、一刻も早く橋の向こう側まで駆け抜けていく。そこでは馬車が襲われ、先に着いていたユルギス達が人々を避難させながら応戦していた。
「町まで走れ!」
そう指揮を執り、馬車から女性を助けだしていたユルギスの目の前でクリーチャーが馬車を掻っ攫っていった。荷車に繋がれたままの馬は悲鳴をあげ、馬車はそのまま崖に叩きつけられた。尚も遅いかかってくる魔物たちに、騎士たちは剣や魔導器を向け、人々を町へ退避させることに必死だった。現場に着いたユーリ達もその中に加わり、ヒスカは人々の誘導に、ランバートとユーリは迫ってくるウルフ達に向かって行った。一体目を正面から斬りつけ、空中で剣をまわして掴むと同時に身体をひねらせながら二体目の胴を裂き、そのまま宙で回転しながら三体目を上から突き刺し、着地と同時に四体目の腹を突き払う。流れるような彼の剣技。そして果敢に立ち向かっていくランバートの牙に、魔物は次々と倒れて行った。
「エルヴィン、引くぞ!ユーリ、もういいぞ。下がれ!」
ユルギスが声を上げた、次の瞬間だった。彼の支えていた女性が、はっとした表情で口を開いた。
「馬車に娘が…!エマ、エマーーーーっ!!」
そう叫ぶ女性の目に映ったのは、先ほどクリーチャーに襲われた馬車の中ですくんでいる幼い少女だった。しかも、その子の目の前には、クリーチャーとウルフ達が群がっていた。
「だぁああああっ!!」
そのクリーチャーが今にも少女に襲いかかろうとした刹那、ユーリは剣を投げ、それが敵を貫き、怯ませることに成功した。彼はその隙を逃さずに、ランバートと共にその場へ飛び込み、剣を掴むと同時に一閃させ、残りの魔物を一気に退治した。
「ママのとこ行くぜ?ランバート、先行け!」
助け出したエマに、ユーリは優しく微笑みかけた。そんな彼らの元に、森から魔物が群がってくる。ユーリは彼女を抱えると、ランバートが切り開く道を一気に駆け抜けて行った。しかし、ランバートだけでは魔物は振り切れない。2人がウルフ達に囲まれようとした、その時だった。矢の雨が降り注ぎ、彼らを襲わんとする魔物たちの動きを止めて行った。思わぬ助けにユーリが視線を向けると、そこには弓を構えた騎士とは違う格好の男たちがいた。
「倒れてる奴は担いでつれてけ!」
重厚感のある声が響き、ギルドの勇ましい男達が次々と加勢に現れた。その中央から現れたのは、向かってくる魔物を棍棒で意図も簡単に振り払い、頼もしい歩みでやってくるメルゾムだ。
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