まさか…。
目を疑った次の瞬間、ランバートは血を滴らせている牙を向き、それまで聞いたことのない―――犬のものとは思えない鳴き声をあげた。そして、その体は宙に浮き、彼の両横に共に姿を消した2匹の軍用犬たちの変わり果てた姿も現れた。一行は思わず目の前の事態に息を呑む。3匹をそのような姿に変えていたのは、先ほど馬車を襲っていた触手のようなクリーチャーだった。ランバートらの瞳と同じ赤い色をし、彼らをその先端部分に取り込んでいる。ユーリらの心に絶望が姿を見せた、その次の瞬間だった。
「うわあああああああ!!」
ランバートが一瞬のうちに、ギルドの男をまた1人掻っ攫っていく。それも、仲間だったユーリ達の目の前で。男は絶叫を残したまま覆う木々よりも高く持ち上げられ、そして、絶望に満ちた悲鳴を最後に戻ることはなかった。男の姿が見えなくなった空高くから、バケツの水をこぼしたように、ユーリを除くナイレン隊の仲間達の頭上に真っ赤な血が降り注いだ。ユルギス達は降ってきた大量の血に怯み、身を縮め、小さな叫びを上げた。
「ランバート…」
クリーチャーと化した仲間に、ユーリは力なく呟く。目の前の現実が夢であって欲しい、そう願うように。魔物と一体になってしまった仲間とは戦えない、その心の揺らぎを表すように。だが、口から紅い血をこぼしているランバートに、ユーリのその想いはもう届かない。メルゾムらギルドの一行を相手に、彼らの鋭い牙が絶えず襲い掛かる。
「…ひっ……やぁぁぁあああああああああああ!!」
その時、ヒスカの悲鳴が響き渡った。頭からかぶった大量の鮮血。全身が紅く染まっている。死の恐怖を覚え、震える自分の紅い掌を見つめ、半ばパニックに陥っていた。そんな彼女に、さらに恐怖が襲い掛かる。ヒスカの悲鳴を耳にしたランバートが、照準を彼女に変更し、すごい速さで牙を立ててくる。ヒスカはそのままランバートによって地面に押し倒され、必死に自分に向けられる牙に抵抗した。
「ランバート、やめて!!ランバート!!」
だが、ヒスカの必死の叫びも、もはや聞こえていない。牙から身を守ろうと出される彼女の腕へ噛み付こうと、ランバートの攻撃の勢いはいっこうに止まない。だが、そこへ白い光が割って入る。クリーチャー・ランバートはそれに気づき、ヒスカの元から一度退避した。代わりに彼女の前に現れたのは、剣を一閃させる隻眼の騎士だった。
「クレイさま…!」
ヒスカの危機を救ったのはクレイだった。怯えた瞳をしているヒスカをかばうようにして立ち、剣をまっすぐクリーチャーへと向けている。だが、その瞳には僅かながらも迷いが存在している。悔しそうに口を動かしランバートの名を呼ぶ。だが、そこからは何も聞こえない。それでも、彼の心に何か伝わらないかと願いを込めて。
「やめろ、ランバート…ランバート……」
クレイやユルギスらが、尚も彼らに襲いかかろうとするクリーチャー・ランバートと対峙している間、ユーリは呆然とその様子を見ていた。その心にはまだ戸惑いと迷いが行き交っている。だが、迷い続けているユーリの前で、ランバートは仲間を蹴散らしていった。武器を盾代わりにして攻撃を防ぎ、ユルギスらが地面を転げる。ヒスカはまだ怯えているようで、腕の魔導器をランバートに向けながらじりじりと後退している。そんな彼女を守ろうと、クレイがランバートに斬りかかっていく。だが、それは他の軍用犬の頭に邪魔をされてしまい、クレイの手から武器がこぼれる事となってしまった。ユルギスとメルゾムの叫び声が聞こえるのとほぼ同時に、クリーチャー・ランバートはクレイ目掛けて血に濡れた牙で襲い掛かった。
「ランバーーーーートっ!!」
もう少しでクレイが、という寸前で、ユーリの声が響き渡った。ランバートはピタッと動きを止め、声のするほうへ頭を向けた。歯を食いしばり、剣と悔しそうな瞳をまっすぐ向けるユーリが映る。そんなユーリを最優先対象と認識したのだろうか、クリーチャー・ランバートはそのまま彼へと向かっていった。ほぼ同時に、ユーリもランバートへと駆け出していく。
(ランバート…ごめん!!)
口に出さない謝罪の言葉。ユーリは力強く踏み込み、かつての仲間へ剣を振り上げる。緩やかになった時の中で、メルゾムやクレイ、ユルギスらが両者を大きな瞳で見ている。そんな中、ユーリの剣が敵を切り裂く音を上げ、ランバートは断末魔の叫びを森中に響かせた。
その夜。隊舎へ戻るユーリの心を映したように、その日はいっそう暗闇が町を支配していた。そんな中でふと立ち止まり、ユーリは抜き身の剣を目の前にした。刃独特の光を放つ彼の剣。だが、ユーリの目に映るものは、それだけではない。
「くそっ!!」
手に篭る力は増して、剣は地面へと投げ捨てられた。奥歯を鳴
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