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第一章《胎動》 その3


「貴方...あたしを知ってるんですか?」

「その様子だと覚えていない様ですね、僕の事」

一瞬、ローブの男の表情が曇ったような気がした。
優焚の目の中に浮かぶ真珠のような黒い瞳が、ゆらゆらとゆれる。

「あたしは貴方に会ったことが、ある?」

「はい」

「それはいつ?」

「ほんの十数年ほど前のことです」

ぽかんと口をあける優焚をよそに、彼は話を続ける。

「まだ貴女が幼子だった頃、僕は貴女を守り、世話をするように命じられていました。一緒によく遊んだものですが..」

あたしを?守るためだって!?

「...貴方の名前は?なんていうんですか?」

「さぁ?何だと思いますか?当ててみてください」

ローブの男はいたずらな笑みを浮かべ、前方にある建物の中へと入ってしまった。
建物は古く、離れていてもほこりの匂いで鼻先が痒かった。

優焚は彼の後について行くことにした。
警戒心はまだ残っていたが、それよりも好奇心のほうが勝ったのである。

建物の内部は外から見たよりもずっときれいで、豪勢なものだった。

ロビーには高そうな花瓶がその場をを囲むように円状にいくつも置いてあり、壁の金色で彩られた装飾もなかなかのものだ。
優焚はなんだか楽しくなって、軽くスキップをしながらローブの男について行った。

「僕の名前は貴女がつけたのですよ」

唐突に彼はそう言った。

「まだ名前のなかった僕に、貴女がつけてくれた名です」

「名前がなかった?どういう意味ですk..」

瞬間。
黒い稲光と、
黒い雲。

ロビーに広がる、爆発音。

一瞬の出来事すぎて、優焚には何もわからなかった。
ただ、目の前に彼の顔がある。
ローブの男が優焚に笑いかけていた。

親しみやすい、じゃれつくような笑顔。
どこかで嗅いだ覚えがあるような、懐かしい蜜柑の匂いと混ざり合う鉄の匂い。

広がっていく赤。

ローブの男は優焚をかばい、鈍い輝きを放つ光の矢をその身体で受け止めていた。

「っ..あ..!?」

「大丈夫でしたか?優焚」

蜜柑の香り。
女性のように整った顔。
きれいな三つ編み。
頭をなでる、大きな手。

いつも一緒にいてくれた、優しい笑顔。

幼いころの記憶がよみがえる。
それは一瞬のことだった。

「シェン..?シェンなの..?」

ローブの男は顔を上げ、嬉しそうにほほ笑んだ。

「思い出してくれたのですね..お久しぶりです」

優焚は思わず彼の首に抱きつく。
涙がぼろぼろとあふれ出た。

「ぼめん..っぼ、ぼめんよ〜。なんでっ、わずれでだのがなぁっ」

涙で鼻声になり、上手く言葉がでない。
自分をボッコボコに殴ってやりたい、と優焚は思った。
それほどに、大切な人物だったのだ。

涙をふき、シェンに向き直る。
「けがは!?シェン、大丈夫なの!?」

気がつくとシェンに刺さっていたはずの光の矢は消えていた。

「大丈夫ですよ、僕は。人間よりも身体が丈夫にできていますから」

シェンは立ちあがり、振り返る。
血ももう流れてはいなかった。

「...くそったれ野郎どもの使いですか。それとも.."本人"なのでしょうか?」

振り返った先にいたのは、黒い雲。
人の形を成してはいるものの、生き物の気配は皆無だった。

「シェンっ」

優焚がシェンの背中に呼びかけ、ゆるゆると立ちあがる。

「心配しないでください。僕なら大丈夫です。強いですから。」

彼の左手から黒く巨大な鎌が再び姿を現す。
シェンの瞳はギラギラと輝き、黒い雲を強く睨みつけている。

「あのくそ野郎の魔の手から貴女をお守りし、あの方の元へと導く。それが...僕の使命!!」

駆け出し、
跳躍。
鎌を振り下ろす。
が、
黒い雲はひらりとそれをかわし、
光の矢をその手から放つ。
一発。
シェンの左肩へと命中した。

「シェン!」

優焚の叫び声が空っぽのロビーに響く。

崩れた体制を整え、シェンは持っていた鎌を黒い雲へ向け、投げた。
まるでブーメランのように飛んでいったそれを、黒い雲はまたよける。
鎌が壁に突き刺さる。

あぁっ、と優焚が声をもらす。
今のシェンは丸腰も同然だった。

だが、シェンは冷静だった。
すぐさま左手をかかげ、こぶしを握る。
すると、突き刺さった鎌が形を変え、黒い雲を捕らえて壁に貼り付けにした。

「やったぁ!」
優焚がシェンへと駆け寄る。

と、光が。
あふれんばかりの光が、ロビー全体を包み込む。
よく見ると、ロビーにあった花瓶から天井へ向けて光の柱が立っていた。

「優焚」

丁度、光の柱でできた輪の中心にシェンが立つ。

「今から"門"をひらく。..すいません、でも思ったよりも時間がないみたいです。」

優焚は目を見張った。
光の中に立つシェンの腹部に、巨大な穴が開いたのだ
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