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「殺生石?」
 男は適当に髪を結いながら座敷の中心にいる人物に問う。
 まだ若い男は黒の着物の上に黄色の袈裟を引っ掛けているような格好だった。袈裟をかけている事から一応は僧侶である事は確かなのだが、剃髪していない事から破戒僧と見て取れる。
 もう一方の人物はより重厚な袈裟を着た坊主であった。位はかなり高いのだろう、その姿からは威厳が見て取れる。
 老僧は静かに若い男に頷いた。それに男は苦笑いを浮かべる。
「那須野にある、アレか? それとも、狐の残したアレか?」
「前者であれば貴様になぞ頼まぬ」
「なるほど、非常に厄介だな」
 手をパタパタと振ってため息をつくと、男は障子を開いた。廊下の先には綺麗に整備された庭園が広がる。暖かい陽光に男は昼寝の猫よろしく体を伸ばした。その男の様子に老僧は苦笑いをこぼし、されど冷たい声音で続ける。
「貴様を動かすのはこちらも痛いがな。殺生石を野放しにしては結界の土台が危うい」
 その言葉に、男は顔を少ししかめて老僧を見やった。
「俺もその土台の一つのはずだが?」
 問い返す男に、老僧は堪えきれずに笑う。その反応に、さらに男の顔がしかめられた。
「貴様は親父殿が最も厳重に封じた土台だ。それが崩れる等ありえぬ」
 自信の見て取れる老僧の言葉に、男は不機嫌そうに息をついた。そして嫌味たっぷりに男は老僧を睨む。
「ったく、このバカ親子め」
「これが貴様の弟だ。諦めろ」
「嫌だねぇ、こんな身内だけってのは」
 手をひらひらとさせて男は廊下へと足を踏み出した。視線だけで老僧はそれを追うと、最後とばかりに釘を刺す。
「将守、殺生石は必ず消せ」
「あい承って候、南光坊天海殿」
 そのまま庭へと踏み出すと、男は一つ地を蹴った。それだけで、男の姿は老僧からは視認できなくなる。
 風の音を聞くように老僧がゆっくりと目を伏せる。
 物思いにふけっている様子を見せてから数秒たったあたりで、老僧は突如目を見開いた。そしてその視線をキョロキョロとさせたかと思うと誰にでもなく呟く。
「はて、儂は何をしておったか」





 江戸の町には多くの長屋が乱立している。今で言うアパートにあたるそれは、庶民の生活の場である。
 そして、庶民の一日は太陽と共に始まり、太陽と共に終わる。日が昇れば人々は動き出し、日が沈めば床に就くというある意味で非常に健康的な生活だ。もちろん、その分日が出ている間は働きづめになるのが普通だ。
 されど、この部屋の主はそういう世界とはほどほどに無縁だった。
 日に照らされない生活なのがよくわかる青白い肌、漆黒の髪は切りそろえられているものの、武士とは違って剃られていない。
 まだ若い青年は戸をガンガン叩く音に気付いて目をこする。黒く愛らしい瞳が戸を見てみれば、そこには女性らしきシルエット。
 青年ははだけた寝巻きを適当に調えて戸の突っ張り棒を取ってやる。すると、勢いよく戸が開かれた。妙齢の、赤い着物の女がそこにいた。
「よるさん、よるさん」
 慌てた様子の女性に、青年――朔夜(さくや)は首をかしげた。
「お凛さん……もう朝ですっけ?」
「何寝ぼけてるんだい、よるさん! もう昼四つだよ」 
「そんな時間でしたか」
 のんびりと頷いて朔夜は笑った。
 昼四つと言うのは大体今の時刻で言えば十時頃になる。眠りすぎと言えば眠りすぎだった。
 朔夜のそのあまりのとろさに、お凛の中の何かがぷつりと切れた。
「そんなんだから嫁が来ないんだよ! まったく! 今度良い子を紹介してやるからね」
「いや、そんな事はどうでも良いんで……」
「どうでも良くない!」
 お凛の勢いに気圧されながらも、朔夜は笑顔で問い返した。
「いや、何か用があったんでは?」
 その言葉に我に返ったお凛は手を一つ打つ。
「ああ、忘れちまう所だったよ。向かいの長屋の八助さんが今朝亡くなったらしくてねぇ」
「え……八助さんが?」
 その言葉に、朔夜の脳裏に気の良い笑顔が浮かんだ。彼の中には、家族三人で楽しげに笑う一家の姿だけが残っている。その記憶の中の八助は、年老いている訳ではなかった。
「まだ小さな子供もいて不憫なこったよ」
 哀れむようにお凛が目を伏せる。
 朔夜はお凛の脇から見える風景に目をやった。葬式の準備のためだろう、人が忙しなく動いている。
「急な病かい?」
「いや、隅田川で死んでるのが見つかったらしいよ。殺しかもしれないからって火盗改めまで来てる始末さ」
「八丁堀が……」
 お凛の言葉に、朔夜は視線を足元に移した。
 火盗改めとは『火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)』の略称である。今の時代で言えば警察兼裁判官にあたる。火盗改めは必要とあらばその場で罪人の首をはねても良いと言う権限を持たされていた。故に、庶民からは頼られもし、恐れられ
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