「――お疲れ様です」
「…うむ」
手馴れてきたアダムの声で、再現された過去から意識を覚醒したディアウスは短く応じた。
目の前にいる妻も顔を赤くしつつも、何処か幸せに、満足そうにしている。
確かに、お互いにとってこの過去、秘密は誰にも見せたくないものではある。
が、同時に心の何処かで誇り、尊く想い、自慢げにしたいという不可逆の心理が作用していた。
ディアウスはやっと納得した。夫婦の馴れ初めを暴かれてもなお、彼らが何処か満足げにしていた理由を。
「……が、二度目は勘弁だな」
「そうね」
さっさと席へと戻り、プリティマは落ち着くまで顔を俯いている。
ディアウスは天井の染みでも数えるかのように仰いだ。
「…残りは月華、親父とエンの組か」
採点している合間の少しの自由な雑談時間で、
神無は両隣の席に座っている両親らとその隣に居る組の夫婦らへ声をかける。
言われた3組はちらっとお互いに見合い、直ぐに視線を戻した。
「アハハ、気にしない程度にがんばりましょ」
無轟ら、エンらと違い、特に気負った様子でいるわけでもない月華が笑い、美月が苦笑と共に頷いた。
もっとも次がどっちだろうと知った事ではないと言わんばかりの雰囲気を纏っている。
「お待たせしました。次は月華さん、美月さんの組でお願いしますね」
「ええ。『存在がなかったことになった気がする』けどねー」
「本当に。NANAさんには感謝しきれません」
誠に申し訳ない。存在を忘れるってどういう事よ。
―――二人はそう作者に文句を吐き捨てつつ、部屋へと移動する。
月華は先ほどの陽気さは影を落としている。正直な話をすれば、参加した夫婦組の中で、自分が一番最低な印象を持たれかねないのだから。
美月はそれでも笑顔で小さく言った。
「大丈夫。君は素晴らしいのだから」
そう囁いてから部屋へと入り、記憶が読み込まれていく。見覚えのある光景が、かつての経緯が思い出される。
月華はメルサータで生まれ育ったごく普通の人間だった。普通から乖離したのは恐らく、幼馴染の彼のせいだろう。
そう、神無である。たまたまお互いの親が知り合い、一緒に遊ぶ機会も多くなっていき、家族も同然になっていった。
そうして成長していった二人が『何事も起きなければ』、おそらく結ばれていたに違いなかった。
が、結果はそうならなかった。世界を巻き込む異変が起き、神無はそれを解決するべく旅立っていった。自分には何も力がない。
いくら弓道を嗜んでいてもそれは彼の支えにならない。だから、彼を見送ることにしたのだ。
「―――」
異変を解決し、無事に帰還した彼の傍には「あの女」がいた。
彼が言うには、異変の中で出会い、剣を交えた末に知り合い、仲間になったのだという。
どうして? 月華の心に深い澱みが生じた。
何故なの? 彼の傍―――そこは本来は自分の場所だったのに。
「神無、あたし……貴方の事が―――!」
焦燥し、このままでは奪われてしまうと月華は行動に出た。神無を呼び出し、告白したのだ。
秘めていた想いの爆発、だった。
それを聞いた彼は、彼女に悲しげに言った。
「………お前の気持ちは受け止められない」
「 」
その先の彼の言葉は憶えていなかった。いや、聞きたくなかった。
ふと視界を別に移すと潜んでいた「あの女」が居た。
この時の表情が今でも憶えていた。
彼と同じ、悲しげな表情であった。
「……」
彼と別れ、一人家路を辿る自分。無気力に歩く様は幽霊のそれだろう。
おまけに雨が降り始め、自分を濡らす。流れる涙と一緒に流してくれた。
ふと、視界を見上げれば人気のないビルが建っている。
『ああ、ちょうどいい高さがある』
心の何処かで、そう想った。
楽しくだったのか、狂うように言ったのかは忘れた。
そのままビルの中へ入り、上へ、上へと登っていった。偶然にも屋上の扉は開いていた。それは正に誘うように、招くように、開いていたのだ。
淵へと立ち、一歩を踏み外せばそれで終わる。
「――――」
それでいい。
彼の傍には「彼女」が居る。自分はもう、あそこには居られない。
思いを馳せながら、月華は淵から―――。
「待ちなさい!!」
「―――えっ」
いつの間にか、見知らぬ男が必死に自分の腕に掴みかかっていた。
戸惑うもそれでも身を投げ出そうとしたが、無言のまま男に無理やり淵から引き離される。
月華は屋上の床に力無く座り込んでいた。呆然としている自分に男が話しかけてきた。
「何があったかは聞かない。辛いことがあったんだろうというのは痛いほど察する。―――だが、それを投げ出していいはずはない」
諭すような言
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