ヒスイを抱いた黒ずくめの男は、城の縁石に乗り上げていた。
彼の背後は高い高い壁の向こう――――落ちればひとたまりもないだろう。
風は決して弱くない。彼のコートも、ヒスイの髪も大きくはためいていた。
「……なぁ、もしかして、この子はお前の大事なヒトなのか?」
黒ずくめの男からの問いかけに、セキは言葉を返さない。ただ、思い切り手をさしのばして答えとした。
黒ずくめの男は答えない。深くかぶっていたはずのフードは風に吹かれ、ふわりと顔の半分を露出させた。
青い双眸がセキを射抜く。それは意思が宿った目だった。
世界の真実を見通すもにではない。世界を暴く能力はない。しかし、世界の清浄さを信じる力がある瞳だ。それはきっと、世界の閉ざされた扉を開く。
「……君みたいな目を、俺はよく知っている」
「俺みたいな目?」
「ああ……よくわかった。あの場に来た時点で、君の興味は誰かから押し付けられたヒスイちゃんじゃあなく、別のものに移っていた。違うか?」
黒ずくめの男は答えない。セキが一歩前に出る。黒ずくめの男はそれを許容した。
「ヒスイちゃんをさらったのは君の意思じゃあない。命令だ。君はそんなものを捨ててあの場に残りたかった」
「…………」
「ヒスイちゃんに興味なんか、元からなかったんだ。そうしなければならないからそうした。それだけなんだろ?」
「…………どうして」
「どうしたってわかるさ。そのなぜか心惹かれる感覚は、俺にもわかる。君はあの場で、俺はヒスイちゃんだ。俺たちの違い、ただそれだけのものなんだよ」
「こころ……ひかれる……?」
「そうだろ?」
「心……!俺にそんなものっ……!――――バカにするなッ!」
堰を切ったように黒ずくめの男は身を投げた。セキの手をすり抜け、重力に引かれていく。
落ちていく。離れていく。遠のいていく――――。
「ぬぁあああああにっ!!」
セキが高さに目を回したのとビビが後ろで声を上げたの、ほぼ同時だった。
「にがしとんねんボケがさっさとおわんかぃいいいいい!!」
笑っていた膝をあざ笑うようなビビの追突で、その意思によらずセキも壁から飛び降りた。
「乗れ!」
壁を走るビビが是が非もなくセキの服の裾をワイパーで掴み、一気に速度を上げていく。乗せる気など毛頭ないようだ。
壁が軋む。爆音と白煙を置き去りにして、ビビはその瞬間、銃弾を越える速度で空を走った。
落下する黒ずくめの男に到達する。左にヒスイを抱え、男は右手に武器を握る。
――――キーブレード。ソラと同じ。
セキの呼吸が一瞬止まった。しかしビビはそれを許さない。
一層加速ビビに引かれるセキは、もはや黒ずくめの男と対峙するほか道はない。
右腕に沿うように炎を伸ばす。セキは狙いを絞り、スピードに乗って炎刃を、横一文字に振り払う。
黒ずくめの男のキーブレードは炎刃を切りはらった。真横に走った一の文字はノの字のようにぐにゃりと歪んだ。
戦いの立ち回りは黒ずくめの男にアドバンテージがある。この一度の剣戟はなによりも雄弁だった。
――――だが。
黒ずくめの男の実力は、セキを片手間でいなせるほど、圧倒的な技量を持ち合わせているわけではない。
「ビビ!」
「はいやあああああああッ!!」
ヒスイの体が黒ずくめの脇をすり抜ける。
黒ずくめの男はヒスイに手を走らせる。セキは炎刃を伸ばし鞭のようにまっすぐ疾走させた。
セキの炎の舌を黒ずくめの男はキーブレードで切り払う。十分だ。時間は稼げた。
ビビは黒ずくめの男をぶち抜いて、ヒスイを車内に抱き込んだ。黒ずくめの男とセキを置いて――――。
――――。
――――。
――――堀に、落ちた。
「ぬぁああああんでだあああああああ!!」
絶叫するセキを尻目に、黒ずくめの男は城壁を蹴り飛ばした。重力を抜き去って風に溶けていく。
もうセキの炎は間に合わない。弾丸の速度はとうに超えた黒ずくめの男を捉えるすべは、セキにはない。
黒ずくめの男が着地する。そのまま堀に――――。
降りない。
脱げたフードがそよ風にはためく。隠れていた眼光が――――上空。セキに突き刺さる。
「先に俺からどうにかするってか――――ッ!?」
セキが奥歯を噛みしめる。震える指先を固く結ぶ。
黒ずくめの男はキーブレードを掲げた。刀身が白い太陽の光を吸い、その剣尖は鋭く大気を研磨する。
セキが拳を握り締める。オレンジ色の揺らぎが熱量を奥に滾らせ。
「だぁあああああああんっ!!」
セキの拳は――――黒ずくめの男を捉えられない。
オレンジ色の閃光は石畳を大きくえぐる。砕けた石塊の雨が黒ずくめの男を一斉に襲った。
瞬間、キーブレードは翻った。
石塊が
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