「……セキ。セキ・グレン」
――――あのハートレスとは、似ても似つかない。見た目以上に、その気配がだ。
心の弱さと細くも強い芯を持ち、その弱さを振り払う炎を武器に戦ったハートレスのセキ・グレンとは対照的。
このセキ・グレンを名乗る男は、自身の心の弱さを――――もっと言えば、そういった心の機微そのものを凍らせて閉じ込めてしまったような印象を受ける。
「わたしのニセモノが世話になったらしい。しかし礼を言うよ。おかげで、わたしはこうしてこの場に出られたのだから」
「にせもの……?」
ソラの疑問に、そのセキ・グレンは靴底を鳴らして答えた。脳味噌を突き刺すような刺激が場を包み、周囲は青白く染め上げられた。
吐く息が白くなる。ソラに現象のVTRを1コマたりとも理解させる気がないほどに早く、冷気がこの場を支配した。
「私はセキ。この氷は私の力。一切に揺らぎを許さず、刈り取り、鎮める――――堰の力。
あらゆるを内包し、積み上げる力。この大紅蓮地獄こそ、セキ・グレンである私の力だ。
歪で不純なまがいものなど、取るに足らん。そうだろう?ヒスイちゃん?」
「……セキ……」
「おまえもだ、キーブレードの勇者。あの混沌の権化である【無貌の王】を討ち滅ぼして世界に真実を取り戻すんだ。
世界に安定をもたらす事こそ、おまえの使命だ。私に付き従うべきだ。違うか?」
セキ・グレンがソラに手を差し伸べた。
慈愛はない。狂喜もない。憎悪もない。ただ、冷たい正義があった。
「どうした?」
「……おまえの言っていることは、たぶん、正しいんだろうな」
「では――――なぜ?」
「わからないのか?」
ソラの後ろに隠れるヒスイ。その体は震えていた。
場を満たす冷気のせい?――――違う。瞳に映る恐怖の色は間違いではない。
ヒスイはセキ・グレンに恐怖している。
「なにもわからないなら、せめて俺は俺を信じる。心をつないだ、大切な友達との約束を守る」
「大切な友達――――? 笑わせるな。そんなヤツ、この場のどこにいる? それはこの私の正しさを否定しているのか?」
「ヒスイを……ヒスイの心を守るのはアイツとの約束だ……そのヒスイを怖がらせるおまえが、本当に本物の『正しさ』とは思えない!」
「大局を見ようともせず、この瞬間の感情にだけ身を委ねるか。どうやら、おまえの『正しい資質』も情に曇る欠陥品のようだな。
――――その大切な友達とかいう『まがいもの《ハートレス》』が、私のプログラム通りの操り人形に過ぎなくてもか? その約束そのものがまがいものなんだよ。
おまえはそれを拠り所に、正しさと感じたこの私に刃を向けるのか?」
「まがいものなんかじゃない! アイツは現実にいたんだ。アイツの心は騙されていても、その心そのものは嘘じゃなかった!
震えるほどの恐怖をねじ伏せて、自分の支配者とまで戦っていたアイツが『心を持たない人形《ハートレス》』であるもんか!
それがわからないおまえの方が――――よっぽど『冷酷《ハートレス》』だ!」
「……なるほど、おまえは正しく、呆れるほどに『愚者《勇者》』だよ。シンプルな理屈で納得してくれると思った私が浅はかだったようだね。
理性でなく感性を重視する。正しい答えを良しとしない、強く清い心。まさしく、『世界の心のキーブレード』に相応しい。
相応しいが……それも、こんなもの。この程度だ。期待したほどではなかった。取るに足らない」
ソラはキーブレードをセキ・グレンに向ける。セキ・グレンは表情を一切動かさない。両手をポケットに入れて、氷像のように硬直している。
――――タイミングが掴めない。
相手には言葉ほど感情の機微がない。怒りも戦意もない。
攻撃する気があるのか? 誘い込まれているのか? そもそも戦う気があるのか? 生きているのか?
人間に、ここまで心を停止させることができるのか?
得体が知れない。人間とは思えない。
ハートレス――――?
違う。もっと違う。根本が異なっている。
異質。異端。異常。
単なるヒトの形を持ったコレが、初めて見る怪物のように。
「……キーブレードの勇者とは不便だな。なまじ心を感じずぎるせいで、私や【無貌の王】に過剰なほど警戒している」
過剰なものか。セキ・グレンがなにを仕掛けてくるかまったく予想がつかないのだ。迂闊に打ち込めない。
「――――恐怖に屈するか? だらしないな」
だらしないな。その一言に、心が一瞬震えた。ソラだけでなく。
ノイズのような震えが空に伝搬した――――今!
「そこだッ!」
キーブレードが炎を伴い冷気を裂いた。
緋色の横一文字がセキ・グレンを両断した。
「邪気を……心にて斬る、か。見事。一呼吸にも満た
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