そして。幾許かの時間が経って。
「なんだ――――!?」
ヒスイと別れた場所に戻ってのソラの第一声がそれだった。
その空間は闇に塗れていた。空気が鈍重に重み付けが成され、刻一刻と重力を増していく。閉塞感と圧迫感がミックスした場所となっていた。
「ほう――――勇者。呪いを解いたようだな?」
闇の奥から声が聞こえる。例の黒コートの男のものとも女に乗り移った『男』のものとも違う。
無貌の王だ。
「だが、元の世界に戻るにはやはり足らん。まだ掛けられている呪いがあるということだ」
「どういうことだ?」
「決まっていよう。勇者への願いだぞ? 昔からのお約束というものだ。例えばこんな――――そう、悪魔の城に住まう魔王を倒してくださいとかなぁ!?」
そんな前口上とともに闇の濁流が間欠泉のように天を衝いた。
箱庭の天井が軽々と吹き飛び、白夜の空が真っ黒な曇天に染まる。
その黒い天空の荒波を泳ぐ影がある。大きな、とても大きな――――ドラゴンだ。
「なんだあれ……?」
「クハハハハ!! お約束だと言っているだろう!? 城に住むモンスターを統べる魔王というのは、強くてとっても偉いドラゴンに変身するものだ!!」
知るもんか、そんなこと。
ソラのツッコミも空しく黒い空を力強く飛び回る無貌の王。雷鳴のような宣戦布告が落ちてきた。
「さぁ、闘志を燃やせ!野望、渇望、悲願、大願――――ありとあらゆるものに火を付けろ!
この『無貌《カオス》』にさえも喰らい付くせぬ輝きを放て!
それさえ出来ない軟弱な魂が、この先ステージに辿り着くなんて無理な話だ! 無様にこの場で燃え尽きろ!」
無貌の王の高笑いがこだまする。
その様に圧倒というか圧巻というかドン引きというか、なんかもう色々とアレな感じの表情をつくるソラの肩を、誰かが叩いた。
「ソラ、とにかくだ。重要なのはあいつを倒さないとここから出られないっていうことだ」
「リク! 目が覚め…………リク?」
振り返り、はてとソラは首をかしげた。声はリクで間違いない。あの髪の色も瞳もリクのものだろう。だがしかし。
ちょっと見ないうちに大きくなりすぎだった。
さっきまで背負っていたリクより相当大きい。大きすぎる。こんなの背負えない。
「気にするな。リクさんも成長期なんだよ」
「あーなるほ……いやおかしい。だってさっきまで――――ってセキ!おまえ……!」
「この通りに元どおりだよ。……こういうことが起きる世界だ。人間の身長くらい伸びるさ」
「……え? そういうものなのか? え?」
首をかしげるソラの前で、セキはリクに小突かれている。訂正しないところを見ると――――どうやらマジっぽい。なんとなく腑に落ちないが。
「――――とにかく、その他質問なら後にして。今は全力であのドラゴンを叩きましょう」
間に入ってきたのは女性だった。一度あの無貌の王と城で対峙したときに見かけたことがある、青髪の女性だ。
「でもどうするの? あんな上にいるんじゃ、攻撃のしようが……」
「え?」
「そうか?」
シオンの問いかけに何言ってんだこいつと言わんばかりのセキと青髪の女性。
訝しむソラとシオンの目の前で、次の瞬間――――キーブレード変形した。なんか宙を浮く乗り物に。
「あいええええええええええ!?」
なんでキーブレードがなんで、と異口同音に驚くソラとシオン。それを目にして、女性は逆に驚いていた。
「えっ……できないの? キーブレード使いなのに?」
「いや……変形? できるの? できたの?」
「できたぞ」
間髪入れず、変形した自前のキーブレードにまたがるリク。
もはやツッコミが間に合わない。ソラは悲鳴のような声を上げた。
「リク!?」
――――おまえだけは一線を守ってくれると信じていたのに。
「……これでも俺もマスタークラスだからな……認識できれば、後はなんとでもなるさ」
「そういうもの……なのか?」
「考えるな。感じろ」
リクがキッパリと断じた。ソラは手に持つキーブレードに目を向けた。
キーブレード。剣。だから変形はしない――――思い込むことが可能性を殺している。おそらくリクが言及しているのはそういうことだ。
だから思い込むな。思いを込めろ。
よし――――ソラも心を決めて。
「ああ、もう! いいから乗って!」
「そういうことだ。試すのは今度にしろ」
実践しようとした矢先、襟首を掴まれた。そのままリクのまたがったものの後ろに乗せられる。
「俺は操縦に専念する。攻撃は任せるぞ、ソラ」
単純明快な役割分担。
「できるな?」とリクの投げかけ。
少し馬鹿にしたような口調をわざとして見せている。いつものように。
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