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KH 4-10

「大丈夫か?」

 ソラの隣にセキも座り込んだ。ソラを気遣う表情は穏やかで、とても――――ハートレスとは思えなかった。

「……ありがとな、セキ」

「君には色々……本当にいろいろ、借りているものがある。返しきれないくらい沢山だ。お礼なら、それを俺が返しきれてから言って欲しいな」

「そんなに俺、貸してるの?」

「ああ。きっとこういう気持ちになれたのも、ソラのおかげだ。……ソラは、俺のはじまりだから」

「そうか。――――なら、良かった」

 そう言って、ソラはセキに笑いかける。
 本心だった。何がどうしてセキが今のようにこうなったのか、ソラにはよくわからない。
 けれど――――心を繋げた誰かとこうして穏やかに笑いあえるなら、きっとそれは良いことだ。

「……それで、どうするつもり?」

 ソラのところまで歩み寄り、無貌の王は問いかける。

「我にもう扉は開けん。余力がない。そこの氷像に能力を奪われたからな。回復にはしばらく時間がかかる」

「ヒスイちゃん、どうにかできるか?」

「無理だ。世界の壁をどうにかするなんて、即席ではできん。研究室に戻り然るべき準備期間があれば別だが。今はこのドラゴンの背中から退避するので精一杯だ」

「それは困ったな。これじゃ、ソラが帰れない」

「いや――――だいじょうぶ」

 困り果てた面々をよそに、ソラは立ち上がった。
 ――――声は聞こえない。温度も感じない。
 なにか根拠がある訳ではない。だが、不思議と確信が持てる。
 暖かいものが、傍に立つ。
 ソラの心がそう感じた時――――光に溢れた扉が、開いた。

「これは……?」

「なるほど、光への扉……向こう側の人間との絆の結実ということか……ふふ」

「どうした?」

「………………これ、本当に私の負けね。参った。正直、なんかもう勝てる気がしない」

「驚いた。あの傍若無人の無貌の王が。潔いな」

「歴史あるもの、受け継がれたもの、育まれたもの、価値あるもの、意味あるもの……尊いものを敬うのは当然でしょう?
 あたし、別に厳しいだけって訳じゃないし?」

 空間を切り開き、光に溢れた場所が目の前に広がった。
 その奥で手を伸ばしている。アクアであり、ロクサスであり、ナミネであり、リクであり、カイリである。
 ――――世界のどこかにいる暖かな心が、ソラの帰還を望んでいる。信じている。願っている。
 ソラに向かって手を伸ばしている。手を差し伸べている。
 その手を取ろうとして、一瞬躊躇した。

 『一緒に行こう』。
 身を翻したソラの表情が言っている。
 セキは首を横に振った。

「いけ」

 短くセキは言った。
 冷たく突き放したようなその言葉には、心の柔らかい場所を強く抱きしめる不思議な暖かさがあった。
 ソラは頷いた。
 光の奥にある手を、握り返した。



 ソラをすくいあげ、ロクサスはソラを後押しした。
 元の世界、元の場所、元の時間。
 きっとすぐに戻れるだろう。
 ……今までのことなんて、忘れてしまうかも知れないけれど。
 ロクサスはソラの背中を押した。
 ソラが笑いかける。大きく手を振ってくれる。それに振り返し。
 目を細めて、最後に呟いた。

「ここから先の1年は、俺たちにとって、辛くても、かけがえのない日々になる。――――やれるさ。ソラ。がんばれ」





「…………さて、落ちるな」

「……」

「……」

 ソラがいなくなった途端に空気はずんと重くなった。マイペースなソラが場を取り持っていたのだとつくづく思う。
 絶不調に苛立つ無貌の王と、千載一遇の王打倒のチャンスではあるが、流石に流れ的にトドメを刺すことをためらってしまうヒスイ。
 場の空気重くなる。ドラゴンが地表に近づいていく。激突までもう時間がない。

「…………はかせ」

 唐突に、人影がぬっと現れた。
 青髪の少女――――シオンだ。

「……帰ったんじゃなかったのか?」

「止めたの。だって……もう誰の記憶からも消えてしまった私は、この世界にしかいられないから」

 儚げに笑うシオン。ヒスイもまた、それに答えてほほえみ返した。

「ね、言った通りだったでしょ」

「ああ。想像を遥かに超えていたよ。ソラ。光の勇者。人と人の心を繋ぎ、絡める蜘蛛…………いや、うん。自由に大きく空を泳ぐ、雲のような少年だな」

「雲、ね……確かに、ソラの真っ白さは夏の青空に映える白い雲みたいだな」

 セキがシオンとヒスイの腰に手を回す。足を再びロケット噴射に変形させる。
 その様をボロボロの無貌の王が仰ぎ見た。

「逃げるのか?」

「お袋さんに孝行するより、ふたりの方が大切なんだ」

「ハートレスが。言うようになったものだ」

「乗るか?」

「馬鹿にするなよ、夏の虫が」


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