「大丈夫か?」
ソラの隣にセキも座り込んだ。ソラを気遣う表情は穏やかで、とても――――ハートレスとは思えなかった。
「……ありがとな、セキ」
「君には色々……本当にいろいろ、借りているものがある。返しきれないくらい沢山だ。お礼なら、それを俺が返しきれてから言って欲しいな」
「そんなに俺、貸してるの?」
「ああ。きっとこういう気持ちになれたのも、ソラのおかげだ。……ソラは、俺のはじまりだから」
「そうか。――――なら、良かった」
そう言って、ソラはセキに笑いかける。
本心だった。何がどうしてセキが今のようにこうなったのか、ソラにはよくわからない。
けれど――――心を繋げた誰かとこうして穏やかに笑いあえるなら、きっとそれは良いことだ。
「……それで、どうするつもり?」
ソラのところまで歩み寄り、無貌の王は問いかける。
「我にもう扉は開けん。余力がない。そこの氷像に能力を奪われたからな。回復にはしばらく時間がかかる」
「ヒスイちゃん、どうにかできるか?」
「無理だ。世界の壁をどうにかするなんて、即席ではできん。研究室に戻り然るべき準備期間があれば別だが。今はこのドラゴンの背中から退避するので精一杯だ」
「それは困ったな。これじゃ、ソラが帰れない」
「いや――――だいじょうぶ」
困り果てた面々をよそに、ソラは立ち上がった。
――――声は聞こえない。温度も感じない。
なにか根拠がある訳ではない。だが、不思議と確信が持てる。
暖かいものが、傍に立つ。
ソラの心がそう感じた時――――光に溢れた扉が、開いた。
「これは……?」
「なるほど、光への扉……向こう側の人間との絆の結実ということか……ふふ」
「どうした?」
「………………これ、本当に私の負けね。参った。正直、なんかもう勝てる気がしない」
「驚いた。あの傍若無人の無貌の王が。潔いな」
「歴史あるもの、受け継がれたもの、育まれたもの、価値あるもの、意味あるもの……尊いものを敬うのは当然でしょう?
あたし、別に厳しいだけって訳じゃないし?」
空間を切り開き、光に溢れた場所が目の前に広がった。
その奥で手を伸ばしている。アクアであり、ロクサスであり、ナミネであり、リクであり、カイリである。
――――世界のどこかにいる暖かな心が、ソラの帰還を望んでいる。信じている。願っている。
ソラに向かって手を伸ばしている。手を差し伸べている。
その手を取ろうとして、一瞬躊躇した。
『一緒に行こう』。
身を翻したソラの表情が言っている。
セキは首を横に振った。
「いけ」
短くセキは言った。
冷たく突き放したようなその言葉には、心の柔らかい場所を強く抱きしめる不思議な暖かさがあった。
ソラは頷いた。
光の奥にある手を、握り返した。
ソラをすくいあげ、ロクサスはソラを後押しした。
元の世界、元の場所、元の時間。
きっとすぐに戻れるだろう。
……今までのことなんて、忘れてしまうかも知れないけれど。
ロクサスはソラの背中を押した。
ソラが笑いかける。大きく手を振ってくれる。それに振り返し。
目を細めて、最後に呟いた。
「ここから先の1年は、俺たちにとって、辛くても、かけがえのない日々になる。――――やれるさ。ソラ。がんばれ」
「…………さて、落ちるな」
「……」
「……」
ソラがいなくなった途端に空気はずんと重くなった。マイペースなソラが場を取り持っていたのだとつくづく思う。
絶不調に苛立つ無貌の王と、千載一遇の王打倒のチャンスではあるが、流石に流れ的にトドメを刺すことをためらってしまうヒスイ。
場の空気重くなる。ドラゴンが地表に近づいていく。激突までもう時間がない。
「…………はかせ」
唐突に、人影がぬっと現れた。
青髪の少女――――シオンだ。
「……帰ったんじゃなかったのか?」
「止めたの。だって……もう誰の記憶からも消えてしまった私は、この世界にしかいられないから」
儚げに笑うシオン。ヒスイもまた、それに答えてほほえみ返した。
「ね、言った通りだったでしょ」
「ああ。想像を遥かに超えていたよ。ソラ。光の勇者。人と人の心を繋ぎ、絡める蜘蛛…………いや、うん。自由に大きく空を泳ぐ、雲のような少年だな」
「雲、ね……確かに、ソラの真っ白さは夏の青空に映える白い雲みたいだな」
セキがシオンとヒスイの腰に手を回す。足を再びロケット噴射に変形させる。
その様をボロボロの無貌の王が仰ぎ見た。
「逃げるのか?」
「お袋さんに孝行するより、ふたりの方が大切なんだ」
「ハートレスが。言うようになったものだ」
「乗るか?」
「馬鹿にするなよ、夏の虫が」
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