第五話 「クローネ。ナミネ」
あの事件後、ロクサスが誘ってからクローネがよくいつもの場所に顔を出すようになった。出会った当初とはだいぶイメージがかけ離れ、控え目に思われた性格は実はとんでもないおてんばだったりしたのだから、これにはさすがのハイネも驚かずにはいられなかった。
「私クローネ、15歳!!今はロクサスの家の近所に住んでて、実はここに来る以前の記憶がないんだぁ。でもずっと友達が欲しかったの、よろしくねっ!」
それでもみんなすんなりとクローネの事を受け止めた。いや、そもそも抵抗はあまりなかったのだが、やはり出会った当初とは性格というか感じが一変した為、俺は慣れるのに時間がかかった。しかしそれよりも俺が気になったのは、彼女に越してくる以前の記憶がないことだ。話を聞く限りじゃ今は1人暮らしらしいが、本人に両親の記憶さえないのは何か引っかかる。その割に本人は驚くほど元気だけど、記憶をなくして不安だ、とかそういうのは一切ないんだろうか。
「じゃあまた!」
そうこう考えてるうちに今日ももう夕暮れを迎えていた。一日を本気で夢中になって楽しんでいると、それは本当に一瞬で切なさを感じるくらいに短い。とは言っても俺たち学生の場合は宿題が終わらずに日々過ぎてゆく夏休みが終わりを告げようとしている事が悲しいだけなのだが―――――。
「なぁ、クローネはさ・・・何にも覚えてない事に不安とか感じたりしないのか?」
「―――――え?」
ハイネたちと別れてから、俺は思い切ってクローネに疑問をぶつけてみた。クローネは一瞬目を丸くしてそれから少し黙りこんだが、その後俺の方を振り返って少しはにかんだ。
「不安、か・・・。ないわけじゃないけど、私は今みんなでいれる事が凄く楽しいから、問題なんてないよ!」
「―――でもさ、こうやって一日一日は過ぎていくのに、思い出がないなんて寂しくないか?今までクローネが積み重ねてきた大事な思い出が、今思い出せないんだろ?」
「ほんとに大丈夫!心配してくれてありがとう、ロクサス。」
そうやってクローネは走って自身の家に帰って行った。残された俺は1人とぼとぼと帰宅する。簡単に、あっさりとかわされてしまった。でも何故だろうか。俺にはあのクローネの笑いが、どこか寂しそうに映ってならなかった。記憶がない経験が俺にはないから、クローネが今どんな心境なのかは分からない。もしかしたらクローネの態度の変わりようはその事が原因なのかもしれない。もしそうだとしたら納得もいく。何にも覚えてない状況で知らない世界にたった1人でいる孤独。出会う人々に素をさらけ出せない抵抗。そうだよな。
「夏休みもあと5日か・・・。」
俺にとっての最後の夏休みがカウントダウンを始めた。そんな事はつゆ知らず、俺達5人は思い出作りの為の海の話題で持ち切りだった。
「今年は全然行ってないし、クローネもたくさん思い出作っとかなきゃね。」
オレットはそう言って再び海への資金を稼ぎに行った。そう、昨日から俺達は毎年行っている海への旅資金を稼ぐ為、街中の掲示板を見て回ってクエストをこなし、着実にマニーを集めていた。が、それを昨日、俺は変な黒いコートを着た男に奪い取られてしまう。
「―――何でクローネ以外みんな奴の事知らないんだ・・・。」
折角皆で汗水流して溜めたお金を知らない男に取られ、訳の分からない事は囁かれ、挙句の果てにクローネ以外は男の存在どころか俺の言う事すら信じてくれない。
“―――――ソラを感じているか・・・。”
「・・・知るかっての。会ったことないのに。」
そして追い打ちをかけるかのごとく今朝は全く知らない金色の髪の女の子が夢に出てきた。夢で会ったカイリって女の子とも違う。クローネとも、違う。あれは一体誰なんだろう。
ロクサスはハイネが書いたであろう置手紙にあった通り駅前へと向かう途中の商店街に差し掛かりながらも、一人ぶつぶつと小言を呟いていた。そうして空地へと足を踏み入れると、そこにサイファーの取り巻きであるフウとライ、そしてサイファー自身も集まって何やら話し合っていた。
「よう、ロクサス。」
サイファーが空き地にやってきたロクサスの存在に気が付き声をかける。すろとその瞬間、再び空間が歪んだ。
「ロクサス!」
「クローネ!?」
空間が歪むのと同時に空き地に走ってやって来たクローネがロクサス向かって大声でその名を呼んだ。そしてその場にいた全員を、写真を盗んだものと同じ、銀色の奇妙な生き物が取り囲む。
「また!?」
「―――激しく気に入らないぜ。」
ロクサスに、サイファーが身構える。サイファーはロクサスにストラグルバトル用の剣を投げ渡すと、生き物向かって果敢に立ち挑んでいった。それにロクサスも続くが、やはりこの前と同じように、攻撃は生き物の奇妙な動きによってかわされ、まったくもって当たらない。
「どうすれば―――・・・。」
「ロクサス!キーブレードを使って!」
剣を握りしめていたロクサスの名を、どこからか聞いたことのある声が呼んだ。それはあの、今朝の夢に出てきた金色の髪の女の子の声。周囲の時間が静止し、辺りを見回すと空き地の周辺に立つ住宅の上に、身を乗り出しながら、その子はいた。
電子音と共に現れる、鍵の形をした剣。あいつらを倒せる唯一の武器―――――・・・。
だが剣を現す以前に生き物によって襲われた俺は、叫ぶ少女の声を遠くに感じながら意識を失った。
頭上にわずかに光が見えた。その光に向かってロクサスはもがく。そんな彼に向かって白く小さな手が差し伸べられ、彼がその手を握り締めた瞬間、周囲がぼんやりとした光に包まれた。
「―――――君は・・・。」
何もない、ただただ白いだけの空間に、ロクサスはその少女と2人でぼんやりと浮かんでいた。少女はそんなロクサスに優しく微笑みかけながら、自身の名を口にした。
「私の名前はナミネ。ロクサス・・・・・・本当の名前は覚えてる?」
問いかけにロクサスは首を横に振った。本当の名前。それって何の事だ?
ふと浮かんだ疑問が、突如背後から現れた黒いフードをかぶった男の声によってかき消される。この声は聞きおぼえがある、そうロクサスは思う。
「何をする気だ、ナミネ。」
「このままだとロクサスは・・・・・・。」
自身の腕を掴む男を見上げ、ナミネの言葉が途切れた。頬笑みを浮かべていた彼女の表情が、曇る。ロクサスは訳が分からず状況が飲み込めないでいた。このままだと俺がどうなるって?
「本当の事など知らない方がいい。」
そしてその瞬間、ロクサスは先程ふと思った事を思い出した。そうだ、俺はこの男の声を聞いたことがある。この声は、あの時の―――――
“―――――ソラを感じているか・・・。”
あの時俺に囁いた―――――・・・
「ロクサス!?どうなってるの!?」
クローネが必至の思いで叫んだ。突如空き地に現れた生き物を前にいきなり知らない少女の声が空から降ってきたと思ったら、ロクサスがその場に倒れ込んでしまった。あの剣、キーブレードなしじゃ攻撃は当たらない。今目の前にいる生き物を倒す事が出来ない。クローネは無我夢中で倒れているロクサスの握り締めていたストラグル用の剣を手に取り、それを握り締め構えた。取り乱して尋常じゃない程高鳴る鼓動に、呼吸の回数も上がっていく。足が、手が、全身の震えが止まらない。戦ったことなんかない。むしろ剣を握ったこともない。でも守らなきゃ。生き物の狙いがロクサスなら。そのロクサスが倒れてるなら。
守られるのばっかりは違う―――・・・
「・・・私もちゃんと・・・守らなきゃね・・・。」
生き物が勢いよくクローネに襲いかかる。思わず目を閉じ、そして視界が真っ暗な闇に包まれた。その瞬間、わずかな電子音が耳に入ってきた。
「・・・え?」
自身の手を数字が取り囲み、そうして握っていた蒼い剣が、白い大きな大刀へと姿を変える。ロクサスと同じ現象。でも、違う剣。恐らくは彼女の身長よりも長いであろうその大刀は、握った瞬間にその名を彼女の脳内にこだまさせた。
波紋のように全身に広がる訳もわからぬ感じ。戦ったこともない、さっきまでは戦いが、生き物が怖くて震えてた。でもこの振るえそうもない剣を握った瞬間、何故かしら自然と力が湧いてきた。戦える。守れる。
そうしてまた、一人の少女が戦場に降り立った。
「―――――行こう、“レイブレード”。」
「私クローネ、15歳!!今はロクサスの家の近所に住んでて、実はここに来る以前の記憶がないんだぁ。でもずっと友達が欲しかったの、よろしくねっ!」
それでもみんなすんなりとクローネの事を受け止めた。いや、そもそも抵抗はあまりなかったのだが、やはり出会った当初とは性格というか感じが一変した為、俺は慣れるのに時間がかかった。しかしそれよりも俺が気になったのは、彼女に越してくる以前の記憶がないことだ。話を聞く限りじゃ今は1人暮らしらしいが、本人に両親の記憶さえないのは何か引っかかる。その割に本人は驚くほど元気だけど、記憶をなくして不安だ、とかそういうのは一切ないんだろうか。
「じゃあまた!」
そうこう考えてるうちに今日ももう夕暮れを迎えていた。一日を本気で夢中になって楽しんでいると、それは本当に一瞬で切なさを感じるくらいに短い。とは言っても俺たち学生の場合は宿題が終わらずに日々過ぎてゆく夏休みが終わりを告げようとしている事が悲しいだけなのだが―――――。
「なぁ、クローネはさ・・・何にも覚えてない事に不安とか感じたりしないのか?」
「―――――え?」
ハイネたちと別れてから、俺は思い切ってクローネに疑問をぶつけてみた。クローネは一瞬目を丸くしてそれから少し黙りこんだが、その後俺の方を振り返って少しはにかんだ。
「不安、か・・・。ないわけじゃないけど、私は今みんなでいれる事が凄く楽しいから、問題なんてないよ!」
「―――でもさ、こうやって一日一日は過ぎていくのに、思い出がないなんて寂しくないか?今までクローネが積み重ねてきた大事な思い出が、今思い出せないんだろ?」
「ほんとに大丈夫!心配してくれてありがとう、ロクサス。」
そうやってクローネは走って自身の家に帰って行った。残された俺は1人とぼとぼと帰宅する。簡単に、あっさりとかわされてしまった。でも何故だろうか。俺にはあのクローネの笑いが、どこか寂しそうに映ってならなかった。記憶がない経験が俺にはないから、クローネが今どんな心境なのかは分からない。もしかしたらクローネの態度の変わりようはその事が原因なのかもしれない。もしそうだとしたら納得もいく。何にも覚えてない状況で知らない世界にたった1人でいる孤独。出会う人々に素をさらけ出せない抵抗。そうだよな。
「夏休みもあと5日か・・・。」
俺にとっての最後の夏休みがカウントダウンを始めた。そんな事はつゆ知らず、俺達5人は思い出作りの為の海の話題で持ち切りだった。
「今年は全然行ってないし、クローネもたくさん思い出作っとかなきゃね。」
オレットはそう言って再び海への資金を稼ぎに行った。そう、昨日から俺達は毎年行っている海への旅資金を稼ぐ為、街中の掲示板を見て回ってクエストをこなし、着実にマニーを集めていた。が、それを昨日、俺は変な黒いコートを着た男に奪い取られてしまう。
「―――何でクローネ以外みんな奴の事知らないんだ・・・。」
折角皆で汗水流して溜めたお金を知らない男に取られ、訳の分からない事は囁かれ、挙句の果てにクローネ以外は男の存在どころか俺の言う事すら信じてくれない。
“―――――ソラを感じているか・・・。”
「・・・知るかっての。会ったことないのに。」
そして追い打ちをかけるかのごとく今朝は全く知らない金色の髪の女の子が夢に出てきた。夢で会ったカイリって女の子とも違う。クローネとも、違う。あれは一体誰なんだろう。
ロクサスはハイネが書いたであろう置手紙にあった通り駅前へと向かう途中の商店街に差し掛かりながらも、一人ぶつぶつと小言を呟いていた。そうして空地へと足を踏み入れると、そこにサイファーの取り巻きであるフウとライ、そしてサイファー自身も集まって何やら話し合っていた。
「よう、ロクサス。」
サイファーが空き地にやってきたロクサスの存在に気が付き声をかける。すろとその瞬間、再び空間が歪んだ。
「ロクサス!」
「クローネ!?」
空間が歪むのと同時に空き地に走ってやって来たクローネがロクサス向かって大声でその名を呼んだ。そしてその場にいた全員を、写真を盗んだものと同じ、銀色の奇妙な生き物が取り囲む。
「また!?」
「―――激しく気に入らないぜ。」
ロクサスに、サイファーが身構える。サイファーはロクサスにストラグルバトル用の剣を投げ渡すと、生き物向かって果敢に立ち挑んでいった。それにロクサスも続くが、やはりこの前と同じように、攻撃は生き物の奇妙な動きによってかわされ、まったくもって当たらない。
「どうすれば―――・・・。」
「ロクサス!キーブレードを使って!」
剣を握りしめていたロクサスの名を、どこからか聞いたことのある声が呼んだ。それはあの、今朝の夢に出てきた金色の髪の女の子の声。周囲の時間が静止し、辺りを見回すと空き地の周辺に立つ住宅の上に、身を乗り出しながら、その子はいた。
電子音と共に現れる、鍵の形をした剣。あいつらを倒せる唯一の武器―――――・・・。
だが剣を現す以前に生き物によって襲われた俺は、叫ぶ少女の声を遠くに感じながら意識を失った。
頭上にわずかに光が見えた。その光に向かってロクサスはもがく。そんな彼に向かって白く小さな手が差し伸べられ、彼がその手を握り締めた瞬間、周囲がぼんやりとした光に包まれた。
「―――――君は・・・。」
何もない、ただただ白いだけの空間に、ロクサスはその少女と2人でぼんやりと浮かんでいた。少女はそんなロクサスに優しく微笑みかけながら、自身の名を口にした。
「私の名前はナミネ。ロクサス・・・・・・本当の名前は覚えてる?」
問いかけにロクサスは首を横に振った。本当の名前。それって何の事だ?
ふと浮かんだ疑問が、突如背後から現れた黒いフードをかぶった男の声によってかき消される。この声は聞きおぼえがある、そうロクサスは思う。
「何をする気だ、ナミネ。」
「このままだとロクサスは・・・・・・。」
自身の腕を掴む男を見上げ、ナミネの言葉が途切れた。頬笑みを浮かべていた彼女の表情が、曇る。ロクサスは訳が分からず状況が飲み込めないでいた。このままだと俺がどうなるって?
「本当の事など知らない方がいい。」
そしてその瞬間、ロクサスは先程ふと思った事を思い出した。そうだ、俺はこの男の声を聞いたことがある。この声は、あの時の―――――
“―――――ソラを感じているか・・・。”
あの時俺に囁いた―――――・・・
「ロクサス!?どうなってるの!?」
クローネが必至の思いで叫んだ。突如空き地に現れた生き物を前にいきなり知らない少女の声が空から降ってきたと思ったら、ロクサスがその場に倒れ込んでしまった。あの剣、キーブレードなしじゃ攻撃は当たらない。今目の前にいる生き物を倒す事が出来ない。クローネは無我夢中で倒れているロクサスの握り締めていたストラグル用の剣を手に取り、それを握り締め構えた。取り乱して尋常じゃない程高鳴る鼓動に、呼吸の回数も上がっていく。足が、手が、全身の震えが止まらない。戦ったことなんかない。むしろ剣を握ったこともない。でも守らなきゃ。生き物の狙いがロクサスなら。そのロクサスが倒れてるなら。
守られるのばっかりは違う―――・・・
「・・・私もちゃんと・・・守らなきゃね・・・。」
生き物が勢いよくクローネに襲いかかる。思わず目を閉じ、そして視界が真っ暗な闇に包まれた。その瞬間、わずかな電子音が耳に入ってきた。
「・・・え?」
自身の手を数字が取り囲み、そうして握っていた蒼い剣が、白い大きな大刀へと姿を変える。ロクサスと同じ現象。でも、違う剣。恐らくは彼女の身長よりも長いであろうその大刀は、握った瞬間にその名を彼女の脳内にこだまさせた。
波紋のように全身に広がる訳もわからぬ感じ。戦ったこともない、さっきまでは戦いが、生き物が怖くて震えてた。でもこの振るえそうもない剣を握った瞬間、何故かしら自然と力が湧いてきた。戦える。守れる。
そうしてまた、一人の少女が戦場に降り立った。
「―――――行こう、“レイブレード”。」
■作者メッセージ
あけましておめでとうございます、今年は私めが受験生となる年ですので更新はさらに遅くなると思いますが、何卒よろしくお願いします!
遅すぎる挨拶でした、もう30日ですね
遅すぎる挨拶でした、もう30日ですね