第七話 「ストラグルバトル」
目を覚ますと生き物は既にどこかへ消えていて、それと同じくクローネの姿も消えてしまっていた。ただ、何故かしら倒れている俺は写真を撮られていて、シャッター音と同時にライの威勢のいい声が聞こえてきた途端に、自分が見世物にされていることに気が付いた。こいつらの、この、なんというか―――――とにかく、こういうところはあんまり好きじゃない。
「なあ、あの生き物は?クローネはどこ行ったんだよ?」
飛び跳ねて未だに空き地に残留する三人に尋ねると、その中の一人、サイファーが不満そうに顔を歪ませながら、ぶすっとした調子で様子を語る。
「知らねえよ、消えてたんだ。気が付いたときには、あの妙な奴らも、お前らんとこの女も、な・・・。」
「金髪、逃走。」
ついでに付け加えるように声を発したフウの言葉にロクサスは反応を示す。逃走って何だ、そう尋ねるが、一行はただ首を横に振り、知らないの一点張りだった。自宅へ戻ったんだろうか。それならまだ良いが、あの変な生き物に何かされていたらどうしよう。サイファー達は逃げるように走って行ったとしか言わないし、クローネはどちらかと言えば好奇心旺盛な方だし責任感は人一倍強いから、普通なら逃げるような真似はしないんだけど。
「ま、どっちでもいいさ。礼儀を知らない余所者は俺が制裁してやる。」
「街の安全はサイファーに任せろだもんよ!」
そう言ってのけたサイファーとライの傍らで、フウは空き地の入り口を振り返るとそこにじっと目をやった。見るとそこにはこちらをじっと見詰めるオレットとピンツ、そしてハイネが立っている。
「―――――ふーん・・・。」
ハイネは不愉快そうに眉をひそめると背を向けて走り出す。ピンツとオレットはお互いに顔を見合わせると、さっさと走り去ってしまうハイネの後を追った。
「待てよ!」
まるで一瞥されたような態度に、ロクサスは訳が分からなくなりつつも慌ててその後を追う。後ろでサイファーが挑発しているのか何やら叫んだのが耳に入ったが、そんなことには目もくれず、ロクサスは三人の後を駆けて行った。
案の定三人はいつもの場所にいた。しかし、その空気は重く沈んでおり、逃げるように走り去ったというクローネの姿はそこにはなかった。
「・・・クローネと会ってね、ロクサスは?って聞いたら空き地にいるって。そしたら・・・。」
「・・・サイファー達と遊んでたの?」
オレットの後に言葉を発したピンツは少々不安そうな感じだった。
「いや、そういうわけじゃなくて・・・・・・そうそう、海、どうだった?行ったんだよな?」
問い詰められているわけじゃない。サイファー達と遊んでいないのも事実だ。しかし、ロクサスはこの雰囲気に圧され、慌てて話題を逸らす。
「・・・やっぱり五人じゃないと、ね?クローネの思い出作りもって約束してたから・・・。」
そうしてハイネにチラと視線を配るオレットだったが、ハイネの表情はピクリとも動かない。気まずい雰囲気を何とかしようと、ロクサスは明日こそ海へと話を持ち掛けたが、逆効果だったのか、ハイネは露骨に顔を逸らすと、怒気を含んだ調子で一言、明日は約束がある、と言った。そうか約束か、と納得しかけていたロクサスだったが、ハイネのその一言で、明日がストラグルバトルの大会であることを思い出す。約束って。そうして頭によみがえるのは、ハイネと腕を組み交わした、あの日の映像。
「俺、帰るわ。」
ハイネは立ち上がるとその場を後にする。静まり前った空気の中、オレットが小さく溜息をついた。何にも言えない。何もなかったとはいえ、サイファー達といたのは事実だし、その上海も行けなかった。ハイネとの約束も、すっかり忘れていた。
「・・・ロクサス。」
「―――ごめん。」
申し訳なくて頭を下げると、ピンツがそう言えばと言った風に言葉を付け足した。
「そうそう、クローネがね、明日の大会について聞いてきたよ。飛び入り参加は可能かってね。だからもしかしたら優勝争いはハイネとロクサスだけじゃなくなるかもね。」
「―――――え?」
顔を上げると、しょうがないねといった感じのピンツとオレットの顔がそこにはあった。
「―――――僕らは大丈夫だよ。あとはハイネだけど、それは明日の大会でやりなよ。」
「ピンツ・・・。」
そう言ってオレットの方に視線をやると、オレットも同様に頷いてから、しょうがないよと一言言ってはにかんだ。二人の懐の深さは知っていたつもりだったけれど、こうして笑ってくれると凄く安心する。今になってようやく二人の存在の大きさに気付いたような、そんな照れくさいような感情にロクサスは襲われた。
「あ、でもクローネ、戦えるのかなぁ?」
「そう言えばさっきのクローネ、ちょっと様子が変だったような・・・。」
「変・・・?」
そう言えば、サイファー達の目撃情報を最後にクローネについてはこれまたすっかり忘れていた。オレット達と会話もしてるなら、無事なのは無事なんだろうけど、様子がおかしいって。
「うん、何かいつもと違って淡々としてたっていうか・・・。」
「明るい感じじゃなくて・・・目つきもちょっと冷めてるっていうか、キツイっていうか、とにかくそんな感じだったよ。」
淡々として、冷めてて、キツイ目―――――
あのクローネが・・・?
"お前が信じているものは全て―――――まやかしだ。"
「―――――っ!!」
薄暗い部屋の中、少女はただ窓の外にのみ視線を巡らせ、行きかう人々や徐々に沈んでいく夕日、赤みを失う街の様子などを、ただただぼーっと見詰めていた。光を失う中で、特別明かりをつけようとは思わない。眩しい世界よりは、むしろ自分はこっち寄りの人間なように思える。暗い方が妙に落ち着く。慣れた感じがする。何故かは、分からないけれど。
「・・・クローネ、か。」
断片的なことなら分かる。ここは街。ロクサス、ハイネ、ピンツ、オレット。
「・・・―――友・・達・・・。」
そうして少女は無意識に寝台から足をおろし、そうしてふらふらとした足取りで洗面台まで向かう。鏡に映る自身の姿に目をやる。手で、指であらゆるところをなぞって確認する。
「―――――偽りの世界、偽りの街、偽りの人間。そして、偽りの私・・・。」
再び自身の姿かたちを確認する。そう、これが私。金色の、肩までかかる髪。白い肌、細身で、華奢な体つき。それに、深く沈んだ海のような、青い―――――・・・
「・・・・・・・・・。」
―――――違う・・・。
青じゃない・・・。
「真っ赤な真っ赤な・・・血の色みたいな・・・
・・・―――――"紅い"目。」
翌日、俺にとっての夏休みの、五日目。
「約束か・・・。」
そう呟きながらロクサスは寝台から体を起こし、準備に向かう。窓から見下ろした街の光景はいつもと変わらない。ただ今日はハイネとの約束の―――――街のお祭り、ストラグルバトル開催の日。
「・・・まいったな。」
ロクサスは昨日のハイネの様子を思い出し、気が重くなる。大会で勝ち残っているのは、俺、ハイネ、サイファー、そしてサイファーの取り巻きの一人、ビビ。それにピンツの話じゃ、もしかしたら飛び入り参加でクローネが加わるかもって話だったけど。
「ま、しょうがないか。」
そうして身支度を済ませると、ロクサスは家を出て空き地へと向かった。
「なあ、あの生き物は?クローネはどこ行ったんだよ?」
飛び跳ねて未だに空き地に残留する三人に尋ねると、その中の一人、サイファーが不満そうに顔を歪ませながら、ぶすっとした調子で様子を語る。
「知らねえよ、消えてたんだ。気が付いたときには、あの妙な奴らも、お前らんとこの女も、な・・・。」
「金髪、逃走。」
ついでに付け加えるように声を発したフウの言葉にロクサスは反応を示す。逃走って何だ、そう尋ねるが、一行はただ首を横に振り、知らないの一点張りだった。自宅へ戻ったんだろうか。それならまだ良いが、あの変な生き物に何かされていたらどうしよう。サイファー達は逃げるように走って行ったとしか言わないし、クローネはどちらかと言えば好奇心旺盛な方だし責任感は人一倍強いから、普通なら逃げるような真似はしないんだけど。
「ま、どっちでもいいさ。礼儀を知らない余所者は俺が制裁してやる。」
「街の安全はサイファーに任せろだもんよ!」
そう言ってのけたサイファーとライの傍らで、フウは空き地の入り口を振り返るとそこにじっと目をやった。見るとそこにはこちらをじっと見詰めるオレットとピンツ、そしてハイネが立っている。
「―――――ふーん・・・。」
ハイネは不愉快そうに眉をひそめると背を向けて走り出す。ピンツとオレットはお互いに顔を見合わせると、さっさと走り去ってしまうハイネの後を追った。
「待てよ!」
まるで一瞥されたような態度に、ロクサスは訳が分からなくなりつつも慌ててその後を追う。後ろでサイファーが挑発しているのか何やら叫んだのが耳に入ったが、そんなことには目もくれず、ロクサスは三人の後を駆けて行った。
案の定三人はいつもの場所にいた。しかし、その空気は重く沈んでおり、逃げるように走り去ったというクローネの姿はそこにはなかった。
「・・・クローネと会ってね、ロクサスは?って聞いたら空き地にいるって。そしたら・・・。」
「・・・サイファー達と遊んでたの?」
オレットの後に言葉を発したピンツは少々不安そうな感じだった。
「いや、そういうわけじゃなくて・・・・・・そうそう、海、どうだった?行ったんだよな?」
問い詰められているわけじゃない。サイファー達と遊んでいないのも事実だ。しかし、ロクサスはこの雰囲気に圧され、慌てて話題を逸らす。
「・・・やっぱり五人じゃないと、ね?クローネの思い出作りもって約束してたから・・・。」
そうしてハイネにチラと視線を配るオレットだったが、ハイネの表情はピクリとも動かない。気まずい雰囲気を何とかしようと、ロクサスは明日こそ海へと話を持ち掛けたが、逆効果だったのか、ハイネは露骨に顔を逸らすと、怒気を含んだ調子で一言、明日は約束がある、と言った。そうか約束か、と納得しかけていたロクサスだったが、ハイネのその一言で、明日がストラグルバトルの大会であることを思い出す。約束って。そうして頭によみがえるのは、ハイネと腕を組み交わした、あの日の映像。
「俺、帰るわ。」
ハイネは立ち上がるとその場を後にする。静まり前った空気の中、オレットが小さく溜息をついた。何にも言えない。何もなかったとはいえ、サイファー達といたのは事実だし、その上海も行けなかった。ハイネとの約束も、すっかり忘れていた。
「・・・ロクサス。」
「―――ごめん。」
申し訳なくて頭を下げると、ピンツがそう言えばと言った風に言葉を付け足した。
「そうそう、クローネがね、明日の大会について聞いてきたよ。飛び入り参加は可能かってね。だからもしかしたら優勝争いはハイネとロクサスだけじゃなくなるかもね。」
「―――――え?」
顔を上げると、しょうがないねといった感じのピンツとオレットの顔がそこにはあった。
「―――――僕らは大丈夫だよ。あとはハイネだけど、それは明日の大会でやりなよ。」
「ピンツ・・・。」
そう言ってオレットの方に視線をやると、オレットも同様に頷いてから、しょうがないよと一言言ってはにかんだ。二人の懐の深さは知っていたつもりだったけれど、こうして笑ってくれると凄く安心する。今になってようやく二人の存在の大きさに気付いたような、そんな照れくさいような感情にロクサスは襲われた。
「あ、でもクローネ、戦えるのかなぁ?」
「そう言えばさっきのクローネ、ちょっと様子が変だったような・・・。」
「変・・・?」
そう言えば、サイファー達の目撃情報を最後にクローネについてはこれまたすっかり忘れていた。オレット達と会話もしてるなら、無事なのは無事なんだろうけど、様子がおかしいって。
「うん、何かいつもと違って淡々としてたっていうか・・・。」
「明るい感じじゃなくて・・・目つきもちょっと冷めてるっていうか、キツイっていうか、とにかくそんな感じだったよ。」
淡々として、冷めてて、キツイ目―――――
あのクローネが・・・?
"お前が信じているものは全て―――――まやかしだ。"
「―――――っ!!」
薄暗い部屋の中、少女はただ窓の外にのみ視線を巡らせ、行きかう人々や徐々に沈んでいく夕日、赤みを失う街の様子などを、ただただぼーっと見詰めていた。光を失う中で、特別明かりをつけようとは思わない。眩しい世界よりは、むしろ自分はこっち寄りの人間なように思える。暗い方が妙に落ち着く。慣れた感じがする。何故かは、分からないけれど。
「・・・クローネ、か。」
断片的なことなら分かる。ここは街。ロクサス、ハイネ、ピンツ、オレット。
「・・・―――友・・達・・・。」
そうして少女は無意識に寝台から足をおろし、そうしてふらふらとした足取りで洗面台まで向かう。鏡に映る自身の姿に目をやる。手で、指であらゆるところをなぞって確認する。
「―――――偽りの世界、偽りの街、偽りの人間。そして、偽りの私・・・。」
再び自身の姿かたちを確認する。そう、これが私。金色の、肩までかかる髪。白い肌、細身で、華奢な体つき。それに、深く沈んだ海のような、青い―――――・・・
「・・・・・・・・・。」
―――――違う・・・。
青じゃない・・・。
「真っ赤な真っ赤な・・・血の色みたいな・・・
・・・―――――"紅い"目。」
翌日、俺にとっての夏休みの、五日目。
「約束か・・・。」
そう呟きながらロクサスは寝台から体を起こし、準備に向かう。窓から見下ろした街の光景はいつもと変わらない。ただ今日はハイネとの約束の―――――街のお祭り、ストラグルバトル開催の日。
「・・・まいったな。」
ロクサスは昨日のハイネの様子を思い出し、気が重くなる。大会で勝ち残っているのは、俺、ハイネ、サイファー、そしてサイファーの取り巻きの一人、ビビ。それにピンツの話じゃ、もしかしたら飛び入り参加でクローネが加わるかもって話だったけど。
「ま、しょうがないか。」
そうして身支度を済ませると、ロクサスは家を出て空き地へと向かった。