CROSS65【ヒースクリフ】
――悔しかった。私紫音はあのキリスと言う漆黒の影の一人にまるで歯が立たなかった。りせさんやテラさんがいたと言うのに、何もできずに逃げ出した。りせさんはあの時は仕方なかったと励ましてくれるが、私はどうして良いのか分からなくなってしまっている
「何時までくよくよしてるつもりだ?」
ただ真っ直ぐに歩いているテラさんはその悔しさを押し殺して平然を保っていた。本当は自身も悔しいはずなのに、それを糧として進み続けるテラさんは流石である
「テラさん……」
「大丈夫だ。漆黒の影とやらがどんなやつらかは謎だが、諦めなければ必ず勝てる」
「そうだよ!私達の力を合わせれば大丈夫!」
「二人とも……ありがとう」
再び漆黒の影と対決するかもしれない恐怖とその時に必ずリベンジすると言う強い想いが思考を埋めつくし、それは私がこれから進む為の糧となった
暫く歩いていると私達は小規模な町を見つけ、その中に足を踏み入れた。当たり前だが人の気配は無く、恐らくここも時空の歪みに巻き込まれてこの時空に存在してしまっている何処かの町だと思われる
「ちょっとこの辺で休んでかない?」
「そうするか」
敵の気配も無いようなのでこの町で休憩を取ろうとしたその時、何処からか物音がした。みんな無意識に構えて音のした方角を見てすぐに物音の正体が現れた
「安心してくれ、怪しい者ではない」
そこには赤い鎧が特徴的な男性がおり、その体格はテラさんと同等かもしくはそれ以上だった。何となく紳士然とした雰囲気ではあるがその鎧は明らかに騎士の者であり、謎の男性は自らの名前を名乗った
「私はヒースクリフ。ある目的の為にこの世界を回り、ある人物を探している」
「ある目的?」
「そうだ。君達は漆黒の影と言う存在を知っているかね?」
その言葉に全員驚きを隠せなかった。なんとこのヒースクリフと言う男は漆黒の影の事を知っていると言うのだ
「はい……一応ですけど」
「そうか、なら話は早い」
「何があったんだ?ヒースクリフとやら」
「私はSAOと言うVRMMOのゲームマスターであり、SAOをデスゲーム化した張本人。だから管理者権限も当然有していたのだが……」
「……取られたって事?」
よく分からない知識や言葉が出てきてもこの交わった時空ではもはや何が起こってもおかしくはない為みんなあまり驚かず、ヒースクリフの開発したSAOの世界さえもこの時空に巻き込まれている可能性が仄めかされた
「迂闊だった……やつらは一般プレイヤーに成り済まし、私がSAOに突如発生したエラーの対処に当たっている間に私を襲撃し管理者権限を我が物にしたのだ」
「なるほど……」
「そして彼らはSAOの中でもトッププレイヤーである黒の剣士キリトと戦った。本来なら黒の剣士が勝つはずなのだが、漆黒の影は管理者権限を使い不利な状況を生み出した」
「そしてキリトは負けた……いや、負けさせられた?」
「そう言うことだ。もし仮に私が管理者権限を奪われなければ、今頃SAOは今回の漆黒の影の事件には巻き込まれなかったのかもしれない」
VRMMOの世界にすら手を出し様々な時空を混じらせる漆黒の影の驚異は留まる所を知らず、いかに彼らが危険な存在かをヒースクリフは教えてくれた。今の話が本当なら、そのキリトと言う人は今頃この時空の何処かで彷徨っている可能性がある
「キリト君が負けSAOが時空の歪みに巻き込まれた原因は私にある。だから漆黒の影を探し、管理者権限を取り戻したいのだ」
「ヒースクリフ……」
「どうやら敵は同じようだな」
「そのようだ。そこで頼みがあるのだが、私を連れていってはくれないだろうか?このままでは全てのSAOプレイヤーはおろか、私の世界がどうなるか分からないのだ」
このままではSAOプレイヤー達が何時命を落としてもおかしくはなく、完全に滅ぼされるのも時間の問題だ。いや、こうしている間にもSAOだけでなく全ての時空が危険に晒されているものと思われる
「分かりました。一緒に頑張りましょう、ヒースクリフ」
「了解した」
この人気の無いように思えた小規模な町で出会ったヒースクリフと言うSAOゲームマスターを仲間に加え、私達四人はこの町を後にして再び旅立った