CROSS74【深まる親交】
同時刻、漆黒と虚無の城の上層部に位置するけして来ることは無いだろうが客人の為に拵えられた豪華すぎると言っても言い過ぎではないほど出来の良い客室の内部で彼女――アスナは切り離された仲間達の無事を祈っていた。敵に不意を突かれ、こうして自分はあれから1週間囚われてしまっている。幸い彼らのリーダーの計らいにより過度な拘束は受けていないものの、行動範囲はやはり限られる。何せ自身の力を封じられている上に行動範囲はこの上層部のフロアのみなのだから。敵の本拠地だけあってここにいる限り常に不安しかなく、何時何をされてもおかしくない状況にはまさに絶望しかなかった
「アスナ、いるかい?」
たった今客室のドアをノックした人物、シャドウレイを除いて。敵の本拠地の中でも彼だけは例外で、自身の同士の勝手な行動でここに連れてきてしまったと反省し何かと助けてくれる。本来ならこの城の監獄に送られていた所を彼の権限で安全な客室に移され、あまり情報を嗅ぎ回られないように身体拘束する所を装備者の能力全てを封印する黄泉だけで済ませたりと何かと気にかけているようだ
「あ、シャドウさん。どうぞ」
そんな事情からアスナも彼のみには心を開いており、すんなりと扉を開けた。この闇に満ち溢れた世界の中で唯一自身を助けてくれた事もあってか、すでにシャドウさんと呼ぶほど敵対心を見せていないようだ
「あれ、シャドウさん、それは?」
見るとシャドウレイの両手には以前自分が彼にレクチャーしたシチューがあり、少し出来は悪いがどうやら先程出来上がったようだ
「前のレクチャーを参考に作ってみたんだ。特にこんな場所だから、こう言った気分転換は必要だろうし。まぁ、本音を言えばアスナに採点をしてほしいのだけれどね」
「シャドウさん……」
「担当兵には怒られちゃったけど、少しでも君の気分を明るい物に出来るならとね。それで、どうかな?」
以前の経験を活かし自身に出来ることで少しでも友人を元気付けようとするシャドウレイの気遣いに応じ、用意されていたスプーンで一口口に入れた
「どうだ……」
「……うん、美味いよ。初めてとは思えない」
「良かったぁ〜!出来が悪かったからどうなるかと……」
「でもシャドウさん、材料間違えてるでしょ?まだまだね」
「えっ、間違えてたのか!?悔しい……なら、今度で良いから調理面を見てもらえるかな?」
「うん、良いよ」
端から見れば弟が姉に料理の仕方を教わっているようなそんな光景は二人にとっては微笑ましく、誰かがいたら笑われてしまいそうなほど下らないが面白い時間だった。シャドウレイは組織のリーダーと言う立場上どうしても彼女に直接救いの手を差し伸べる事は出来ないが、それでも彼の些細な行為の一つ一つにアスナはとても感謝している
「所でアスナ、服の方はどう?気に入らない部分とか、あった?」
「ううん、そんなことないよ。でもまさか、こんなことも出来るなんてね」
そう、今アスナが着ているのは浚われた時に着ていた血盟騎士団の制服ではない。実は数日前にシャドウレイが囚われている間流石に困るだろうと言う事で予めSAOでの彼女のストレージを調べ、その中のアイテムの殆どを封印の書物の効果で再現し彼女にプレゼントしたのだ。その為現在着用しているのはSAOの時に使用していた私服の再現品と言う事になる
「封印の書物が創造出来るのは、何も得物だけじゃない。本当ならこんなことする前に君をここから出してあげたいけど、直接手を下す事は出来ないから……だからせめてこのくらいはしてあげたかったんだ」
「充分助かってるよ。SAOでのストレージは76層に来たときに殆ど無くなっちゃって困ってたし。ありがとう、シャドウさん」
「フフっ、そっか。所で話は変わるけど、あれからパスワードの方はどうだい?何か進展は?」
「いや……実は、全然」
「そうか……教えてあげたいのは山々だけど、さっきも言ったように俺は立場上それは出来ない。そうすれば俺は君共々狙われてしまうだろう、共犯者とね。そうならないように、であれば君も助かるように、双方が納得の行くように平和的に行きたい」
「だからゲームと言う事にしたと言う事ね」
「うん……君を案内したあの時、他の一般兵がいてもおかしくない。だから兵が聞いても疑心を抱かないように、何時もの好奇心のように見せかけた」
「まぁ確かに、シャドウさんって何時も通りに振る舞ってたらただの好奇心旺盛な子供みたいだものね」
「能ある鷹は爪を隠すってね」
能ある鷹は爪を隠す、その言葉だけを聞くとシャドウレイがアスナを騙しそうなものだが、彼がアスナを助けてあげたいと思っているのは間違いなく本心なのでまずそれは無いだろう。何処かの泥棒の王とは器も放つオーラも違うのである。そう冗談めかしく人差し指を立てて無邪気に笑うシャドウレイは、次に空中にモニターのようなものをSAOでウィンドウを開くような仕草で展開した
「そう言えば、今彼らの仲間が漆黒の影のメンバーと戦っているようだよ」
モニターに写っていたのは現在交戦中の鳴冠とクロナ一行であり、その中には記憶が確かならまだアークソフィアにいたはずのクラインの姿もあった
「クラインさん!?それにあの紫髪の子……」
アスナはモニターに写るクロナに目が止まった
「何でだろう……私に、何処と無く似ている……?」
「少し使い方は違うけど、世の中には自分に似てる人が3人いるって事かな。実際それは俺も思ってたし、あの外道さんも思ってたらしいよ」
「ディアが?」
「あぁ、彼はクロナ・アクアスの仲間だからね」
ディアの仲間となればクラインは相当頼りになる人と仲間になれたのだとアスナは安心した。名前はシャドウレイから教えてもらったもののロクサスとアクアもまた同じ感情を抱き、もしかしたらキリト達もまた新たな仲間と出会っているのではないかとあれこれ想像してはその度にシャドウレイの当初の狙い通り気持ちが明るい物になっていた
「鳴冠は確かに強い。だけど、鳴冠とクロナ・アクアス達には決定的な違いがある。それは、君なら分かってるよね?」
シャドウレイの勇気付けるようなその一言に強く頷き、自身と似た何かを感じるクロナを応援しつつみんなとの再会を待ち望むのだった