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regretterの駄作集

regretter

INDEX

  • あらすじ
  • 01 生兵法 1
  • 02 生兵法 2
  • 03 生兵法 3
  • 04 揚々
  • 05 道半ばの恋
  • 生兵法 2

     宿に入ってきたのは、いずれも筋骨隆々とした男たちであった。
    毛の擦り切れた狼の裘に、三日月よりも反り返った彎刀を手挟んだ江湖
    (*侠客・武芸者らの世界)
    渡世の者である。

     壮漢らは土間に足を踏み入れるや老店主に顔を向け、頭分らしき黒髭の大男が、
    「済まんが尋ねたいことがある。此処に豪奢な衣装の老人は泊まっているのか? でなくば、旅をしているところを見かけなんだか?」
    と、広間全体へと聞こえるほどの大声で問いかける。

     よく響く声が梁をも震わせ、宿の中に埃を降らせ、外の屋根から雪を落とす。
    外で降る雪もかくや、と襲い来る塵埃に青年の客は舌打ちを鳴らし、編笠の客は不快気に体を揺する。
    一方、男の大音声に目を丸くした老店主であったが、ようようにして、
    「いいや、見ておらんよ」
    と返す。

    その回答にフン、と一つ荒い鼻息をし、髭面は、
    「では、お主は知らんか? お主は?」
    と、宿泊客一人一人に喚きかける。その度に梁が忙しく震え、埃は引っ切り無しに舞い散る。
    この様にいよいよ苛立ちをつのらせた青年が、内心とは裏腹の笑みで、
    「あんたらが捜している爺さんってのは、金糸や銀糸で織った派手派手しい衣装を纏ってるやつかい? そして、用心棒を数人ばかし連れてるのか?」

     彼の言葉に男たちは狂喜し、一、二歩詰め寄る。
    「そ、そうだ! その老人だ! あの悪党を我らは探しているのだが、お主は何処で見かけたのだ?!」

     男たちの問いかけに、青年は酷薄な笑みを浮かべる。
    「生憎、その悪党とやらはもういないさ。やつが後生大事に抱え込んでた不義の財とやらは、ふふん!」

     鼻で笑った青年はやおら足元の包みを持ち上げ、結び目を解くや机へと投げ出す。
    それだけの衝撃で飛び出してきたのは、燦々と光を放つ様々な宝石。
    いずれも大粒ばかりで、色とりどりたることはまるで画材店の店先のようであった。
    これほど多くの宝石は、大都市で奢侈品を売る商人でさえ持ち合わせていないだろう。

     宝石の輝きに目も眩む黒髭。彼は驚き、又喜び、
    「あの老人は、貴公の手にかかったのですか!
     しかも、これほどの財宝を惜しげもなく顕わになさるとは、もしや貴公は我らと同心なさる方……」
    と、丁重な口ぶりに変わるも、途中でややバツの悪い顔になり、

    「と、これは失礼いたした。我らが所属するのは、ヴァ
    「あんたらの素性なんてどうだっていいのさ。
    俺は金が欲しいから奪っただけだ。あんたらみたいに外敵から国土を守るだなんて崇高な理念もないし、興味もない。今のはただ儲けを見せびらかしただけさ」
    名乗りを待たずに口を挟んだ青年に、黒髭はポカン、と目を見開き、口を閉じることも出来ずにいたが、ややあって、

    「つまり、その財を公の役に立てぬ、と?
     貴公、それは間違っておられるぞ! 不浄の財を奪ったからには、苦しむ者を助ける為に使うべきではあらぬか?
     私するにはあまりにも多すぎるのだ。我らに合力して、せめてこの村の民に施すのが筋というものであろう」

    「知るか!
     どうせ人間はみんな死ぬもんだ。一人一人の違いだなんて、やりたいことをやるだけの力があるかないかくらいのもんだ!
     俺は金を得て好き放題やるだけの能力がある。けど、それだけのことも出来ない無能どもの尻拭いなんざやりたくもないね。
     こいつは俺の金だ、俺が腕づくで手に入れたもんだ。何時死んだって惜しくないほど楽しむための金だ!」

     子供じみた論理であるが、この手の身勝手な快楽主義は当世決して珍しい思想ではない。
    社会が病み、未来に希望が無くなると、なまじ腕が立つ者ほど刹那的な思考を行う傾向が見えてくる。

     とはいえ、こんなところでぶち当たるとは思わなかったのか、若者の主張に唖然とした男たちであったが、やがて、黒髭がうめくように呟いた。
    「なるほど、『腕づく』、か……。ならば、ご無礼致す!」


     壮漢の拳が柄へと伸び、抜刀! 
    「抜く手も見せぬ」、とかねがね自負していた居合の業。しかしそれはこの時より「抜く手も有らぬ」と変わってしまった。
     相手の抜き打ちが巨漢の上を行っていた、若者の剣は刀が抜ききられるほんの一寸早く男の腕を断ち切っていたのだ。

     切り取られた腕であったが、刀を抜く際の勢いは未だ残っている。柄を握られたままの刀が鞘走ったかと思うや、鮮血の尾を引いて天井高く撥ね上がる。その光景の意味を理解できず、巨漢は目で刀を追い、しばし時を数えて後に絶叫した。

    「だから言っただろ? 俺の剣の方が速かった、って」
     相手の叫びに、ニヤリ、と笑った若者であったが、一度放たれた快剣は止まる処を知らない。
    傷口を抑えて悶絶する黒髭と、仲間の惨状に呆然とする男たちが我を取り戻す前に、一人一剣!

     絶叫、絶叫、絶叫! 切断された手足が舞い散り、血潮が床を染め尽くす。悲鳴と怒号、剣が空を切り裂く鋭い音に、人体が倒れ伏す鈍い音が、遊び盛りの子供の如く広間を縦横無尽に駆け回る。

    まるで大根か菜っ葉を斬るかのように、若者がこともなげに人を傷つけて回る惨状に、老店主が隅で頭を抱え込んで震える中、先程まで一人静かに酒を嘗めていたもう一人の客が、
    「……五月蝿いわね」
    ポツリ、と呟き、手にしていた酒杯をつと投げ上げた。

     まだ半分ほど中身が残っていた杯、それが緩やかに回転しながら修羅場の上空へと飛び、滴が縁から零れ落ちる。
    小雨の粒よりも小さな酒の滴であったが、しかし降り注ぐそれらは、手足を切り落とされた男たちの額へと正確に落下し、彼らの叫び声を止めた。
    信じられない光景であった。なんと、一滴の酒が人間の眉間に小指大の風穴を開けたのである。
    驚くべき内力
    (*体内の経絡を流通する気功のエネルギーのこと。内功ともいう。
    武侠小説の武芸者はこのエネルギーを込めることで、何の変哲もない木の葉を飛び道具にしたり、叫び声によって人間を吹き飛ばしたりする。
    RPGで例えるとすれば、内力はステータス全般と考えればおおよそ間違いはない)
    であった。どれほどの修練を積めば、少量の酒を以てして人体を貫き、命を奪うことが出来るのだろう?

     更なる使い手の登場。これは面白くなってきた、とばかりに振り向いた青年が酷薄に笑う。

    「こいつはお見逸れしたね。何処の剣客かは知らないけど、まさかもう一人腕の立つお方がいらっしゃったなんてな」
     口ぶりでこそ相手の腕を認めているかのようであるが、表情は薄ら笑いのまま変化がない。
    己の剣を信じきっているのである。

    気の修練こそ見事なものであったが、外功
    (*いわゆる武術を表す言葉。内功の対義語)
    では負けるはずがない。
    この剣の速さに敵う者などいるはずがない、そういった思いがありありと笑い顔に浮かんでいる。

     そこへ、編笠の女が口を開く。
    「腕が立つか、となると何とも言えないわね。
    少なくとも、私よりも武芸を深く極めた人間はまだ知り合いに数人ほどいるもの。
    ところで、あなたの太刀筋だけど――」

     彼女が自身の剣に話を向けてきたことに、青年は心中大いに驕りを生じた。やはり、相手もこの剣速は軽視できないということだ。ならば、勝つ見込みは十分にある!

     が、続く女の言葉は彼の慢心に適うものではなかった。

    「――いいとこ、早漏猿の手淫ってとこね。よく抜く。ひっきりなしに手を動かす。そして何より――」


    ム ダ ニ ハ ヤ イ


     女の侮蔑に満ちた言葉に、青年は耳を疑った。先ほど聞こえた内容が信じられない。
    慢心と一体となるほどの自負、その全てを築いたこの剣技が軽侮されるだと?!

    「制御も利かせられないのに、それだけ速く剣を振ってるんじゃ、体力の無駄だし、何より剣が長持ちしないわよ。
    一流の武芸って、死地へと追いやるのは敵だけにするものでしょう?
     なのに、あなたの武芸はやりたい放題に剣を振るうだけ。派手な太刀筋で無駄に人を斬るから剣身が傷むのは早いし、疲れもたまる。
    要するに無駄ばっかりってこと」
     冷笑しながら語り続ける女、しかし青年はそれ以上話を聞こうともしなかった。

    「無駄だらけの剣かどうか、自分で確かめてみろ!」
     大喝一声、青年は編笠の女目掛けて剣を突き出す。
    が、刺突が届くよりも早く彼の横を何かが通り過ぎる。青年は咄嗟に左腕を横に払うも、駆け抜けた何かに触れることはない。
    そして、前方の物体に突き刺さった剣尖が右腕に伝えるのは、人体を裂く柔らかな感触ではなく、硬く、それでいて脆い木材の感覚。

     先ほどまで女が座っていた椅子にはもう誰もいない。必殺の刺突が砕いたのは単に椅子の背凭れに過ぎない。
     何処へ行った?! 首を左右に振り、青年は女の姿を探す。

    彼女は、宿の戸口に背を向けて立っていた。
    如何なる動きをしたものか、彼の目でさえ認識できなかった。

    先程まで壁際にいたというのに、刺突が放たれてから届くまでの僅かな時間で戸口まで身を移し、しかもすり抜ける際の攻撃も躱してのけていたとは、信じられない程の凄まじい身ごなしである。
    もしも、彼女が反撃を仕掛けていたならば、青年に防ぐことが出来ただろうか?

    「ええ、もう確かめたわ。今度は、あなたにじっくり納得させてあげる。
    外までいらっしゃい」

    12/04/27 22:30 regretter   

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