CHAPTER74【非情の暗殺者】
ダーク、白凰、黒凰に続きソラと紫音まで6皇帝に戦いを挑み、メンバーから離脱してしまった。これまで辿ってきた道を振り替えって見てみても、そこにあるのは心配と空しさだけ。俺達にはもはや振り向く事も、引き下がる事も許されなかった。ディアがボーッとしている俺を呼び掛け、俺は軽く頷き一同に追い付こうと走る。そう、彼らは前を向いて進む事しか許されていないのだ。
やがて俺達はこの摩天楼の中でも一際大きいビルの正面入り口にやって来た。不自然な事に扉は開いており、すぐに誘っているとわかった。これは罠だ。だが今ここで進まなければこの浮遊島がいつ暴れ出すかわからない。罠だとわかっていても、俺達は迷わず進む。
ビルの中に入ってもロビーに人は居らず、ましてやサービスカウンターらしき所にもいなかった。そう、ここは無人のビルである。その為空気がどんよりとしており、唯一の明かりさえも無い、暗闇の廃墟と言った所だろう。
だが、何故かはわからないが、同時に何か違和感のようなものも感じた。まるでこの無人のビルで、何かが蠢いたような、そんな気がした。アンチネスならば戦わなくてはならないのだが、当のアンチネスも全く姿を現さず、それ以外の何かかもしれないという考えが密かに浮かんだ。
奥に進んでいくと、他よりも一回り大きい扉を見つけ、開いてみるとそこはなんと真っ黒のプールだった。いや、そもそも水自体に色は無いのだが、この部屋その物が全て真っ黒な為プールの水さえも真っ黒に見えてしまう。現に底が見えているので、水は普通の水である事が確認出来る。
レイ達がその部屋に足を踏み入れた時、向こう側から突然何者かが凄いスピードで泳いできて、大きな水飛沫と共にこちらに飛んできた。泳いでいた人物の正体はベクセスだった。何時もと違い、赤と黒の不気味なギョロ目マーク入りの水着を着用していた。
「ようこそ、私のステージへ。」
「ベクセス!」
ベクセスはその雪のように冷たい目で俺達を見る。その中でも特にフィオの事を見つめていた。フィオを見たベクセスは俺達にもはっきりと見えるくらいに微笑み、自分の前髪を少し弄る。
「みなさんよく来たわね。特に……『フィオ』は。」
ベクセスは何故かフィオという文字を強調して言った。当然フィオはそれが気になり、俺を通り越してベクセスの前に立った。
「特に僕って……どういう事だ?」
「貴方にお礼をしてなかったからね、紫音を……ミカをここまで連れてきてくれた事を。」
フィオはベクセスの発言にはっとした。なんとベクセスは紫音の元の姿であるミカの名前を知っていたのだ。
「どうしてその名前を!?」
「どうして?フフッ、良いわよ、教えてあげる。」
そう言ってベクセスはアンチネスを2体ほど呼び出した。恐らく自分が話している間に自分を倒させないようにしているのだろう。
「紫音は元々、機関の城から奪われたデータを元に作られた改造人間。記憶も本物と同じように作られるはずだった、でも何故消えたのか?それは簡単な事よ。私が彼女を襲撃したからよ。」
「「「何だと!?」」」
衝撃的な発言に驚きを隠せない一同。なんと紫音の記憶喪失にはベクセスが関わっていたのだ。今の言葉だけで信じろと言われたら難しいが、逆に誰の妨害も無しに記憶を失ったとは考えづらい。ベクセスの言葉は正直信じられる物ではないが、フィオには聞く権利がある。自分の大切な人に関わる話を聞くことを。
「あのとき、化学者はミカをカプセルに入れた状態で異空間に飛ばした。最初はトワイライトタウンに流れ着く予定だった。だけど、そこに私が待ち構えていたの。機関の命令でね。私はアンチネスを使ってミカの入っているカプセルを攻撃し、ミカの身体に大きな負荷が掛かってしまった。カプセルも攻撃を受けて墜落。そしてアースについた頃には負荷が大きすぎたショックで記憶を失ったって訳。」
「じゃあ…………、」
ベクセスの話を聞いたフィオは悔しそうに涙を流しつつ、右手に握り拳を作った。
「じゃあ………紫音の記憶を消したのはお前だって事なのか!?いやそれだけじゃない!!カイリちゃんの闇落ちもそうだし、デスティニーアイランドの襲撃や、ナミネちゃんを傷つけたのもお前だって言うのか!?」
「そうだとしたら?」
「ベクセス!!僕と戦え!!決着をつけよう!!」
「良いわ、貴方の無力をわからせてあげる。」
そう言うとベクセスは何故か奥の扉をアンチネスに開かせ、プールに飛び込んだ。
「貴方の勇気に免じてレイ達は行かせてあげる。貴方一人をいたぶるのも面白そうだし。」
「いいや一人じゃない!!」
突如叫び飛び出して来たのはライガだった。ライガの表情は今までになく真剣な物だった。
「何よ?キーブレードも持たないメンバー1の弱小の癖に?」
「確かに俺は弱いかもしれないけど、俺は俺の希望(こうはい)を守りたいんだ!!」
「ライガ………。」
ライガにとって俺を初めとした後輩達は希望のような物だった。そもそもライガには同級生の友達が非常に少なく、いつもいつも年下や年上と関わるだけで敬語ばかりの生活に嫌気が差してきたころ、ある日ライガは後輩達にタメ口を使わせてみようと思い、試してみるとみんな自分を先輩としてではなく、一人の友達『霧風ライガ』として見てくれたのだ。だからライガにとってみんなは希望となっているのだ。
「俺のこのみんなを守りたいって気持ちは………お前達とは訳が違う!!お前達はアンチネスで、友達も何も無いからわからないかもしれない、でも、人間だった時、自分の中の希望と言える人はいなかったのか!?強い絆で結ばれた信愛の人はいなかったのか!?」
「別に、いなかったけど?」
「貴様ぁ!!」
「落ち着いてライガ!!」
ベクセスの心無い発言に思わずライガは怒り狂いそうになったが、それをフィオが止めた。
「レイ、行って!ここは僕とライガでなんとかしておく!」
「で、でも……、」
「頼むよレイ!!僕はこいつと決着をつけなくちゃいけないんだ!!紫音の仇を撃つために!!」
フィオの全力の説得。フィオの真剣な眼差しを見て、この気持ちに嘘は無いと確信し、黙って頷き、残るメンバーを連れて先に進む事になった。
「それじゃあこっちに来なさい!水の中で相手してあげる!」
そう言ってベクセスはそのまま水中へと身を隠した。このままではベクセスと戦う事が出来ず、自分達はこの部屋に閉じ込められたままだ。フィオがどうしようか悩んでいた時、ライガがフィオの肩に手を置き、そこから不思議な力を持った霧が送られてきた。するとフィオの身体が緑色の霧に包まれ、どういう訳か深呼吸がしやすくなっていた。
「これは『エアーミスト』。何時でも何処でも空気を吸える……所謂酸素ボンベみたいな霧だ。ただし、これは5分しか持たないから、それ以内に倒さないと、俺達は間違いなく溺れ死ぬ!!ここをよく見るとかなり深い!恐らく100mはある。ベクセスはきっとそのもっとも深い場所だ。5分以内にベクセスを倒さないと、俺達の命は無い!」
「わかった!行くよライガ!!」
そう言ってエアーミストを纏った二人は真っ黒のプールの中に飛び込んだ。
やはりと言うべきか水その物に色はなく、フィオの武器から放たれる光が唯一の明かりとなってこの暗闇を照らしている。フィオ達は深い場所を目指して潜っていっているつもりなのだが、進んでいるという気が全くしない。もはやプールではなく海のようだった。
「フィオ!」
ライガが指差した方向から突如魚雷の如く氷の弾丸が飛んできて、二人はそれを辛うじて避けた。弾丸の飛んできた方向を見ると、少しずつだが何かが迫ってきている。そう、ベクセスだ。ベクセスが氷の弾丸を放ち、二人を攻撃したのだ。
「雷魔法、サンダ、」
「待てフィオ!!」
サンダガの魔法を唱えようとしたフィオを急いでライガが止めた。
「何故なんだ!」
「考えろ、ここは水の中だ。ここで雷でも使ってみろ、俺達にも被害が及ぶぞ。」
水は電気を通す。学校でも習った基本的な基礎が二人の戦術に制限をかける。しかもここは水の中なので、何処から攻撃が飛んでくるかわからず四方八方全てに気を配らなければならない。二人の出来る行動は本の小数だった。
「フフッ、水の中での戦闘に手間取ってるようね!」
二人が悪戦苦闘しているうちにベクセスが杖を出現させ、水中とは思えないほどの早さで二人を連続攻撃した。
「「ぐわぁ!!」」
「まだよ!」
突如杖の形が大きなキャノン砲のような姿に変化し、その中心から巨大な闇の弾丸が出現した。その闇の弾丸はこの暗闇島のように真っ黒であり、時々紫に輝くのがまた不気味である。
「くたばってもらいましょうか、ダークアルテマキャノン!!」
光属性の中でもトップクラスの技であるアルテマキャノンのダークバージョンとも言える高威力の技、ダークアルテマキャノンが二人を襲う。その距離約10m。秒速は1m。つまり十秒もすればほぼ確実にヒットしてしまうという事。何時もの二人なら十秒あれば避けられる距離なのだが、二人は先程からベクセスの奇襲を受けている為、避けられる体力はほぼ無い。
「くっ………どうすれば……!?」
「……僕は………!」
フィオが突然ダークアルテマキャノンの弾丸へと突っ込んでいった。
「フィオ!?」
ライガが呼び止めてもフィオは決して止まらず、ただアルテマキャノンへと全速力で進んでいく。
「何をする気!?」
「僕は…………自分の限界を……超える!!」
フィオはなんと弾丸の中に飛び込み、大爆発に巻き込まれた………かと思われたが、爆発の中からフィオが何事も無かったかのようにその姿を現した。しかし、その姿はまるで別人と化していた。何時も頭に巻いている水色のPの字入りのバンダナの色が白くなり、髪が黄金色に変化、さらに目の色も明るめのオレンジ色になっており、その顔つきは完全に何時ものフィオでは無かった。
「………フィオ?」
「………………俺はアルテマキャノンをこの身に取り込み、我が物とした。俺はこれより、この勝負に勝つ!!」
一人称が変化しており、どうどうと勝利宣言を叫ぶとフィオの背中から大きな羽のように稲妻が広がり出し、なんとプールの水を全て吹き飛ばした。
フィオがその稲妻の力を解放し、大量の雷を発生させた。するとたちまちプールどころかこの部屋全体が崩壊してしまった。水が無くなった事によりライガは底に落ちそうになるが、稲妻の羽のお陰で中に浮いているフィオに助けられた。
「そん…………な。」
無論、ベクセスも底に落ち、倒れた所をフィオがアローガンで狙いを定め、アローガンに雷の力を注いだ。
「いけっ………BOL(ボルテックスオーバーライト)!!」
とてつもなく巨大な雷の弾丸がベクセスに向かって飛んでいき、ベクセスはその雷に飲まれ、悲鳴を上げながら消滅した。ベクセスのいた場所はフィオの放ったBOLによって崩壊してしまっている。
フィオとライガは水の無くなったプールから脱出し、着地した所でフィオの不思議な力が消え元の姿に戻った。ライガはこの時、クロナから聞いていたキルアントの話を思い出していた。
(フィオが雷の勇者の可能性がある。)
「(もしかして………こう言う事だったのか………?)」