SONG13【帰還】
――空、無限に広がる空。今目に見えるその高い場所は黒く塗りつぶされ、数々の星のようなものが煌めいていた。背景もその幻想的な空と同化し、見かけだけなら宇宙だと疑いたくもなるような世界にたった1つ存在する円上の床に私はいた
その床はステンドグラスのように透き通り中に浮かぶ星々の光で照らされ、その絵が露になっている。その絵は間違いなく私――クロナ・アクアスが利き手である左手にキーブレードを持って眠っている姿だった。その回りには不思議な紋様が幾つも描かれ、背後には自分にとって縁の深い人々が大きな円の中にある幾つかの円の中に分けて描かれていた。そしてその中央には、かけがえのない最愛の人の笑顔が描かれており私はその上に立っていた
「――ん……」
気が付くと私の周囲を囲むようにして3つの得物が中に浮かんだ。1つはスタンダードな形ながらも攻める勇気を感じさせる剣、1つは5角形の見慣れた形から守る気持ちを感じる盾、そして1つは不思議な力を宿す杖。その3つが自分から見て3メートルほどの距離にそれぞれ展開された
――君は、どの力を求める?そしてその為に、どんな力を差し出す?
そんな言葉がふと聞き覚えのある声で再生され、その数秒後には私の左手に盾が握られていた
「守りぬく力……仲間を助ける優しき強さ、全てを拒絶する臆病な盾……」
――そして、君が差し出すのはそれのようだね?
脳裏に響く声が言うようにすでに差し出す力は決まっていた。右手に持っている差し出す力は剣、すなわち攻める力だ
「攻めこむ力。誰にも負けない勇敢なる強さ、他人を傷つける破壊の刃」
――その通り。一応、何故そうしたのか理由を聞きたいな
今回の剣や盾のように希望となる可能性があるならば絶望となる可能性だってあるのが万物の理。つまりどんな組み合わせだろうが、誰にも正しいとは言い切れない。仮にそれを正解だと信じても、それは私心に過ぎないのだ
「私は、ある人に約束した。私が君を守ると……だから、彼やみんなを、守るだけの力がほしい。そしてその力によって誰も傷付ける事なく、元の平和な日常を取り戻したい。だから、刃はいらない」
――誰一人傷付ける事なく、みんなを守る優しき力か
……良い答えだよ。君は力を手に入れた、皆を守る力を。そして差し出した、攻める力を。
さてクロナ、そろそろ目覚めの時間だ。キングダムハーツの加護を……
「ありがとう」
自分が選んだ力を胸に決意を固め、私は彼を探すためにもう一度羽ばたく。今まではずっと鳥籠の中に閉じ籠って羽休めをしていたが、もう傷は癒えた。だからもう、ここに留まっている訳には行かない
――準備は良いかな?では、一緒に……
「「扉を開こう!」」
その瞬間、“私達”の新たな物語の幕は開いた
――空、何処までも青い空。それは雲1つなく太陽は今日も世界を照らし、その光によって目が覚めた。気がついた時には見慣れた部屋が視界に写り、それは自分が帰ってきた事を証明していた
「……」
周囲を何度見渡してもそこは紛れもなく間違いなく自分の部屋、つまり自分の住んでいるアクアス家だ。白と青で添えられたその家は若干贅沢な雰囲気を漂わせつつも父親も兄弟もいない二人だけの生活にはあまりにももったいない。だがここで過ごした思い出の数々がそれを補い、心を安心させてくれる
「帰ってきた、この世界に……!」
かつてその存在が消えかけたこの命であるが、漸く帰ってこれたこの喜びを噛み締めた。もしあの時“彼女”が助けてくれなければ今頃自分はここには帰ってこられず、こうして笑うことも出来なかっただろう。だから今、嬉しいのだ
若干巫女風とも言える自身の私服に着替え、久しぶりに家の内部を歩いて回った。どうやら今母は出掛けているらしく、私が目覚めた時の為に食事を作り置きしてくれていたようだ。そんな母の優しさに触れながらもこの世界の懐かしさを噛み締め、しばらく堪能したあとに外へ出た。そして向かうのは勿論、仲間達との思い出のあるそよ風村
「よし、サンダガ!」
「だーっ!また負けた!」
そよ風村にたどり着いて早々に目にした光景、それはいつぞやの仲良し親友コンビが何時かのように楽しく遊んでいる姿だった。端から見れば兄弟のじゃれあいにも見えるその仲の良さは本物で、何時ものようにこうして戦うのはもはやテンプレなのだ
「ちっきしょう、もう一回だ!」
「うん、分かった。今のところ五分五分な訳だし、決着付けよ!」
「よし来たっ!」
今まで何回かやっている事が見受けられる今の会話からして本当に二人は仲が良いことを実感し、そんな二人を驚かせてやろうとそれに割り込むようにして声をかけた
「よっ!二人とも、元気だった?」
「クロナ!?お前、何時目が覚めたんだ!?っつか“よっ”ってなんだよ、似合わねぇな」
たった今苦笑いをした黙っていればイケメン、口を開けばガッカリなそんな印象を受けるこの少年の名前はダーク・デスト。藍色逆立ち頭の一言で説明が完了するほど単純な髪型であり、その鋭い目付きはオレンジ色の瞳と染まってクールな印象を持たせるのに一役買っている。何時もみんなに弄られてネタにされるもののその本質は誰よりもみんなの事を想っている兄貴分で、私の最愛の人の相棒。私達より1つ上の歳だから、今は17歳かな
「クロナちゃん、久しぶり!」
この小さな少年の名前はフィオ・クラウン。ダーク君の親友で、彼との付き合いは誰よりも長い。ダーク君とは異なる金髪の逆立ち頭に水色のPの文字がトレードマークのバンダナを巻き、可愛らしく大きな金色の瞳が特徴的。一見すると小学生くらいにしか見えないが、実は私と同い年である。射撃と跳躍力は一級品で、ダーク君共々仲間達を支えてくれる存在。私達の中でも最も等身大の視点で語り、その常識的な1面に何度も助けられた
「フフっ、相変わらずみたいだね。私は大体一時間くらい前に目覚めた所」
「そっか……良かった、本当に……ううっ」
再会を喜び、同時に思わず泣き出してしまったようだ。ダーク君の気持ちは痛いほど分かる。何せ自分も、もう会えない可能性すらある人と会いたいと願っているから。もし自分もそうなったら、今のダーク君のように泣き出してしまうだろう
「ダーク、歳上が情けないよ。ここはかっこよく決めないと!」
「るせぇ!クロナが帰ってきたんだ、今くらい泣かせやがれ……ううっ……」
「フフっ、ただいま……二人とも」
「へっ、おっせーんだよ」
「お帰り、クロナ。僕たちの場所へ」
懐かしい友人との再会、そして思い出の場所への帰還。その喜びはまるで1年と言う短い期間とは思えない程の心地だった。あれからこちらの世界も平和が続いているようで、先程のようにダーク君達が遊んでいる光景が見られるほどに驚異は去ったようだ。ちなみに先程二人が何をやっていたかと言うと、お互いに被弾数を決めて戦う所謂バトルシュミレーションをしていたらしい。もちろんお互いに傷つく事はなく、限度を弁えた安全な遊びのようだ。これならお互いの実力を競い合う良い方法となり、暇な時間に特訓がてらやれそうだ
「へー、存在回復まで一時的にアイドルねぇ。いや見たかったなー、クロナのステージ」
「ダーク、普通に喋ってるんだろうけど内容は変態っぽいよ」
「まあまあ良いじゃん。ローグも夢の世界を盛り上げる為に提案したんだろうし、悪かねぇさ。クロナ、今度カラオケ行くときに歌ってくれよ」
「フフっ、リクエストが入ったら答えなきゃね」
「いよっしゃー!いやー、クロナが帰ってきてくれて良かったぜ!」
「ダーク、その為に帰ってきたんじゃないでしょ」
「わーってる、わーってるけどさ。けどこう言うと男子としては喜びたいだろ?」
「まだ一人足りない。カラオケに行くなら、みんな揃ってからだよ。ね、クロナ?」
「そうだね。その為にも、私は……」
たった今出来た約束を果たすためにも絶対に彼には帰ってきてもらわないといけない。その為には再び得物を手に取り、立ち上がる必要がある。それは二人とも百も承知のようで、それぞれキーブレードが変化した姿である太刀と双銃を出現させた
「そうだな、やっぱ相棒がいねぇと」
「クロナちゃん、引き続き協力するよ」
「二人とも……ありがとう」
そして私もキーブレードを左手に出現させ、3人の武器を束ねた。それらは太陽の光に照らされ煌めき、その輝きは仲間達の勇気を象徴する光となった
「よし。クロナも戻ってきた事だし、まずはシュージの所へ行こうぜ。みんなに現状把握してもらわないとな」
「現状把握?」
「ま、行けば分かるさ」
戦いに参加する事は少ないながらもライガの親友であり私達の先輩であるシュージ・ブレード先輩の所に行けば分かるとダーク君は言ったが、また世界に何か起ころうとしているのだろうか。それとも仲間達に私が戻ってきたと言う事を知らせたいだけだろうか。この綺麗な青空は答えを語らない、ただ私達を見守るのみ