第七話
予想もしなかった音、それに襲い掛かる筈の痛みも感じない。
疑問に思いウラノスが目を向けると、何とキーブレードは顔の真横に突き刺さっていた。
「…何の、つもりだ…?」
「見ての通り、お前に止めを刺す気はねーよ。混沌の力も限界だし……あの世界に送った俺の愛弟子も守れそうだしな」
クウが馬鹿馬鹿しい目で軽く睨んでいると、身体のあちこちから黒い闇が溢れ出す。
「ま、この俺の意識が戻っても同じ選択をする。だから、理由をちゃんと話とけよ。どうしてこいつらを襲ったのか…」
そこまで言うと、意識が無くなったのかクウは膝を付いて倒れる。
その状態で身体に纏っていた闇が全て霧散すると、横に突き刺さっているキーブレードも全体が輝いて二つの翼となり元の形に戻る。
何処かぼんやりとその様子をウラノスが眺めていると、閉じていたクウの瞼が動いた。
「ううっ…あれ、何が…?」
意識を取り戻すなり、現状を把握出来ないのか虚ろ気な目で辺りを見回す。
しかし、ボロボロになっているウラノスを見た途端に顔色を変えて上半身を起こした。
「なっ…!? お前、何だってボロボロになって!?」
「…いろいろあったんだよ。それよりいいのか…止め刺すなら今だぞ?」
完全に元の人格に戻った事に、ウラノスは説明する気さえ起きずに気怠そうに催促する。
この言葉に、クウは不機嫌な顔をしてウラノスから顔を逸らした。
「何でそんな事しなきゃなんねーんだよ…ふざけんな、電撃野郎が」
「ホント、根っからの甘ちゃんなようだな…だがな、俺は騙されないぞ。てめえら、リズを奪って何をするつもりだ?」
「…どう言う意味だ?」
「白切ってんじゃねーよ…知ってんだぜ、リズを使って世界から闇の存在全て消そうとしている事をな!」
これから起こる未来の内容をぶつけると、クウは明らかに呆れの視線を送り付けた。
「はぁ? 何で俺がそんな事しないといけないんだ? こっちはこっちで大仕事しなきゃなんねー時期だぞ?」
「ハッ、なるほどな…今はそんな気無くとも、将来勇者の皮被った悪魔に成り下がる訳って事かよ!」
「だああぁ!! 好き勝手言ってんじゃねーよ!! 大体、誰からそんな話聞いたんだ!?」
「そんなの、時詠みの巫女って奴が――!!」
癇癪を上げるクウに、ウラノスも対抗するように大声で出来事を伝える。
だが、感情に任せて叫んだ途中で、二人は同時に黙り込んだ。
「俺、女性は大切に扱う主義なんだが……それ、怪しくないか?」
「…今冷静に考えれば確かに怪しいし、話に矛盾する点もある。くっそ、見事に騙されたって訳かよ…!!」
クウの質問に少女との会話を思い出し、ウラノスはようやく騙されたと理解する。
自己嫌悪になって手足を投げ出して寝っ転がるウラノスを見て、クウは軽く座り直して一つの質問を投げかけた。
「お前…光が嫌いか?」
「光は嫌いじゃない…人の心ってのが気に入らないんだ。闇や異端、人とは違う種族。光ではないそいつらの存在を認めずに排除しようとする…あんたも闇を宿すなら分かるだろ?」
「否定はしない…だけど、否定する」
クウから放たれた妙な言葉に、ウラノスは顔を向ける。
すると、クウは軽く笑いかけながら驚くべき事実を語り出した。
「俺、これでも彼女いるんだ。しかも、あの少女と同じノーバディだぜ?」
「は!?」
「あいつと初めて出会った時さ…心ない所為か、人形みたいだった。記憶があるおかげで喋るとか食事とかの日常生活は影響なかったけど…感情を上手く出せなかったんだ」
その時の事が過ったのか、クウの目が少しだけ淀む。
遠くを見る黒い瞳に映るのは、悲しみだ。
「それを傍で見て来て凄く苦しかった、悲しかった。だけど、そのおかげで俺は頑張れた。あいつを笑顔にさせる事が出来たんだ――…結局さ、心が無かったら分かり合う事だって絶対ないぜ? 全て否定してしまったら、それこそお前が嫌いな人間と同類になるだろ」
「…違いないな」
自分とは少し違うが、ノーバディの少女の為に辛い思いをした事には変わりない。それでも望んだ未来を手に入れた男の話は、闇しか受け入れられないウラノスを納得させる何かが篭っていた。
気付かれないようウラノスが小さく笑みを浮かべると、唐突にクウがある事を思い出した。
「そういや、お前の名前…何て言ってたっけ? ウ、ウ――」
「ウラノスだ。で、あんたは…師匠だっけ?」
「…クウだ」
死闘を繰り広げた後にようやくお互いの名前を知り、二人は堪らず吹き出してしまう。
あまりにも可笑しくてクスクス笑っていると、離れた場所で闇が現れた。
「これは…!?」
見覚えのある闇にウラノスが目を見開いていると、一人の少女が姿を現す。
先程嘘の未来を吹き込んだ少女だと分かり、ウラノスは怒りを露わにして起き上がった。
「お前、さっきの!? よくも俺にでたらめを吹き込んでくれたなぁ!!!」
「おい待て! さすがにこんな少女に乱暴は――!」
「あれは…私達じゃない」
今にも始末しようとする殺気立ったウラノスをクウが止めていると、少女が静かに呟く。
その言葉に二人が動きを止めると、少女はこちらを見ながら淡々と続きを話す。
「彼女は私達の《影》を纏った存在。混沌の中で生きる私達を模範し、カオスで作り出した幻影。私達は…時空の狭間に捕らわれたあなた達にそれを伝えに来た」
「そんな話信じられるかぁ!!!」
少女の説明に敵意剥き出しに喰ってかかる中、クウはウラノスを抑え込みながら今の話で気になった事を問いかけた。
「『彼女』って事は…俺達を戦わせるように仕組んだ犯人が誰か知ってるのか? 分かってるなら教えてくれないか?」
「もうすぐ分かる。『彼女』は――」
少女が話す途中で、何処からか微かに空気を切る音が聞こえる。
「――私達を消すから」
言い終わった瞬間、少女の真上から何かが勢いよく落ちて、纏っていた闇と共に姿が霧散する。
そうして少女が消えた後に残されたのは、真っ黒のキングダムチェーンだった。
「「この武器…!?」」
「まったく、折角妾が考えた計画が台無しだわ…時詠みの巫女め、大人しく死んでいれば良い物を…」
それぞれが見覚えのある武器に息を呑んでいると、後ろから不満の声が耳に届く。
急いで振り返ると、黒コートを着た茶髪で金目をした少女が玉座に立っていた。
「あの時の女!?」
「ソラ!?」
「貴様もその名を呼ぶかぁ!!! あんな奴の名前を…!!!」
ウラノスとクウが叫ぶと、黒コートの少女はクウだけに反応して忌々しげに睨みつける。
敵意どころか殺意が走る少女に、ウラノスは最初に彼女と出会った事を思い出す。
【オリンポスコロシアム】と言う世界にある冥界の奥深く。そこで出会った彼女は、もう一人の少年と共にリズを狙っていた。その時、今のような殺意をリズの幼なじみに送り付けていた。
軽くその時の出来事を思い返すと、半ば呆れるようにクウを見た。
「どうするんだ? 女性を大切に扱う割に、スイッチ押し間違えてるぞ?」
「あー…まあ、謝って済むような雰囲気じゃないのは伝わるな…――だからと言って、気が済むまでボコボコにされるって事は出来ねーよ。あんなの見た後じゃな」
顔を背けて反省を見せるクウだったが、目の前で起こった事を思い出し真剣な表情に戻る。
それはウラノスも一緒なようで、再びチャクラムを握ると敵である少女を睨み出す。
「確かお前、ゼノとか言ってたよな? まさか、今回の騒動の原因はお前か?」
「ええ。貴方の事を少し調べさせて貰ったのでな。その際にリズの繋がりも調べたら、特別なレプリカ、その近くには特殊な力を授かったキーブレード使いがいる。貴方達を手に入れれば【あの方】の為になると思った故の行動よ」
「【あの方】だと?」
ゼノが語る種明かしに、ウラノスが目を細める。
その横でクウもゼノを見ていると、一人の人物が頭に過った。
「まさか――“ゼアノート”か?」
自分達の敵である【彼】と同じ金色の目。そして、女性とは言えソラと同じ顔なのに【彼】のように目の色だけが違う。そこを思えば、彼女もまたゼアノートと呼ばれる人物と関わりがあるのではないのか。
この二つの考えにクウが聞き返すが、ゼノはクスリと笑うだけだった。
「さぁ、それはどうであろうな? それよりも…貴方達にはもっと大事な話がある」
スッと手を上げると、指を鳴らす。
するとゼノの両端から二つの闇が出現し、二体のダスクがある物を持って出てきた。
「リズ!!」
「シャオ!?」
浮遊しているダスクに抱えられた二人は気絶しているのか、ウラノスとクウが呼びかけても目を閉じたまま動かない。
いつの間にか敵側に捕らわれていた光景に二人の表情が強張っていると、満足げにゼノはニヤリと笑った。
「出来れば、貴方達も互いに戦わせてへばった所で回収したかった。一応、この二人を連れて行くだけでも妾としては収穫がある…けど、どうせなら賭けをせぬか?」
「賭けだと?」
ゼノが持ち出した話にウラノスが問い返すと、彼女は真横に闇の回廊を作り出す。
「この回廊は妾達の本拠地と繋がっている。この回廊を渡り、二人を無事に連れて帰る事が出来たのならば、今回は見逃してやっても良い」
「…断ると言ったら?」
「二人を連れ、この回廊は閉じさせて貰う。そうなれば、この世界から一生出れなくなる。闇の回廊が使えないのはもう分かっているのでしょう?」
そう言うと意味ありげな目で見てくるので、クウは悔しそうにゼノから顔を逸らす。
リズやウラノスと別れてすぐに、シャオと一緒に回廊を作る方法は試していた。しかし、この世界で回廊は作れないと分かり仕方なく探索する事となったのだ。
ゼノから出された二つの選択肢に、二人は互いに顔を見合わせた。
「どう思う…少なくとも、前者は罠が見え見えだぞ…?」
「けど、後者も危険だ…! 俺らを衰弱させて、連れ去る気満々じゃねーか…!」
ウラノスの言う通り、敵の本拠地ともなれば強敵はもちろん自分達を捕える何らかの罠を仕掛けていてもおかしくない。二人だけ、しかもボロボロな状態で行っても無事に帰って来られる保証はどこにもない。
だからと言って、クウの言い分も尤もだ。脱出不能なこの世界に置き去りにされればどうしようもないし、捕らわれた二人は確実に利用される。そして、こちらも抵抗も出来ない状態でいずれ捕らわれてしまうだろう。
「相談するのは構わぬ、けどそう長くは待たぬぞ?」
二人がコソコソ相談していると、ゼノは楽しむかのように薄く笑う。
どっちを取っても自分の良い様に転がる事が分かっているようで、思わずウラノスは歯を食い縛る。
「くそ、まるで悪魔の取引だな…!」
「可愛い小悪魔なら喜んで選ぶが、なーんでソラの顔なんだよ…全然違和感がねぇ、寧ろナンパしてぇ…!!」
「本気か冗談か分かんねー事言ってるけどよ……リズだけを傷付けずにこの場で奪還する方法はあるが、使っていいよな?」
「オイ、てめーも本気か冗談か分かんない事言ってんじゃねーか。いや、分かってる。その目はマジだな、本気と書いてマジでやる気だろ!?」
「何をゴチャゴチャ言っておる! さあ、どっちにするか決めるがいい!!」
いい加減痺れを切らしたのか、腕を組んでゼノが叫ぶ。
それに対し、ウラノスは無表情になって玉座にいるゼノに顔を向けた。
「決める必要は無くなった……今ここで、リズ達ごとあんたを始末すればいい話だろ?」
耳を疑うような言葉を吐き捨てると共に、握っているチャクラムに電流を纏わせる。
どうやら、会話している間に雷の力をある程度引き出すほど回復はしていたようだ。
「なっ!? 正気か!?」
「どっちの選択をしても、どうせ捕まるんだ…――それなら、お前も巻き添えにこいつらと一緒に心中した方がマシだろぉ!!!」
在り得ない第三の選択に絶句するゼノに、ウラノスは構わずに雷の魔力を溜め込む。
さすがのクウもキーブレードを手元に呼び出して止めようとした所で、ウラノスが意味ありげな視線を送っている事に気付いた。
(頼むぞ…クウ)
(…ああ)
視線の中に込められたウラノスの意図を汲み取ると、血の気を引くゼノに気付かれない様に武器を握りしめる。
(チャンスは…一度っ!!)
心の中でクウが覚悟を決めると、見計らうようにウラノスが動いた。