第一話
かつて、万能神に創られた無力な死の女神が収めていた一つの世界があった。
だけど、ある時女神はその世界に引きずり込まれた一人の騎士に奇跡を託し、死んでしまった。
女神のいない世界。彼女を守る騎士も眠りについた世界は、生と死の堺すらも曖昧な混沌に満ち溢れている。
そんな力を使わない手は、ない。
全ては、【あの方】の為に…。
トワイライトタウンの町の外れにある幽霊屋敷。
その屋敷の中にある真っ白な部屋に、一人の少女がベットで横になっていた。
彼女の名前はリズ・ヴァノイス。キーブレード使いの少女であり――存在しない者、ノーバディだ。
「まだ傷も痛い…何より、あんな事分かった後じゃ眠れないか…」
窓から洩れるオレンジの光を見ながら、寂しそうな表情でリズはポツリと呟く。
今の時刻は夜だが、この世界は年中夕日に照らされている。それでも、彼女が眠れないのには訳があった。
一つは数日前に親友に付けられた脇腹の傷が痛む事。そしてもう一つは、自分がノーバディである事だ。
肉体的ならまだ耐えれるが、今では精神も傷ついた状態。リズは全く寝つけず、軽く寝返りを打った。
その時、何処からか微かに鐘の音が聞こえてくる。すると、軽い眩暈が起こると共に目に映る風景が歪んでしまう。
「あ、あれ…? なんか、急に…ねむ――」
急激に襲い掛かる眠気に、リズの意識は眠りに堕ちて言った…。
どこまでも広がる広大な砂漠のワールド。その中を一人の青年が歩いていた。
「リズ…どこにいるんだよ…!!」
彼の名はウラノス。雷使いのトレジャーハンターで、とある世界でリズと知り合ったのをキッカケに仲間として共に旅をしていた。
だが数日前、目の前でリズが黒コートの男に攫われてしまい、彼女を探す為に今では姉達と協力して世界を転々としている。
しかし、幾ら探せどもリズは見つからず時間だけが経過する。何時までも変わらない現状に、思わず悔しそうに呟いた。
その瞬間、急に辺りが暗くなる。それと同時に鐘の音が鳴り響き、ウラノスの背後から巨大な闇が迫ってきた。
「な、何だこの闇は!?」
自分を呑み込もうと迫りくる闇に、ウラノスは必死になって逃げる。
だが、闇の勢いは止まらずに少しもせぬ内にウラノスを呑み込んでしまった。
「う、うわぁああああっ!!?」
闇に呑まれながらも手を伸ばすが空を切るだけに終わり、やがて全てが黒に染まった…。
同時刻―――彼らの世界とは別次元に存在する、一つのセカイ。
異空の回廊と呼ばれる世界と世界を結ぶ道を、ある四人の人物達が歩いていた。
目的はとある世界に行き、重要人物の安否を確認する為である。
「あれ…?」
その時、一人の少年が回廊から聞こえてくる鐘の音に足を止めて振り返る。
彼の名前はシャオ。今いる世界とは異なる世界から家出してきたキーブレード使いの少年だ。
「シャオ、どうした?」
シャオが振り返って見回していると、前を歩いていた青年が声をかける。
青年の名はクウ。彼もまた複雑な事情で異なる世界から今の世界へとやってきた。武器を使わない格闘家だが、今ではキーブレード使いとして目覚めている。
「あ、ううん! 何でもな――」
振り返りながらクウに近づこうとした直後、シャオの周りで突然空間が歪み出した。
「えええっ!?」
「シャオ!!」
黒い靄のような何かがシャオに纏わりつくのを見て、とっさにクウが手を伸ばして腕を掴む。
更に前を歩いていた二人の少年少女―――イオンとペルセフォネも異変に気付いて振り返ると、二人は黒い靄と共に歪んだ空間に巻き込まれていた。
「「うわあああっ!!?」」
「シャオ!!」
「クウさん!?」
イオンとペルセフォネが悲鳴を上げながら手を伸ばすが、二人の姿は空間と共に掻き消えてしまった。
眠っていた意識が、ゆっくりと浮上する。
そうしてリズが目を覚ますと、白い部屋ではなく一面真っ暗な崩れ去った神殿の様な場所で横になっていた。
「あれ…? 私あの部屋で寝てたはずなのに、どうしてこんな所に――?」
ベットではなく地面で寝ていた事に疑問を感じ、リズは起き上がる。
服についた土の汚れを軽く手で払っていると、ある事に気が付いた。
「傷口が痛くない…? それに寝たっきりだったのに身体も怠くないし…」
先日ムーンにつけられた筈の脇腹の傷はどう言う訳か痛みが起きず、身体の調子も好調だ。
さすがのリズも不思議そうに身体を見回していると、遠くで見覚えのある男が仰向けに倒れているのを見つけた。
「あれ…もしかして、ウラノス!?」
意識がなく地面に倒れている仲間に、リズはすぐさま駆け足で近づき、
「ウラノス目を覚ませぇーーーーーっ!!!」
一気に跳躍するなり、ウラノスの鳩尾に飛び蹴りを放った。
「げはぁ!!?」
「良かった、息を吹き返した!!」
「助けてくれた割には――…一瞬、綺麗な川と彼岸花が見えたんだが…っ!」
笑顔になるリズに対し、ウラノスは全身に脂汗を浮かべて今にも死にそうに鳩尾を押えている。
少しして苦痛からどうにか回復したのか、ウラノスはようやく傍にいたリズに笑顔を見せた。
「ったく、お前は相変わらずだな……と言いたいが、この数日間何処にいた? みんなお前がいなくなって心配してたんだぞ?」
「エ…?」
ウラノスの質問に、リズの表情が固まる。
同時に、ある誤算をしでかした事に気付いた。
(しまったぁ!! 私何でウラノスを助けちゃったの!? あのままほっといて逃げれば良かったのにー!!)
思わずウラノスの危機(?)で助けたが、今考えれば自分は仲間に顔向け出来ない状態だ。
どうやらウラノスや他の人達は、自分がノーバディと言う事は知らないようだ。だが、このまま連れ戻されれば何時かバレてしまう。そうなれば、敵と認識して消しにかかる。
どうにかこの状況を打破しようと考えるリズに、さすがのウラノスも不審に感じて顔を覗き込んだ。
「リズ? 固まってどうした?」
「――ウラノス、ごめんっ!!」
そう言って謝るなり、リズはある行動をとった…。
一方、二人がいる上層の方に空間の歪みが現れる。
その中から、二人の人物が吐き出されるかの様にその場に落ちて来た。
「ふぎゅ!」
「うおっ!」
突然空間から投げ出されたシャオとクウは、とっさの反応が出来ないまま地面に投げ出されてしまった。
「いっつぅ…!! 何だったんだよ、今の…!?」
「それより、ここどこぉ…!」
呻き声を上げながら身体を擦って二人は起き上がる。
周りを見渡すと、空はどう言う訳か真っ暗で倒れた柱や瓦礫が散乱している神殿のような場所にいる事に気付いた。
「何処かの廃墟…か?」
「師匠ー!! 大変だよー!?」
「どうした、シャオ!!」
シャオの呼びかけに、クウは急いで階段の辺りにいるシャオに近づく。
すると、目に飛び込んだ景色に思わず目を疑った。
「この場所、浮いてるのか…!?」
地面は途中で抉られており、底の見えない闇の空間に漂うように存在している。よく見れば、この建物の瓦礫や柱などもあちこちの場所に浮遊している。
信じられない光景にクウが固まっていると、シャオが不安そうに見上げた。
「ここ…もしかして、闇側の世界?」
「いや、違う。確かに闇に似た気配は感じるが…何かが違うんだ、この世界は」
昔、闇の世界で暮らしていた経験を元にしてシャオの考えを一蹴すると、クウはこの場に漂う気配に集中させる。
少なくとも闇の世界はこんな寂れた場所ではない。辺りに漂うこの気配だって、自分の扱う闇には似ているが何かが違う。
そうやってクウが黙々と考えていると、再びシャオが問いかけた。
「これからどうしよう?」
「どうするも何も、ここから出るぞ。早くイオン達と合流しないと、ビフロンスにも戻れな――」
「ぎゃあああああああああああああっ!!!??」
その時、下の方から大きな悲鳴と破壊音が辺りに響き渡った。
「何、今の悲鳴っ!?」
「行くぞ!!」
シャオが驚いてる間に、クウはいち早く白と黒の双翼を具現化させる。
そのまま声のした方へと飛び去るのを見て、慌ててシャオも腕を交差した。
「師匠、待って!? 第一段階――!!」
「はぁ、はぁ…!」
リズは息を荒くしながら、武器であるキーブレードを持つ手を下ろす。
その足元には、黒焦げの物体となったウラノスが転がっていた。
「リ、リズ…いきなり、なに「さっさと気絶してぇ!! 斬空電撃波!! トルネド!!」うぎゃああああああっ!!?」
ウラノスの声を聞くなり、容赦なく雷の斬撃の後に風の上級魔法で攻撃するリズ。
こうして竜巻に巻き上げられて地面に落下したウラノスは、身体のあちこちから煙が出ていた。
「こ、これぐらいやれば…私と会った記憶も消えるよね…!!」
記憶どころか命が消えそうだが、悲しい事にツッコミを入れてくれる人物は誰もいない。
一刻も早く逃げようと、リズはウラノスに背を向けて駆け出した。
だが、数秒もしない内に突然リズの真上から雷が落ちた。
「あうっ!?」
ダメージと共に身体に痺れが走り、リズはその場に蹲る。
リズが身体を動かせずにいると、後ろから足音がした。
「逃がすかよ、リズ…! こっちはお前を探すのにどれだけ苦労したと思ってる…!!」
その声に振り返ると、『ポーション』を飲んで傷を治すウラノスがいる。
口調からして、怒っているのが嫌でも分かる。まあ、出会いがしらに全力で攻撃したのだから当然だろうが。
「い、いや…! 待って…!」
「さすがに痺れた身体じゃ、動けねえだろ…? とにかく、言い訳は帰ってからじっくりと聞かせて…!!」
顔を青ざめるリズだが、ウラノスは気にせずに捕まえようと腕を伸ばす。
直後、黒い影が勢いよく二人の間に割り込んだ。
「誰だ!?」
思わずウラノスが距離を取ると、そこには黒と白の双翼を纏ったクウがリズを抱えていた。
「それはこっちのセリフだ。こんな可愛い少女を誘拐するとは、男として失格だぜ? もう大丈夫だ、お嬢ちゃん」
「あ、ありがと…」
優しくエスコートするクウに、助かったとばかりにリズはホッと息を吐く。
この様子にクウも笑みを浮かべていた時、リズの手に握っている武器に気が付いた。
「キーブレード…?」
「サンダガァ!!」
クウの呟きが聞こえたのか、ウラノスが雷の上級魔法を発動する。
巨大な雷が二人の真上に落ちるが、クウは双翼で全身を覆って防御しきると空いた手を光らせて武器を取り出した。
「オイ、いきなり攻撃は卑怯だろぉ!!?」
「「キーブレード!?」」
「師匠ー!!」
二人がクウが取り出したキーブレードに驚いていると、少年の声が響く。
見ると、上空を白と黒の双翼を纏ったシャオが飛んでおり、すぐにクウの近くへと着地した。
「もー、勝手に行かないでよー!! ボクの場合、このモードになるには手間がかかる……リズ!?」
「え…?」
突然名前を呼ばれ、困惑を浮かべるリズ。それでも、シャオは気にする事無く笑顔になる。
「やっぱりリズだ! どうしてこんな世界にいるの? もしかして、リズもボク達と同じように巻き込まれた?」
「あんた…誰?」
「って、またボクの事忘れたの!? シャオだよ、シャオ!! いい加減覚えてくれないと困るよー!!」
若干怒った感じに言うシャオだが、言葉の中に何故か親しみが篭っている。
リズは今までの記憶を引き出すものの、彼と出会った事など一度も無い。そんな戸惑いを覚えていると、内心を知らないのかシャオが話を続ける。
「ね、リズがいるって事はグラッセやムーンもいるんでしょ? あの二人は何処にいるの? 折角だし、久々に皆で話でも――」
親友である二人の名前、まるで友達であるかのように話すシャオに、リズの心に重い何かが圧し掛かった。
「知らない…」
「リズ?」
「――あんたなんて知らないっ!! ウラノスもあんた達もほおって置いて!! これ以上私に近寄らないでっ!!」
「え!? 待ってよ、リズー!!」
クウの腕を振り払ってその場から逃げ出すリズに、シャオは思わず手を伸ばす。
しかし、何処か様子のおかしいリズにシャオはそれ以上追いかける事が出来なかった。