第二話
「リズ…」
「シャオ、知り合いか?」
「うん、ボクの友達。でも…もしかしたら、師匠みたいに“違う”かもしれない」
「同じで違う人物、って訳か…」
落ち込みながら呟いたシャオの考えに、クウも納得してリズが去った方向を見る。
自分達のいるバラバラの世界ではない、次元を越えた先にある鏡の様な別世界――【異世界】、または【平行世界】とも呼ばれるセカイがある。
リズもまた次元を越えた先にある異世界に住んでおり、とあるキッカケがあってシャオはリズ達と知り合った。
しかし、異世界出身だからと言って“たった一人だけの存在”とは限らない。師と仰いでいる目の前にいるクウもまた、シャオにとってはそっくりさんなのだから。
今のリズがそっくりさんだと理解し、二人の間で思い空気になった時だ。
「…さっきから何二人でブツブツ話してるんだよ?」
その声に我に返ってウラノスを見ると、明らかに不機嫌な表情で二人を睨んでいた。
「お前らの勘違いの所為で、またリズを見失ったじゃねーか…どう責任とってくれるんだ、自称友達のクソガキよ?」
「う…ご、ごめんなさい…」
「勘違いしたのは謝る。けど、こっちはお前らの事情を全く知らないんだ。どう言う状況か教えてくれないか?」
シャオが謝る中、クウは大人として理由を話しつつ冷静に問いかける。
すると、ウラノスは軽く失笑を浮かべ顔を逸らした。
「話す事なんて何もねーよ、鴉野郎。とっとと立ち去れ」
「ちょっと! さすがに言い方が酷すぎむぐっ!?」
あまりにも酷いウラノスの態度に、思わずシャオが喰ってかかる。
だが、これ以上話をややこしくしてはいけないと即座にクウが口を塞いだ。
「立ち去る事が出来るならそうしてる。俺達はその方法が分からないんだ、どうやってこの世界から出ればいい?」
「俺も知らねーよ。リズを探してたら、いきなり闇に呑まれてこの世界で倒れてた」
「って事は…リズなら、ここから帰る方法分かるかな?」
シャオなりに打開策を口にすると、ウラノスの目つきが完全に人を見下す目へと変わる。
「もしそうだとしても、今のリズには何を言っても無駄だ。仲間として一緒に行動していた俺にさえあの態度だ。そんな事も分かんなくて《友達》とは、どうやら口先だけの薄っぺらい人間のようだなぁ?」
「っ…!」
嘲笑いながらシャオの心に突き刺さる言葉を浴びせるウラノス。
これにはシャオも動揺していると、助け舟を出す様にクウが口を挟み込む。
「しょうがないだろ。さっきも言ったように俺達はそっちの事情を知らないし…シャオはあのリズって子とは友達じゃない。そりゃあ、その友達と似ているだろうけど…出会ってすぐに全部の状況を把握するってのは、よほど頭や物分りが良い奴じゃなきゃ出来ないだろ?」
「…まあ、理に適う部分があるのは認める。だがな、クソガキのような能天気で何も知らない奴がリズの《友達》だとは俺は認めない」
「何であんたにそんな事言われるのさ!! リズの事を友達って思ってなにがいけないのさ!!」
さすがのシャオも堪忍袋の尾が切れたのか、尚も冷たい言葉を浴びせるウラノスに叫ぶ。
直後、ウラノスの周りの空気が一変した。
「友達? ふざけんなよ…!! リズがああなってるのは、人間であるお前が苦しめてる所為だろうがぁ!!!」
まるで人が変わったように憤慨するウラノスに、シャオだけでなくクウも怯んでしまう。
その間にも、ウラノスは二人に向かって怒鳴り続ける。
「知らないなら教えてやる!! あいつのあの苦しみ方はな…――自分がノーバディだからだぞ!? 世界の敵だってお前らが決めつけてるから!! あいつはまだ子供なのに、それすらも許されずに自分を苦しめているんだ!!」
「ノーバディ…!?」
「うそ、あのリズが…!?」
ウラノスの口から語られたリズの現状に、クウとシャオの顔色が変わる。
この二人の態度に、更にウラノスは冷酷な言葉を浴びせる。
「ハン、結局はあの幼なじみ君と同じように拒絶か? お前ら人間にノーバディの気持ちが…――異端の気持ちなんて分かる訳ねーんだよっ!!!」
「違う、そうじゃないよ!! ボクも師匠もそんなつもりじゃ――!!」
拒絶を見せて背を向けるウラノスに、今の反応が勘違いである事を伝えようとするシャオ。
だが、シャオの言葉はウラノスに届かず、リズの後を追うかのように二人から離れて行ってしまった。
「師匠、どうしよう…?」
「あの様子じゃ、もう俺達にはどうする事も出来ないな……とにかく、今は帰り道を探すぞ」
軽く頭を掻きながら、クウは今の現状を解決しようと逆の方向へと移動する。
リズやウラノスの事は気になるが、他人である自分達に出来る事はない。シャオもそれを分かっている為、クウの後ろを歩き出した。
「ノーバディの気持ち、か…」
不意にクウは、シャオにも聞こえない様にポツリと呟く。
脳裏に浮かぶのは、一緒に旅をして好きになった金髪の少女。
「なかなかキツイ言葉言ってくれるな……ただでさえ揺れてるのに、ますますレイアに会いにくくなったじゃねーか…」
僅かに苦笑を浮かべると、ポケットに手を入れる。
そこにある銀のロケットを…昔の恋人が渡してくれた思い出の品を握り締める。
「知らなかった…リズがノーバディって理由で苦しんでいたなんて」
心が揺れているクウの後ろでは、シャオもまた知られないようこっそりと呟く。
「あっちのリズ達はそれを受け入れて前に進んでいる。けど…内心じゃ今のリズみたいに苦しんでいたのかな?」
ノーバディと言う事を気にせず、周りを巻き込む程の明るさを持つリズ。
しかし、今出会ったリズの違いやウラノスの言葉に、自分の浅はかさを覚えていた。
「リズ!! 何処だ、さっさと出て来い!!」
乱入した二人から離れたウラノスは、大声を出してリズを探す。
しかし、リズの声どころか自分の声も返って来ず、ちょっとした物音すらも感じない。
「見つからない…さすがに死んだりは――してそうだ…!! あいつは何でも一人で抱えるからな…!!」
脳裏に過った想像に、ウラノスは頭を抱える。
母親を殺された事実に、ノーバディである事をリズは知ってしまっている。精神的に追い詰められている今の状態ならば、誰もいない所で消えると言う事も実現しかねない。
意地でも見つけなければと、不吉な想像を追い払ってウラノスは歩き出す。
「――あの子が心配?」
「誰だ!?」
後ろから投げかけられた声に、ウラノスは振り返る。
見ると、白い民族衣装を着た蒼く長い髪をした少女が立っていた。しかし、その華奢な身体に闇の様な黒い靄を纏わせている。
怪しさ全開の少女にウラノスの目が細くなる。しかし、少女はそんな視線を気にせずに口を開いた。
「私は【時詠みの巫女】…あなたに教えに来た。あの子に危機が迫っている」
「…どうしてそんな事が分かる?」
「私は時を詠む事が出来るから。詠んだ時の中に、あなたとあの子がいた」
そう話すと、少女はウラノスの目を合わせて衝撃の言葉を発した。
「あの子はあの二人と出会い、共に行動し―――いずれ消えてしまう」
「消えるだと!?」
さすがのウラノスも、今の話で警戒を解いて少女に詰め寄る。
すると、少女は軽く頷いてウラノスが来た道に視線を送る。
「あの子は特別なノーバディ。そして…彼らもまた、特別な存在だから」
「あの二人が?」
「あの少年は人間だけど、レプリカの力を宿してる。そしてもう一人は、右腕に刻まれた刻印によって与えられた『分離』と『融合』の力を持っている。もし彼女が二人と一緒に行動してしまえば、彼女は二人の裏切りによっていずれ捕らわれ――利用される」
「裏切り…!」
聞き捨てならない単語に、ウラノスの顔が一気に歪み出す。
「少年の身体は人間だけど一種の器、心と記憶を使えば他者に変えられる。彼の力は物質や力だけではなく、人の心にも適応する。その二つはいずれ悪用され…あの子を別の存在に変えるだけではなく、操り人形に化してしてしまう」
少女から語られる破滅の未来に、ウラノスの中で闇の感情が渦巻く。
しかし、僅かに残る少女への不信感が辛うじてウラノスの理性を留めた。
「…そんな事、俺に教えてどうする? 何を企んでいる?」
「未来を変えて欲しい。このまま三人が一緒になってしまったら、異端の存在は全て消えて光の存在だけになってしまうから…」
まるで願いを託すような言い方と共に、少女は闇と共に消え去る。
それをウラノスは黙って見送ると、乾いた笑みを浮かべた。
「消えたか。もしあの子供の話が本当なら…あの二人は消す必要がある。だが…考えようによってはあいつらは使えるな」
少女から与えられた情報を元に、ウラノスは一つの考えを思いつく。
すると獰猛な顔つきになり、真っ直ぐと自分が来た道を戻り出す。
近い未来に利用されると言うのなら――その前に、こちらが利用すればいいのだ。