第四話
同時刻、雷で構成された牢獄の中では激しい戦いが繰り広げられていた。
「サンダーブリッツ!!」
「ブラッティ・ウェーブ!!」
ウラノスが雷の突進を繰り出すと、クウは双翼を羽ばたかせ空中でキーブレードから闇の衝撃波をぶつける。
お互いに技を出し合うが攻撃はそれぞれ相殺される。ウラノスは僅かに残る闇を払うと、訝しげにクウを睨んだ。
「闇の力だと…?」
将来、闇や異端の存在を消す人物。そう少女から教えられたが、そうなれば闇の存在である彼も消えるのではないか。
そんな矛盾を感じていると、クウは更に上空に飛んでウラノスから距離を取り始める。
「おっと逃がさねえぜ!! スパークレイド!!」
即座にクウに向かって、電撃を纏った両手のチャクラムを投げつける。
この攻撃に、クウはとっさにキーブレードを盾にして防御する。
チャクラムが当たった直後、纏っている電流が武器を伝ってクウを襲った。
「っ!? や…ろっ!!」
痺れる身体を無理やり動かし、チャクラムを弾き返す。
だが、入れ替わる様に跳躍したウラノスが近づき、思いっきりクウを電撃が張り巡らされている地面へと蹴り飛ばした。
「うぐあぁ!?」
「オラオラオラァ!! 消し炭になれやぁぁぁ!!!」
「くそぉ!! ツッコミ所満載なのに暇がねぇ!?」
飛ばされたチャクラムを握って連続で斬り込むウラノスの攻撃に、クウはすぐに体制を立て直して地面に足を付かない様に浮遊しながら避ける。
(地面に足着いただけでも電撃が襲い掛かる…空中戦に持っていこうにも、こうも狭いんじゃやりにくい!! しかも電流纏ってる状態の武器を防げば感電しちまう!! オッサンよりも性質が悪いじゃねえか!!!)
ウラノスとの戦いに悪態を吐きつつ、昨日戦った一人の仲間を思い浮かべる。
あの時もフィールドは炎に包まれ、防いでも灼熱が襲い掛かると似た部分はある。だが、戦った相手は完全に回復しておらず、こちらには大勢の仲間がいたから勝てた勝負だ。
それに対し、目の前の相手は本気で殺そうとしており、味方は誰もいない。昨日と比べると、明らかに分が悪い。
「おせえぜ、スパークレイヴ!!」
「うぐぅ!?」
考え事をしている隙を突き、高速で何度も突進してクウを斬り付けるウラノス。
そうして止めを喰らわせようとしたが、最後の突進をクウはキーブレードで受け止めた。
「肉を、裂いて――骨を断つ!! ニゲル・プルートォ!!」
電流が襲い掛かるが、クウは防御しながら刻印に込められた『分離』の力を発動させキーブレードを双剣へと変化させる。
そうして一気に闇の斬撃を放つが、ウラノスはチャクラムを盾にして一撃を凌いだ。
「まさか、キーブレードを二本使えるとはな…やるじゃねえか、鴉野郎」
「本気で思ってねえだろ、電撃野郎…!!」
「バレバレか。まあ、俺は全然気にしないけどなぁ!! アングリーラッシュ!!」
そう叫ぶなり、ウラノスは目にも止まらぬ斬撃を繰り出す。
すぐにクウが翼で上に飛んで避けるが、頭上から雷を放たれる。
この追撃を横に避けていると、電撃の壁へと追い詰められている事に気が付いた。
「しまっ…があぁ!?」
気付いた時には既に手遅れで、ウラノスの放った雷が直撃する。
バランスを崩したクウに、ウラノスは一気に近づいて電撃の壁へと叩きつけた。
「ぐあああぁ!!?」
「こいつで沈みなぁ!!!」
そんなクウを、更にウラノスは電撃の張っている地面へと突き落とす。
全身が電流で痺れる中、クウはキーブレードを消すと右手に闇の力を込めた。
「――ダーク…サークル!!」
電撃の床に手を付けると同時に、クウを中心に黒の魔方陣を発動させる。
まるで上書きするように出現した魔法陣に、半ば転がる様に着地する。追加でダメージを負うのを防いだが、すぐに魔方陣の端が電撃に浸食されていく。
(やっぱり即席で構成したんじゃ全然持たないか…けど、これ以上ダメージを負わずに――)
本来、この技を発動させるには手間がかかる。それらを省いた状態で出しても、脆くなり壊れやすいのだ。
完全に魔法陣が壊れる前に立ち上がろうとした時、ポケットに入れていた銀のロケットが白い光を放って足元に転がっているのに気付いた。
「この光、まさか…っ!?」
「こいつで終わりなぁ!! クラッカーサンダガ!!!」
ロケットから放たれる光にクウが目を見開くと、上空にいたウラノスは雷の球体を放ってくる。
すぐにクウはロケットを拾うと、魔法を避ける為にその場で大きく跳躍した。
「ふっ!」
ジャンプしながら、拾ったロケットのチェーンをベルトに繋ぐ。
その間に魔方陣に球体がぶつかり、電撃が広がるように爆発する。こうして安全な足場が跡形も無く消滅する中、クウは床へと着地した。
「自分から足を踏み込むか。実に愚かだ――?」
ウラノスが着地しながら笑っていると、急に目を細める。
電撃の床に立っているクウが笑っていたからだ。
「ちっとキツいが…――動ける!!」
自信のある声で宣言すると共に、その場から消えるクウ。
これにはウラノスも驚いていると、背後から足を踏みしめる音が響く。
「ソードラッシュ!!」
「うおっ!?」
後ろから両手でキーブレードを振り払い、ウラノスを一閃する。
思わぬダメージを受けつつクウを見ると、電撃に足を踏み入れているのにしっかりと立っているではないか。
「なっ…!? てめえ、何だって立っていられる!!?」
「さあな…まあ、強いて言えば…『お守り』持ってるおかげだな」
肩で息をしながらニヤリと笑うと、横目でベルトに着けたロケットを見る。
(まさか、このロケットにも加護の魔法をかけているとはな……あの指輪と言い、約束と言い…スピカには助けられっぱなしだ)
昔の恋人を思い浮かべると、あの事件を思い出す。
敵に敗北し、服従の仮面を付けられ操り人形となったスピカ。一時的に仮面の支配から逃れた彼女は、一つの指輪とロケットを与えてくれた。
指輪は戦闘不能を回復する魔法を込めていたが、このロケットには所有者に対して属性攻撃を軽減させる魔法を込めている。そのおかげで、このフィールドでもある程度自由に動く事が出来るのだ。
彼女がくれたお守りに感謝していると、ウラノスは馬鹿にするように嘲笑った。
「お守りだぁ? ハン! そんなもんに頼るって、あんた随分と甘ちゃんだなぁ!!」
「違いねぇ…でもなぁ、現に俺はこうして立ってる……約束――いや、誓ったんだよ。“あいつ”ぶっ倒すまでは…誰であろうとこの力は渡せない」
「お守りの次は約束かよ…――いいぜ、だったら甘い考えだけでどうにもならないって事を思い知りなぁぁーーーーっ!!!」
チャクラムを強く握るなり、ウラノスは一気に間合いを詰める。
それに対し、クウはキーブレードを振り上げる。
「思い知るのは…てめえだぁ!!!」
そう叫ぶなり、ウラノスに向かって武器を投げつけるクウ。
この攻撃に、ウラノスはスピードを緩める事無く簡単に弾き返した。
「ハン、武器を手放すとはお前も終わ――ッ!?」
余裕の表情を浮かべたウラノスだったが、急に顔色を変える。
丸腰のクウが拳に魔力を溜め込んで迫っていたからだ。
「チャージドロップ!!」
「つぅ…!?」
拳で殴りつけると共に、魔力を爆発させてウラノスを吹き飛ばした。
「それともう一つ! キーブレードを使うのは、昨日が数年ぶりでなぁ……正直、殴った方がまだ戦いやすいんだよっ!!!」
キーブレード使いとして目覚めたのは11年以上も前だ。しかし、数年前に起きた一つの事件をキッカケにクウはキーブレードを失った。
その日から昨日の数年間、クウは齧りかけで使って来た格闘技を極める事となった。その為、格闘家としての戦闘スタイルはまだ捨てていない。
倒れるウラノスに種明かしをすると共に、拳を強く握って円形の装飾に魔力を込める。
(魔力を吸収し、肉体を防護するのなら――)
この武器を作った店主達の説明を思い出しながら、自分の中にある魔力を全て注ぎ込む。
(――その分、攻撃力と防御力を底上げ出来るっ!!!)
吸収させた魔力が、白いオーラとなってクウを包み込む。
相手は強い。そしてスピカのロケットを持っていても、電撃のフィールドを完全に防いでいる訳ではない。長期戦で勝てる見込みはハッキリ言って0だ。
ウラノスに勝つには、出し惜しみせずに一気にケリをつけるしかない。
「行くぜぇ!! アクロバット・アーツ!!」
ウラノスに向かってアッパーをぶつけて空中に浮かすと、飛び上がって怒涛の蹴りを放つ。
何処となくキレのある攻撃に、ウラノスの顔に初めて焦りが浮かぶ。
(何だこいつ!? 追い込んでる筈が、強くなっていってないか!?)
幾ら属性に耐性が出来たり得意だと言う格闘技に持ち込んだにしても、『落雷の牢獄』がある限り地の分では有利だしダメージ量もあちらが多い。こちらが優勢と言う状態にはなんの変わりもない。
そう考えている間にも、ウラノスは最後に放った蹴りで地面へと叩きつけられる。明らかに力も強くなったクウの攻撃に、ウラノスは内心で舌打ちした。
(この鴉野郎…逆境で強くなるタイプかっ!!?)
生物と言うのは追い詰められると、とんでもない力を発揮する事がある。窮鼠猫を噛む、背水の陣と言った言葉もまたそれが由来だ。
彼もまた追い詰められたからこそ、潜在能力をフルに引き出している。まさにリズのようなタイプだ。
強くなった敵に思わずウラノスが苦笑すると、上空でクウが蹴りを放とうとしていた。
「続けて喰らえ、エアリル・アーツ!!」
「何時までもいい気になってんじゃねーよ!! ブレイブストーム!!!」
急降下して蹴りをぶつけようとしたクウに、ウラノスは八本の電流の光線を張り巡らせる。
「なっ!?」
「絶影!!」
さすがのクウも危険と判断して攻撃を中断した隙に、チャクラムを水平に構えたウラノスはクウをすり抜ける様に一閃を放って吹き飛ばす。
飛ばされた先にある光線に触れると、残りの光線も意思を持つかのようにクウを中心に一点に集約する。
「がは…うあああああああっ!!?」
「そのままショートしやがれ!! サンダガァ!!」
光線に身体を焼かれるクウに、無情にも雷の上級魔法を放つウラノス。
「させ…るかぁ…!!」
ダメージを受けながらもクウはキーブレードを取り出すと、巨大な雷が落ちると共に上へと掲げた。
(シルビア…力を貸してくれ!!)
その祈りに答える様に、落ちた雷の大半はキーブレードへと吸収される。
放った魔法が吸収され、目を見開くウラノス。それを見て、クウは痛みを堪えながら双剣へと分離させた。
「てめえの力だ…受け取れぇ!! ブラスト・ノヴァ!!」
片方には闇を、もう片方には融合させた雷の力のキーブレードを振るい、大きく爆発させる。
この威力に辺り一帯に砂埃が起き、『落雷の牢獄』も存在の意地が出来ずに破壊された。
「やるな――っ!?」
これほどの爆発に巻き込まれたにも関わらず、ウラノスは倒れる事無く立っている。
そうして砂埃を払っていると、前方からクウが右手に闇の力を込めて現れた。
「こいつで…沈めぇぇぇ!!! ダーク・デス・インパクトォ!!!」
闇の力を溜めた拳で、ウラノスを力の限り殴りつける。
凄まじい音と共にウラノスは遠くにあった神殿の壁を壊しながら吹き飛ばされ、やがて瓦礫の中へと埋もれていく。
こうして動かなくなったウラノスを見て、戦いが終わったと感じたクウは荒い息でその場に膝を付いた。
「はぁ…はぁ…!! 神月の技、見てて良かったぜ…!!」
正確にはつい先程喰らいかけた技だが、助かった事には変わりない。
しかし、今の技が出来たのは右腕の刻印のおかげだ。『融合』と言う一つにする力が無ければ、今の芸当は出来なかった。双剣にするのも『分離』の力のおかげだ。
戦いが終わった以上、引き離したシャオと合流しないといけない。しかし、予想以上にダメージが溜まっており、クウは休憩を取ろうとした。
「確かに今のは凄かったが――」
この声さえ聞こえてこなければ。
「甘いんだよ、何もかもが」