第五話
聞こえた声にすぐにクウが顔を上げるが、その時には自身の体力が急激に吸い取られ始めた。
「ッ!? これ…ドレイン、かよ…!」
魔力はほぼ使い切ってしまった状況。更に僅かに残っていた体力が奪われてしまっては、立ち上がる気力すらも湧き起きない。
それと同時に、瓦礫から這い出したウラノスは残虐な笑みを浮かべて蹲るクウを見下していた。
「お前の体力を奪ったんだ…もう何も出来やしまい!!! 疾風迅雷ィィ!!!」
「ぐわああああああああっ!!?」
容赦なく高速で繰り出す斬撃や雷の連続攻撃に、抵抗すらも出来ないクウは悲鳴を上げて身体中を切り刻まれる。
ようやくウラノスが攻撃を終えると、クウは虫の息となって地面に倒れる。戦闘不能どころか瀕死になっているのか、もはや指先すら動かせない。そんなクウをあざ笑うかのように、ウラノスは歪んだ笑みでチャクラムを肩に担いだ。
「本気じゃない俺とここまで戦えたんだ、あんたは良くやったよ。だから…右腕奪ってすぐに、楽に死なせてやる」
(あれで…本気じゃ、ない…!? ダメだ、身体が……意識も…もう…――)
立ち上がらなければいけないのに、限界なのかクウの視界が闇に染まっていく。
そんな中ウラノスは何も出来ないと判断したのか、握っているチャクラムを大きく振り上げた。
「じゃあな。せいぜい、あのクソガキとあの世で仲良く暮らしなぁ!!!」
電圧を纏わせたチャクラムを握り締め、右腕を切断するように一気に振り抜いた。
直後、いきなりクウの姿は闇と共に消えチャクラムは地面へと突き刺さった。
「何だ!?」
「ったく…あと少しでも遅れてたら本当にやばかったぜ」
目を疑う光景にウラノスが驚いていると、上の方から低い声が投げかかる。
ウラノスが視線を上げると、そこにはボロボロの状態であるクウが片足を上げてクリスタルの玉座に座っていた。
「この《物語》は俺らが必要以上に干渉してはいけないって話だってのに…――てめえの所為で正義中毒に処刑されたら、どう責任とってくれんだ?」
何処か不満げに視線を送りつけ、片手で支えるように身体を傾けるクウ。
見た目はボロボロのままで回復はしていない。しかし、話の内容と言い態度と言い、明らかに今まで戦っていたクウではない。それを直感で感じ取り、ウラノスは彼を睨みつけた。
「てめぇ…何者だ?」
「《何者》って言われてもなぁ? ま、お前の好きに呼べばいいさ」
クウの身体を借りて悠然と答える彼に、ウラノスは舌打ちしつつ疑問をぶつける事にした。
「どうして邪魔する? そいつの身体を乗っ取ってまで?」
「――消す訳にはいかないんだよ。こいつもシャオも“俺達”の未来を背負ってるからな」
彼は急に表情を変えると、何処か真剣にウラノスに答える。
それでも相手はちゃんとした答えを教えてくれない。それが分かり、ウラノスは話すのを止めて再び武器に電流を溜め込む。
「ハッ、まあいい。あんたの事情がどうあれ…俺はリズを人間にさせてやんなきゃなんねえんだよっ!!!」
バッと地面を蹴るなり、玉座に座る彼に目掛けて突進する。
そのままチャクラムで胴体目掛けて斬り裂く――が、チャクラムは玉座に当たり甲高い音を響かせた。
「一つだけ言って置く」
後ろから聞こえる彼の声に、弾かれたようにウラノスは玉座の上で振り返る。
「俺は、こいつよりも強いぜ?」
彼――《クウ》は笑いながら右手を光らせ、キーブレードを取り出す。
それは白と黒…四つの翼で形作られた、今まで振るっていたよりも一回り大きなキーブレードを。
「何だ、そのキーブレード…」
「【白夜への標】。俺が使うキーブレードだが、文句あるか?」
「名前を聞いたんじゃねぇけど、なぁ!! 雷光斬!!」
その場でチャクラムを振るうと、クウに向かって大量の雷を落とす。
すると、背後に白黒の双翼を纏って雷を防ぎながら一気に間合いを詰めた。
「ウィング・アーツ!!」
「つぅ!?」
ウラノスを空中に蹴り上げると共に、キーブレードを先程よりもサイズが大きい白と黒の双剣へと変化させると連撃をぶつける。
そうして攻撃を終えると、ウラノスは痛みを堪え受け身を取って着地した。
「そのキーブレード、見掛けだけ変わった訳じゃねえようだなぁ…!!」
「ったりまえだろ、このガキィ!! ターンクローズ!!」
クウは双剣を握り、ウラノスに向かって回転切りを放つ。
「当たるかよぉ!! サンダラ連発!!」
すぐに後ろに跳んで斬撃を避けると、クウに向かって中級の雷魔法を放つ。
次々と頭上から繰り出される雷に、さすがのクウもウラノスに近づけずに距離を取って避ける。それを見て、ウラノスが武器に電圧を込める。
「切り刻まれなぁ!! サンダーカッター!!」
両手のチャクラムを投げると、意思を持ったようにクウへと襲い掛かる。
「グランドクロス」
襲い来るチャクラムの間を縫ってキーブレードを振るい、X型の衝撃波をウラノスに繰り出す。
さすがに直撃はマズイと感じ取ったのか、急いで横に避けた。
「っと、危ねぇ――ッ…!?」
そうしてクウを見ると、なんとこちらに背を向けて下へ続く階段へと駆けている。
「くっ! 逃すかぁ!!」
チャクラムを手元に戻し、ウラノスは急いでクウを追いかける。
後に続く様に階段に足を踏み入れた時、先に降りていたクウが突然振り返った。
「奪われたら、奪い返す――」
その呟きに、誘い込む罠である事を知らされ足を止める。
この階段では少なくとも横には避けれない。そうこうしている内に、クウは真正面にいるウラノスに向かって一気に駆け込む。
「――これぞ倍返し、ってなぁ!!」
「ぐおっ!?」
思いっきりキーブレードで薙ぎ払うクウに、ウラノスはどうにかチャクラムで防御する。
しかし、重い一撃に神殿内部まで吹き飛ばされる。そうして地面に叩きつけられていると、何故か身体から赤黒いオーラが立ち上る。
そしてウラノスから出たオーラは、階段を上ってこちらに近づくクウへと吸収されていき傷を癒した。
「てめぇ、その力は…!!」
「見ての通りだ。キーブレードでお前の体力を分離させ、俺に融合させている。名付けて『ドレインウェポン』って所だな」
「攻撃を受ければ体力を奪われる訳か…へっ、やな趣味してるな」
「俺は魔法が苦手なんだ。現に威力はそれほどないし、使えるのも攻撃に限定される」
ウラノスの皮肉に食って掛かる事もせず、淡々とクウは事実を述べる。
「俺が傷付けば周りの奴らも傷つく。だからと言って、毎回薬や他人に頼る訳にもいかない。だから与えられた力を使ってこの方法を編み出した。もっとも…“こいつ”が力の扱いに慣れていなければ俺も使えなかったがな」
軽く右腕に目を向け、ニッと口の端を持ち上げてクウは笑う。
他人の筈なのに、何処となく本人にも思えてくる会話。この矛盾に、ウラノスは乗っ取っている人物を訝しげに睨みつける。
「てめえ…本気で何者だ?」
「少しは自分で考えてみろよ」
逆にクウが睨み返すと、その場で一歩足を引いて魔力を高めてくる。
魔法を放つと分かり、ウラノスは即座に魔力を解放する。
「サンダ――!!」
「落ちろ、グラビガ!!」
それよりもクウの方が早く魔法を発動させ、ウラノスの頭上に重力の球体を落とす。
残っている体力を割合に応じて減らす魔法に、思わず攻撃を中断する。
「やらせるか!? サンダーダッシュ!!」
雷を纏ってクウへとダッシュし、魔法を避けると同時に攻撃を繰り出すウラノス。
この素早い攻撃に、クウは笑いながらキーブレードを素早く構えた。
「待ってたぜぇ!! カーネージシザー!!」
「ぐああああぁ!!!」
迫るウラノスを逆に斬り付け、再び振るって思いっきり吹き飛ばす。
そして、遠くの瓦礫へとぶつかって辺りに砂埃が起こった。
「どうした? もう終わり――なにっ!?」
余裕の表情を浮かべクウが笑っていると、砂埃に紛れて電撃の弾が幾つも襲い掛かった。
「うおぁ!?」
「まだに決まってんだろぉ!!! いけぇ、エアロスパーク!!」
「がぁ!?」
今度は砂埃の中から電気を纏った鎌鼬が二つ現れ、クウに直撃する。
更なるダメージにクウが呻いていると、一つの変化が起こった。
「効果が消えてる!?」
「サンダーレイド!!」
今の攻撃でキーブレードに宿していた『ドレインウェポン』の効果が消えている事に気付くと、砂埃からウラノスが現れチャクラムを投げつける。
不利になった状況にクウは軽く舌打ちしつつ、キーブレードに闇を溜め込んで振り下ろす。
「ブラッティ・クロス!!」
先程とは違って黒いX型の衝撃波を放ち、迫るチャクラムに当てる。
こうして攻撃を弾き返すと、ウラノスが手を動かした。
「サンダガァ!!!」
「うぐぉ…!?」
ウラノスのフェイント作戦に見事嵌り、巨大な雷がクウに直撃する。
これにはクウも膝を付くと、ウラノスが戻って来たチャクラムを取って切先を突き付けた。
「どうした? こいつよりも強いんじゃなかったのか?」
「それは、これからだ…!! こうなったら、意地でも師匠らしい所見せてやるよ…!!」
痛みを堪えながら、キーブレードを杖代わりにして立ち上がるクウ。
体力や魔力は使い切った状態のはず。それなのに、戦意を失わず戦おうとする彼にウラノスは思わずため息を吐く。
「お前、その鴉野郎の身体でよく戦えるな。いや…そもそも、どうやってそいつに乗っ取って――」
疑問をぶつけたその時、クウを中心に闇が立ち上る。
ウラノスが表情を強張らせていると、クウは静かに口を開いた。
「混沌(カオス)…――いや、心の絆とも言うな」
闇の正体を口にすると、何処か遠い目で周りにある神殿を見回す。
「前に知り合いの遺跡オタクに聞かされた。無力な女神が住む、混沌に満ちた死者の集う場所。そして…死の女神が息絶えた、時から切り離された世界――【ヴァルハラ】。と言っても、ここは時空の狭間に存在する影の世界だ。時間の概念が存在しない世界、見えざる絆となる混沌、そして…」
ここで言葉を切ると、クウはキーブレードを消して自分の右腕の裾を捲り出す。
そして、剣とハートが合わさった模様をした――シルビアの刻印を、ウラノスに見せつけた。
捕らわれた彼女を救える力――希望を託した証を。
「シルビアの力を持ったもう一人の『俺』。これらの条件があったから、俺はこうやって助ける事が出来た。それだけだ」
「なるほど…あんたは別の世界の鴉野郎って事か。それなら納得だ」
分かりやすく話を纏めると、違う次元に住む彼と同じ人物が助けに入った。それにウラノスは納得を見せる。
だが、話が通じたにも関わらず、どう言う訳かクウは目つきを鋭くさせた。