1-11 プロローグのプロローグ(終)
四月二二日
いきなり日付が表示されるのは、やはりクソゲークオリティ、制作者の計画性の無さと作りの粗さが全開だ。ということで翌日になった訳で、俺はゲームと現実の融合した世界の二日目を迎える。
とある家の一室、電気が消され、薄暗さが占めるその部屋に一筋の眩い日の光が射している。 一室に備え付けられた網戸のすぐ近くには、装飾のない厚めの水色カーテンが、ゆらゆらと風に吹かれていた。
網戸を伝って舞い込んでくる心地よい春風が、部屋を包むように静かに舞い踊る。
そんな温かい朝の中、布団の中でゆっくりと俺の意識は覚醒していく。 寝ぼけた頭で見えるのは、何の変哲もないうす汚れた自室の天井。 あまりにも見慣れた景色に、少し嫌気が指して、天井から意識を逸らした。
「ん?」
意識を逸らした途端にその違和感へと気付く。自分の体の上に何か不自然な重みを感じた。いや現在進行形で感じている真っ只中である。
その重さの要因が俺の愛用している冬と春には大層お世話になる布団ではないだろうし、かといって本やゲームのケース・コントローラーなどの固いものが紛れこんだ訳ではないだろう。そう、なにか温かみを持っていて、それでいて魅惑的にやわらかくて小さく精巧に布で編まれた人形のような……
「(人形?)」
視線を動かし、自分の体の上へと焦点を合わせると――
「起きたか」
「!?」
あまりの衝撃に眠気が一気に吹っ飛んだ。そこに居るのは、実際居てはいけないもので……いけないヤツで、なぜにここに? なぜお前……という疑問に関してはお前しかいないか、と少し納得せざるを得ないが。
だとしてもなんでお前が居るんだよ、と。というか何処から入りやがったんだ!?
「ちょ、おまっ!」
その衝撃による焦りによって、体に乗る”コイツ”にしどろもどろにながらも言い放つ……いや、しどろもどろにもなるでしょ。朝起きたらいきなり体の上にコイツが居るんだぜ? 冷静に対処できる方がどうかしてるね。
「男の体とは大きいものじゃな、わしの体はすっぽりと収まってしまったぞ」
「……まて、その言い方は別の意味に捉えられかねない」
その発言はマズイ。俺の指す別の意味は言わないけどマズイ。というかわざとかっ! 昨日のように釣りなのかっ! こんなのに釣られクマー!?
「よいではないか、よいではないか」
……ここまでの展開で皆さま方もお察しの通り、じじくさい物言いの小柄な少女が体の上に乗っかっていた。ちょうど俺の胸辺りにその少女の体、見上げれば幼い顔がある。その小柄な少女は自分を俺の妹と言い「桐」という名前を持っているのだ。
「ここは……とても温かいな」
なにその人生に疲れて行きついた先がここだったみたいな表情。
「この上は非常に和む」
人の体の上で和むなんてどうかしてる。人を電気座布団と同列にしか考えてないんだろうか?
「……人の体の上で和むな、はやく下りろ」
そう冷たく言い放つと、即効で手のひらを返し。
「ちぃ、つまらない男だ。これだから今まで彼女歴零年なんじゃ」
と、理不尽に罵られた。
「つまらなくていい、寝起きに楽しさやスリルやらを求めたことは金輪際、一度も思ったこと、考えたことすらない、だから離れろ――と冷静に返したいところだが、まてや。彼女歴〇年だと何故決めつけるのは早計と偏見に塗れているからな!」
「ふぅん……じゃあ実際のところどうなのじゃ?」
すると突然桐の表情が険しくなる、アレだ。冗談を言い合っている途中に話相手が途中で真顔・真面目になりあの面倒臭さな感じだ。
その俺の彼女歴なんて知っても何の得もないだろうし……いや、後々ネタにされる可能性というデメリットが俺にはあるじゃねえか!
言ってやるものか、だからここでの選択はスルーだ。
「はっ、お前に言って何に――」
「どうなのじゃ?」
「だからさ、お前に言っても――」
「どうなんだ?」
「お前なんかに――」
「答えろ」
「ありません」
「……そうかそうか、ならば良いじゃろう」
うおーい負けたぞ? 桐の発する謎の圧力に俺は打ち負かされてしまったんだが! というかなんだよその容姿以上の貫禄は。
……正直に答えただけで、今は「やっぱりそうじゃろうな、わしが初めてに決まっておるものな」とニヤニヤと呟いているのだからそのギャップにはあの桃色髪姉妹のモ○も驚きのことだろう。
「いや……もうその話題どうでもいいんで、どいてくれねぇかな?」
「だめじゃ。このすーぱーぼでぃで、貴様を悩殺してからだ」
と言ってその年相応で未来に溢れた体を持つ少女は起き上がり、俺に馬乗りした……先程も似たようなものだったのだが今回ばかりはグレーな腰部でのその姿勢だ。
「……色々とまずいし悲しくなってくるから、さっさと落ちろ」
悲しげにも平らで曲線の無い体を見て彼はそう言う。いくら未来に溢れていても現状は貧しい。悩殺という言葉はお前にとって程遠く譲っても十数年近くも早いという虚しさ?
それでも言わずもがなこの体勢この状況は芳しくないので、俺は自ら体を起こし強引に桐を振り落とした。
どすっ。
フローリング床と桐頭蓋のぶつかり合いによって生まれた鈍い音が部屋に響いた。俺が起き上がったことによって桐は体勢を崩して地面に転げ落ち、軽く打った頭を押さえながら涙目で怒鳴りつける。
「いたっ! 貴様、大事な妹に何をするっ!」
なんとも自意識過剰な発言を向けられた。 大事っていう表現は第二者や第三者がするものであって本人が言ったらただ痛いだけだと思う。
「何をするっ! っていうのはこっちの台詞だろ……」
ちなみに昨日の内にゲームの設定上作られたのか、かつての数々のガラクタが埃を被っていた空き部屋兼我が家の物置スペースは、ポップなぬいぐるみやら本やらが埋め尽くす桐の部屋に変わっていた。
……まぁどうせぬいぐるみも本も隠れ蓑で、桐の性格を暗喩した「妹らしくない代物」が出てくるに違いないことは大抵予想出来たが。
「自分の部屋で寝ろって言っただろ」
「そんな一方的な主張に従うつもりなど、聞いた当初からさらさらないわっ」
「はぁ……」
かなりの我儘ぶりかつ幼稚な思考に俺は言葉も出ず、ただ深いため息をついた。見かけは子供、中身も子供、喋りだけババア!
「じゃあ……今度から鍵締める」
そう言うと桐は、顔色と声色を変えて。
「おにいちゃんを抱いて寝ないとよくねむれないの!」
老人喋りなら「俺を抱き枕にするな」とツッコむところだが、この猫被りヴォイスだ。
「とりあえず、その喋りでセクハラ発言は止めてくれ」
「ムラっときたか?」
「いや……」
色々と残念に思う。こんな容姿の少女にそんなことを言われる今の状況って一体? っと考えざるを得ない。それだけ俺には出会いやらウキウキイベントが不足し、こんな犯罪直前の展開になっているのだろうかと思ってしまう。
「まぁ、どうでもいいや」
「よくないわっ、今すぐムラろ」
ムラろって何なのか、その新しい動詞についてニ時間に渡って問い詰めたいところだが自棄しておく。なにせ面倒臭いし意図する意味が分かるから困る、俺が問い詰めたいのは”なぜお前からその言葉”ということである。
こいつが発言をする度に気が遠くなり、ツッコミをする度に俺の体力が奪われていく。何回つっこめばいいのかと。実はこのツッコミをする度に精気が吸われていて――この俺の疲労感は新手の吸血鬼故なのだろうか。
「とりあえず部屋を出ろ」
「何故じゃ、訳を申せ」
「着替え――」
「ならば断るっ!」
「着替える」という非常に簡潔かつ全うな理由を言おうとしたのに途中で切られ、バッサリ断られた。
というかお前が断る権利はないだろよ。そして俺の発言の自由を奪う権利もないだろよ……仕方なし、強行手段に出るしか道は無さそうだ。
「はい、でてけー」
「貴様っ、首根っこを掴むな! ……そしてドアを閉めるな開け――」
バタンッ。扉を閉め、カギをかけることによって、やっと安息の時間がやってきた。
「ふぅ」
やっと一人の時間が出来たと一息をつく。決して賢者タイムでないことを予め弁護しておく、欲情などは俺の発言から察するに皆無であろう。そして実際のところはほぼ呆れ状態である。
「なぜこんなことに……」
”こんなこと”とは今までの通りだ。俺の買ったゲームをパソコンで起動したところバグのようなことが起こり、あるダイアログに表示された。
『世界浸透化の準備が整いました、よろしければ”スタート”をクリックしてください』
それでスタートをクリックした結果がこれだよ。世界が真っ白に染まって次に景色が戻った頃には世界は変化していた。朝、表では幼馴染の呼ぶ声が聞こえる日常、その幼馴染が数分後には交通事故に合ってしまうという決められた日常。それは異常であり今までの現実とは全く異なるものだった。自分で道を開かなければ前へ進めない、それは現実と同じだろう。
しかしその道の途中に居るはずのない”架空”の人物が存在していること、そしてその道さえも”架空の人物”の都合で作りかえられている。
流れに身を任せれば簡単だろうが、それは大きな間違い。それはゲームの”シナリオ”という固定された道に過ぎないわけで。
その道を進んだ結果、あの事故が起こった
そうして世界は逆戻りし、また最初の朝、自分の体を起こす場面からやり直される。その事故の記憶を俺は残したままで。
そして、事故の二の舞を踏まないように自分はその固定されていた道を自分の行動によって捻じ曲げ変えた。これから先も同じようなことがあるのだろうと思う。 しかしそれを乗り越えなければ前へは進めない。
俺はすっかり着なれた学ランの袖に腕を通し、第一ボタンを残して全てのボタンを留める。そして教科書やノートがぎっしり入ったカバンを持ち上げて肩にかけて、その自分の部屋の扉を開ける。
「貴様っ! よくもわしを締め出しおったな! 許さぬぞっ!」
「はいはい、ごめんごめん」
「流したおったな! 明らかに流したじゃろ!?」
「飯、飯〜」
「女より飯をとるのかっ!」
「飯」
「即答!?」
「※ただし桐以外の女子を除く」
「何故わしをそこまでして、弾くのじゃあっ!」
「自分の胸に手を当てて考えてみましょう」
「……誰が薄い胸じゃと?」
「言ってねぇ、それは確かだが」
「! ないすばでぃになればお主は振り向くのかっ!」
「性格にもよる――おっともうこんなじかんだ」
「いきなし棒セリフになりおった! 面倒臭いのか! わしの相手は面倒か!」
「五分五分……かな?」
「何と五分なのかがわからぬっ!」
「その答えは、いつまでも心の中に」
「あるわけなかろうがっ!」
まだまだ未知数で、行き先不明の不思議な世界を、俺は歩き出している。
序章一話終