2-2 俺達の戦いはこれから、だと思ったら既に始まっていた。
休み時間。
美術授業での移動教室で美術室への階段へと急ぐ俺とユキの二人。ちなみに俺らの教室である一年三組は、一階に位置するが美術室は四階に存在する。
階段を伝ってしか上階には上がれない、公立でこんな地方の町の高校では果てしなく妥当な階段設備のみの移動手段故に三階分の階段を上り切るしか上階へと行く手段はないのだ。
「急いでユウジっ」
「ああ、わかってる!」
そんでもって俺らは、片手に筆箱と美術の教科書を持ちながら階段を二段飛ばしで上っていた。
「ユウジが教科書ちゃんと用意しておかないからだよー」
「いや、すまんかったー」
そうなのだ。ユキの言う通り俺に非があった。
種類問わず押し込まれたブラックホール、否、異次元空間(要すれば整理されてない)と化した机の中には、様々なプリントや教科書ノート資料集が入り混じていて。美術の授業は週二しかないために頻度が低く必然的に基本教科が上へ、その使用頻度の違いによって下へ追いやられていた。そのせいあって教科書をその机から抜き出すのに時間を要したという次第。
それに加えてさきほどのストーカー視線問題を引きずり、今までの記憶の中で復讐を買うような事柄を洗いざらい思い出していた。案の定一切思い当たりは無くただ無駄な時間を過ごすことになったのだが。
そうして次が移動教室なのも忘れ、ぼーっと机に頬杖をかいていたのが遅れた原因だった。ユキに呼びかけられなかったら完全に忘れていただろう。
まぁそんな階段ダッシュの賜物か、チャイムが鳴る10秒前に美術室に滑り込めた。うーん、危ない危ない。隣に居る、走ってきたせいで息を荒くするユキに「ごめんっ」と手を合わせて俺は謝った。
で、美術の授業も卒なくこなし、終了のチャイムとともに授業は終わりを迎えたのだが――
「ユウジはやく!」
「わかってる、わかってる」
準備が遅い人は片付けも遅い、案外多いパターンだろう。自己擁護してんじゃねぇ? ……反省してます。
「よしおわったっ」
「うんっ! じゃあダッシュ」
ユキは足踏みしながら待っている。なんとも準備は万端だ。行きもそうだが帰りもユイとマサヒロは「じゃあ僕らは先に行く」「我は描きたいのだオニャノコをっ!」とか言って無情にも世の中は冷たいなあと思いつつも先に行っている。
帰りも「僕らは先に行かせてもらおう」「今度は文章体の何かを読みたい衝動に駆られているっ! さらばだっ」と言ってチャイムが鳴れば予め十分な授業内容を行った後に速やかな片付けを実行の後に教室に撤収していった。
もう二人には休み時間に対しての謎の行動力を見せつけられている。どれだけ自分の時間が欲しいのかと。
結局片付けのかなり遅い俺はユキを待たせ、いつのまにか残っているのは俺とユキの二人のみになっていた。
あれは授業に熱中し過ぎて授業内に片付けを遂行出来なかったのが主な要因なんだよな……次回から時計の時間を気にしよう。
「あと一分半かっ」
気付くと次の授業まで1分半を切っていた。しかしまだ階段を1階分さえ降り切れていない……これは微妙にある脚力を発揮せねば!
「あっ、ユウジはやいっ!」
くそお遅れてたまるか! ちなみに遅れた分は”遅刻”としてカウントされる。遅刻二回で欠席一つ分というなので単位を取るためにはかなりに侮れない。
ユキが若干遅れているがやむを得ない……いや、後で頭を下げて謝ろう。じゃあ待ってやれよ? 遅刻ごときで欠席半回分も使っちまったら……普通にズル休み出来ないだろ!
というヘタレ主人公もびっくりな外道振りを披露している俺は、更に付け加えて――
「俺のせいだが、急ぐぞっ」
スーパーなゲス野郎である。思えばなんてサイテー野郎だろうか、こんな奴は馬に蹴られて●ねばいい
よ……あとで●んできます。
なんて遅刻と最悪な主人公行動の思考板挟みによって混乱している最中、後ろで何か声が聞こえる――
「下りでそんなはやく走れな――あ」
その時、ユキの言葉が途絶えたのには理由があった。最後に付いた言葉の「あ」を不審に思い恐る恐る後ろを振り返ると――
「――――っ!」
なんと表現をすればいいだろうか……ユキが浮いていた。と、でも言えばいいのだろうか。人は空中飛行を成す技術を手に入れたのか?
……冗談を考えても仕方ないので階段を踏み外したか、階段の滑り止め用ゴムシートの僅かな段差に躓いたのだろう。そしてユキの影は俺に向い――
「危なっ」
ドガッ――という音こそなかったが、結構な衝撃。いくら女の子は羽のような重さとは言いそうだが、人が衝突するのだから、案外クルものがある。
「……」
気づくと俺はユキを地面へ落とさぬようにユキを抱きかかえながら宙で放物線を描いてから、地面へとぶつかる鈍い音と共に俺は地面に腰で着地した。
「つっっっ」
俺は腰を思いきりタイルの床にぶつけている訳で言い知れない鈍痛が俺を襲う。しかし大事には至ってはいないようで痛みは直ぐに癒えてゆく。
ユキが(失礼かもしれないが)思いのほか軽かったのが俺にとって良かったのかもしれない。
「〜〜〜〜っ」
ユキが目を瞑りながら唸っている。
「ユキ大丈夫かっ?」
もしかしてどこかに体をぶつけたのだろうか? そんな不安に駆られる中。
「……へ? ユウジ? え? えっ?』
何か辺りを見回しながら混乱していた。俺はどうしたものかと周りを見渡すと。
「!」
そして今状況を理解する。座っているとはいえユキが俺に抱きつくような体制になっていたのだ。それは俺にも言えることで、俺がユキに抱きついているようにも見える。
ベタだ。ベタ通り過ぎてヴェタだ。昔にビデオ戦争で敗北したのはベータマッ●スだ。でもそれがユキの神経を刺激したようで……
「あわわわわわわっ! えええ、えととと!」
ユキの言語機能が壊れてしまった。ユキは顔を真っ赤にして――
「ごめ、ごめんねっユユユウジ! け、けけけけけがしてない? だ、だいじょぶ?」
その余りのあわてぶりに俺もつられてしまい――
「いやっ! 大丈夫っ! 元気! 生きてる! うん!」
こう冷静に考察してても、実は相当俺もパニくっている。抱きつくという行為自体初めての童貞野郎には刺激が強いもので、なにか女の子のいい香りが……はっ!?
まてや、この状況を生徒どころか教師に見られたら!? というかそれ以前に――
「す、すまんっ」
と謝りユキから直ぐに離れる
「こちらこそごめんっ! た、助けてくれたんだよね!?」
「い、いやっ! うん! まあ、なりゆきだけども!」
思わず肯定しちゃったよ。自然にユキを抱きかかえちゃっただけなのに。
「……そっか、ありがと」
「あ、ああ」
「……」
「……」
あ、あれ? いきなし? なにこの微妙にもどかしい空気、凄いこそばゆいんだが。ええと、さぁどうすればいい!
『キーンコーン』
チャイムの音で、俺は平静を取り戻した。
「つ、次って数学Iじゃねっ?」
「あ、うん急ごうっ! ユウジ!」
と言って残りの階段を駆けていく俺とユキ。そしてチャイムが鳴り終わった三十秒後。教室に滑り込みするが数学担任の姿はなく。
「やぁー、ごめんごめん」
と、爽やか新米教師がその一分後に遅れてやってきたのだった。その爽やかさに俺の急いだことによって消費されたカロリー返せよと心の中で静かに呟いた。
階段を下りる際のユキの横顔は、少し赤く見えたが……「気のせいだな」の一言で俺は片づけ、授業の道具をそそくさと机(異次元空間)から放り出した。
この時までには、おそらく”あの”視線が消えていた。さきほどの事件が衝撃的で、思考する余裕など無かったのだが、確実に今”第三ヒロイン”のフラグが立っていたと思う。
しかしそのことに気づくのは少し先で、それはもう手遅れだった。