2-3 俺達の戦いはこれから、だと思ったら既に始まっていた。
…………さて状況を説明しようか。
その説明と言ってもそこまで細かく状況を伝えられそうもない、この思考をする余裕さえも惜しいほどだ。
それで、じゃあお前は今どんな状況なのかと――そうだな、言うなれば。
現在俺は殺される一歩手前まで来ている。
なんかアブナイ薬とか毒を盛られてジワジワとじっくり体の中から殺されるとかではない。
喉元には鋭さを強調する眩いほどの金属光沢を放つ小型の折りたたみ式ナイフが突きつけられている。 ようするに頸動脈がピンチ、大量出血の危機到来だ。
「殺される」という表現から分かると思うだろうが、他者にナイフを付きつけられていて――
「あなたを殺せば……うふふふ」
これこそが、狂乱と言うのだろう。狂気に蝕まれた女生徒がナイフを右手に持ちながら妖艶に笑う。
なぜこんな事態になったか経緯というか、ちょっとした回想を入れたいと思う。
* *
「むむぅ……」
いやぁ……あんなことでビビってたらこの先マズイ気がするんだよな。 あぁ……でも、女の子ってあんなに柔らかくて、いい匂いがするんだぁなぁ――っ! げふんげふん! まずい変な意味に聞こえるっ! け、決してある特定の場所をさしているのではないぞ! ユキ全体をだな! ……あぁ、墓穴掘ってるよなぁ。
……違うことを考えよう、うん。
「第三のヒロイン」のイベント。はてさていつイベントが発生するような事件があったのだろうか。イベントはたいてい何かが伏線となり、その伏線が活きてこそイベントが成立する(のはあくまで俺の独断と偏見)
例えばRPGモノで、あるアイテムを初期に手に入れたはものの、その時点では全く役たたず。 最後のほうになってそのアイテムの真価が発揮されて物語が左右される。そんな例えで合っていると俺は思う。ようするに後々になって分かることなのだ。
で、そのような事件に遭遇していただろうか……まぁストーカーはされているけども。それによって突然その第三ヒロインに行動を起こさせることは無いだろうし。
なにか起爆剤のような事件が先にあるはず。しかし、そのヒロインとの接触が出来ていない。いや知らないだけでしてるのかもしれないが……やっぱりそんな事件は無かったはずだ。
「まぁ、大丈夫だろ」
気楽に考えときゃいいか、実際はギャルゲのキャラクター。そんなプレイヤーからの人気を落とすような性格設定はしないだろう。
「気晴らしに……トイレ行くか」
少し歩いたら気も晴れるだろ……あと数分しか休み時間はないし行ってくるかな。
「……さてと」
もう時間も残り少ないし教室に戻るか。男子トイレを抜け廊下に足を踏み出した瞬間だった。
バスッ――
「あ」
何かが首に入った、多分人の手だろう。首を強く打たれると、意識を失っていくのをドラマとかで見たことがある。それが今で、俺の意識は次第に―――
「はっ!?」
こ、ここはどこだっ!? 薄暗く明かりが点いていない。何か近くには段差のようなものと人影が見える。目が慣れ始めて視界がひらけると段々今の状況を理解出来始めた。
ここはどうにも見覚えが有り、すぐに思い出せば。昨日桐に連れていかれた一階から下へ続く階部分だ。
そしてその影の主がそこには居た――その主とは全く意外な人物だった。
「姫城さん……?」
そこには清楚で長い黒髪を纏った。ユキとは違った大人しめで、違う綺麗さ可愛さを持った姫城さんがいた。
そんな風に評価しているのも、以前に筆箱を拾った時だけの印象のみで。あの一瞬で彼女は相当な美人だと俺は認識していた。
「な、なんで俺はここに?」
「……大丈夫ですか?」
階段に腰を抜かしたように座り込む姫城さんは心配してくれる。きっと、主に昨日のことで恨みを買った男子に襲撃されたのを姫城さんが助けてくれたのだろう。ああ、なんて優しい人なんだ――
「綺麗に首に入ったのでびっくりしました」
……へ? 何を言っているんだろうこの人は。助けてくれたという解釈でいいんだよな? いやいや、こんな心配してくれた訳だし、きっと何か聞き間違いだろう。
「えと、姫城さん助けてくれたんだよな?」
「なんのことですか?」
なるほど気を使わしているのか。いやほんと姫城さんは優しいな――
「私が眠らせたんですよ? ……かわいい寝顔でした」
……あなたかっ! あなただったのかよっ!
「あ、そういえば。ユウジ様を呼び出した理由があるんです』
「……なんでしょうか」
思わず低姿勢になり、恐る恐る聞いた。というか呼び出しの為に眠らせるって……なんというか強引な人だな。
「その理由はですね……」
次に出るであろう言葉は、平常な神経をしていれば言っていないであろう言葉で――
「あなたを殺すためです」
「は!?」
そういって姫城さんは女子のブレザーのポケットから折りたたみ式ナイフを取り出し、流れるように手慣れた仕草で刃を広げ俺の喉に突き当てた。
その間僅か五秒。殺しのプロだ。まさかこの学校に暗殺者が紛れているとは突飛な想像力を持つ変人以外予想すらしないだろう。
* *
……で回想を終わり。そんで冒頭へ――
「な、なんでこんなことするんだよ!? 俺が何かしたのかっ!」
若干声が震えているのが自分でもわかる。そりゃ、死の淵を彷徨ってる訳だ。生死の境が近すぎるからさ……俺の命と寿命は、姫城さんが握っていると言っても過言ではない。
「あなたは罪作りな人ですね」
「え」
やっぱ、俺、何かしたのか!? しかし記憶をひっくり返す余裕はない。
「私をこんなに虜にしてしまうなんて」
……イミガワカラナイデス。何故、虜にされたイコール殺すに繋がるのだろうか?
「ええと、言いそびれていました。ユウジ様私こと、姫城舞はあなたのことが好きです」
「えっ」
思わずドキッとしてしまう。女の子に、それも容姿端麗な娘に告白されるなんて……喉にナイフが突きつけられてなかったらどんなに心から喜べたことか。
なにこの最悪なタイミングの告白。素直に喜べないんですけど! というか言い忘れるほどに軽いんですか、それは!
この崖っぷちの三途の川岸に立っている展開を覆す為にも……そうだ、弱気になっちゃいけない。反論してやればいい。
「なんで虜されたのが俺を殺すに理由に繋がるんだ?」
少し落ち着いてから強気に出てみた。というか当然の反論だけどね! さぁその真意を聞こうじゃないか!
「それは簡単なことです。私はあなたに一目惚れして胸が切なくて切り裂かれるほどの苦しさを経験しました。すぐにあなたの傍に行きたい、と思っていた矢先」
一呼吸おいてから、彼女は言う。
「ユウジ様の彼女かと思われるものが現れたのです」
えっ、俺に彼女なんて居たの? それは驚きだなぁ。
「それは……誰が?」
「しらばっくれても無駄です……篠文由紀さんのことですよ」
まじで! そうなの! やったー! ……って喜べるかっ! そんな事実はねえから! いや、本当にそうだったら俺はどれだけ嬉しいのかと、まあゲーム開始早々にもう惚れられるシナリオ展開もどうなんだ、と思われそうだが。ユキなら一向に構わん! ……だとしてもそんな事実は悲しきかな、ない訳で。なぜか姫城さんは誤解をしているようだ。
「いや、まて俺は付き合っていない」
「嘘です、私はあなたをずっと見ていました。そうですね、表現するとしたら熱い視線で舐めまわすように」
表現の部分は要らないです……っていうかこいつがストーカー女かっ! そうか、合点がいった!
「そして今日の美術の授業帰りには……お互い抱きしめ合って……ッ!」
そ、それがこのイベント発生の起爆剤かっ!
「いや誤解なんだよ、あれはユキが階段で躓いて――」
「ゆ、ユキ!? ……うふふふ、あなたと篠文さんは名前で呼ぶ仲なのですね。 篠文さんもあなたを呼び捨てで呼んでいましたし……」
しまった、恐らく墓穴をさらに掘った。
「でもそれがなんで俺を殺す理由になるんだよ!」
「なります。本当なら篠文さんを闇討ちすればよいのですが」
……え、今なんて言いました? 闇討ちだとしたら……いつの時代の話? ……恐ろしいこと考えてるな、この人。
「でもユウジ様はとても魅力的です。きっとまたあなたの虜にされる者が現れると私は思うのです」
「……」
いや、どう反応すればいいんだよ「そ、そう?」なんて気軽に答えるほどに俺は自分の身を評価しないどころか、自分は正直コンプレックスの塊だから。こんな童貞男に付いてくる女子なんて、俺自身が行動起こさない限り天地が引っくり返ってもさらにもう一度回転しても無理だろう……って、俺が何か告白すれば誰かは付いてきそうな言い方だな、それはないぞ、俺。幼馴染が居るだけでナルシスト入るとかどれだけ調子いいんだろうな俺は。
「なら虜にさせないように私のものにしてしまえばいいと私は考えました。殺して愛しいユウジ様の生首だけを持って私は生きて行くのです。決して邪魔されることのない、永遠の二人の時間が続くのです」
はい、それはおかしいと思いますがどうでしょう? その思考的にも、常識的にも。生首って、おいおい……絶対この人病んでる。
「俺はそんな事の為に死にたくはないな」
死んでたまるかっ! 生首とか腐るだけだし!
「そうですか……なら方法を変えましょう」
あれ、意外とあっさり変えるんだな。
「私が自殺しますから、私の生首を持ってユウジ様と共に生きさせてください」
「だから、なんで結局どちらかの生首しか残らないんだよ!」
何故に生首オンリーなんだ……
「それがいいですね、そうすれば私の生首を気味悪がって他の女は寄り付かないでしょうし。 それを構わない、という方がいたら呪い殺します」
手遅れでした。というか生首OKなんて言う人はあなたぐらいかと思いますよ! ……でもここで殺される、殺させる訳にはいかない。俺は彼女を止めるんだ。
「では、ちゃんと事後処理を……」
「……まてよ」
「なんですか? ユウジ様が死を選ぶのですか?」
「……」
一息を入れて。俺は思いっきり言ってやった、俺が言いたいことを。
彼女が言っていた自分理論と、この世界を少しも身ていない狭い視界。そしてあまりにひどい自分の扱いを――色々と俺は籠めて言い放つ。
「お前に、本当に死ぬ覚悟があるのか?」