2-7 俺達の戦いはこれから、だと思ったら既に始まっていた。
「こんばんは、下之くん」
そこにはクラスの委員長こと……名前はえと、すぐそこまでは出てるんだけどなー
「委員長は、買い物か?」
「うん、そうだよ」
と言って、右手に持つ食材の入ったレジ袋を持ち上げて見せる委員長。
「それじゃあ、まだ買い物頼まれてるから。またね」
少し振り返って委員長は手を振ると、近くのスーパーに入っていった。
……委員長が、行ったところで俺の残念脳は凄まじいラグが有ってから思い出してきたぞ。
本名は「嵩鳥 真菜香」(タカトリ マナカ)だったな。
一応言っておくが、ゲームのキャラではない。もちろん現実の人間である。
委員長を務めているのであだ名が「委員長」それも今年だけでなく、同じ中学時代も委員長になっていた。
しかし接点は”中学でのクラスと高校のクラスが同じ”というだけのもので、名前も少し特徴的だったのと委員長ということで覚えていたに過ぎない。
委員長も『クラスメイトの名前は覚えておく』という中学時代の委員長に課される決まりによって高校では覚えていたようだ。
「さてどうっすかなー」
と、投げやりに呟きながら、また商店街をぶらつく。それほど大きな町でもないのにこの商店街は活気が有りそれぞれの店舗にそれなりの客が入っている。
ぼんやりとふらついていると俺はある人物が目に入り「げ」と声に出して感情を表出す。そしてこちらにもその人物はすぐさまに気付き、
「あっ、ユウくーん」
「……ああ」
うわぁ……来た、来たよ。その人物は探し探して色々な店を巡った後にやっとこさ目的の商品が見つかった時の女の子のようなきらきらとした瞳で両手に買い物袋を提げながら早歩きでこちらへと駆けよると、
「会いたかったよっ、ユウくーん!」
「どわっ」
思いきりに背中に手を回されると俺の拒絶も間に合わずに抱きしめられた。背中に何かひんやりとした買い物袋を感じて、その人物の行動とその感触にひやっとする。
悪い気は……まあする。その人物は必要以上に整った顔とスタイルを持っているのだが、俺との関係性が問題で。
そしてそのシュチェーションが問題でもある。考えてほしい夕方の活気だつ商店街の道の中心なのだ。道幅がそれほど狭くは無いので邪魔にはなっていないのだが……主婦とかが凝視してくる、そりゃそうだよな。
「ちょっと姉貴……」
「なに? ユウくん」
[下之 美奈]俺の血のつながったまさしく正真正銘の姉……のはずなのだが、この溺愛ぶりや俺との似ていなさから「もしや」とも思っている。
似ていなさといっても良い方向に、正直我が姉ながらかなりの美人である……だから俺に抱きつくと、なお目立つわけで。
いや、抱きつく事事体が普通にすごく目立つんだが。
「姉貴、抱きつくなよ」
「ふふ、ユウくんったら! 照れ屋さんねー」
「……」
「本当は今すぐ抱き返したいんでしょ、わかってるよ。ユウくんのお姉ちゃんだもん! 以心伝心だよ!」
「姉貴……殴るけど姉弟同士だし婦女暴行にはならないよな?」
「ごめんねユウくんっ、調子に乗りすぎました」
と言って手を合わせて謝ってくる。早いっすね謝るの。しかし今までの行動で周りの主婦たちはひそひそと話し始めている。
さっきまでは釣り合わない一年差ほどのカップルが、俺が姉と呼んだことで一体どうしたことなのかと色々と思考を巡らしたり会議を始めていることだろう。
「本当だよ……こんなところで勘弁してくれ」
一応謝ったことだし……右拳がスタンバイしていたのだが、押さえておこう
「じゃあ家に帰ったらスキンシップし放題ということだね!」
「……」
「え、駄目!? じゃあ肩を抱くのは――」
ガツッと自分の拳と姉貴の頭のぶつかる鈍い音がした。
「あうう……」
姉貴の頭を軽く殴ったものの思ったより返りが来て右手が痛い。姉貴はと言えば頭を買い物袋こそ手放さないものの抑えて涙目で唸った。
だが殴られて当然だ……どこまでこの姉の一般常識というのがズレてるのかと。
「殴るなんてひどいよぉ……」
「……その上目遣いは、もしもの時に使うのがいいと思うぞ」
学校の男子生徒が見たら悶死するレベル……俺もちょっと、いや、ないか。
「もしもの時だもん、今もしもだもん!」
姉は涙目で訴える。あんたは駄々っ子か。
なぁ……これこそギャルゲキャラに見えるだろ? 違うんだぜ。信じられるか? これ……俺の姉なんだぜ?
だからなダ○ーポ2の姉ルートやると、すごい親近感沸くんだよな。
「で、姉貴はこんな時間まで何を?」
「嬉しい! 私のこと心配してくれるなんてっ」
「……答えないならどうでもいいけど」
「答える! 答えるよっ」
姉貴は俺の関心をもみ消す寸前だったのでぱたぱたと手を振って、
「生徒会の仕事で残業して、それから夕食の買い物に来たんだよ!」
「へぇー……そりゃお疲れさまでした」
「嬉しい! お姉ちゃんのこと心配してくれるなん――」
「姉貴……似たようなネタは使わない方がいいぜ」
台詞の使い回しに見えるから。
「ごめんね、ユウくん」
この姉は何回謝っているのだろう。そして俺は、何回謝らせているのだろう。
……この言い方じゃ、俺が悪いみたいだな。全部自業自得で自分が招いた結果なのに。
姉貴の謝った回数を、次から数えておこう。
「じゃあ、帰るとするか。姉貴はどうする?」
「なにか用事があって来たんじゃないの?」
「いや、特に……帰ろうとしてたとこだし」
すると姉貴は、何かはっと気付いたような表情になり。
「はっ……もう照れ屋さんなんだから」
なんとも色っぽいお姉さん調で、そんなことを言ってきた。しかしそのノリは俺を逆撫でしかしない。ああ、殴る気力もさえも失っちまったよ。
「先行くぞ」
「あ、待ってユウくーんっ」
そうして歩きだそうとしたところで、俺は「あ」と気付き。
「片方持つから、くれ」
後ろを歩く姉貴の方へと振り返って右手をくいくいと引き寄せるようにして。
困った表情で姉貴は、
「え、でも……」
「いいから」
そうは言うが、しかし姉貴の意見なんて関係ない。ただ姉貴が早く家に戻れるよう身軽にして料理が早く食べられるのようしたい身勝手な理由で、だ。
「えっと……じゃあ」
しぶしぶと俺にそれなりに重量のある牛乳やら野菜の入った買い物袋を手渡す。姉貴の持っている方には見るからに重そうな葉物のキャベツやらファミリーサイズのペットボトル飲料が入っていて明らかに渡さない方が重そうだ。
これ以上困らせても仕方ないので、それは言わないでおく。
「よしっ、帰るか」
「ありがとね……ユウくん」
さっきまでのテンションはどこへやらな、小さな声で。
「……ほら行くぞ」
「えへへ」
後ろで心の底から嬉しそうな小さく呟いた声が聞こえたが、俺は気にしない。