1-3 プロローグのプロローグ
「!?」
目が覚めるとそこは見慣れた自室で、俺はベッドに寝ていた。汗をびっしょりかき、目もとには涙と思われるものが線を描いていた。それは悪い夢から覚めた直後のような感覚。
「今のは夢……だったのか?」
あまりにもリアルで、とても恐ろしく怖い夢。記憶は鮮明に残り、今でも思い出すだけで寒気がした。
「Ruriiro Days」
そんなタイトルのソフトが落ちていた。
「(嫌な夢……だったな)」
きっとあの幼馴染キャラが出たのも夢の話なのだろう。少し残念に思う反面、あんな最期を遂げるというなら出てきてほしくない気もする。
いつまで過ぎ去った夢を思っていても仕方ない。俺はベッドから足を下ろし腰を上げる――
「!!」
窓の外から声が聞こえた。
「ユウジー遅刻するよー」
「!?」
さっきのは夢、じゃないのか!? でもユキは――
『お主よ。その訳を知りたいか?』
「え?」
ふいに響く声。それは小学生の女の子のような高い声だが、喋り方が少し変だった。まるでイタズラに老婆のマネをする少女のような――
「誰かいるのか!」
『わしじゃ。ほら、すぐ近くにおるじゃろう?』
「え」
パソコン机の前にその声の持ち主がいる。そして明らかに女子小学生な容姿がそこにいたのだ。
「おはよう、主人公」
喋り方だけがなぜか古めかしい女の子がそこに居た
「っ!」
小学生女子の低学年並みの体格を持つ、その子は俺を主人公と呼んだ。
「……いつからここに、お前は居たんだ?」
小学生な容姿の少女に問う。普通なら優しい言葉で接するべきなのだが
なんというか古めかしい喋り方をする時点でかなり怪しかった。それで警戒の意をこめて接している。
「貴様がそのゲームを起動してからずっといたぞ」
「まぁいつからか、なんて聞いても不法侵入に違いないけどな」
「断じて違うっ! わしは貴様の妹という設定で入ったのじゃ」
「へぇー妹かぁ……え? どういうこと?」
「主人公も見たじゃろ、ヒロインの一人が車にはねられるのを」
「! ……なんで、お前がそんなことを知ってんだ?」
「あの時ナレーションしたのはわしだからな」
「は? なれーしょん?」
……思い出せ。なんか俺とユキの会話以外の何かが混じっていたはずだ。
『しかし、そんな時間は長くは続かなかったのじゃ』
「これか?」
「うむ、なかなか迫真の演技じゃったじゃろう」
「いやナレーションに迫真の演技は必要ないし、実際なかったぞ」
「まぁ必要はないがノリとしてな」
あっさり認め軽く返された。
「話を戻して、お前がナレーションしているということはあの場にお前が居たのか」
「ああ、電柱の陰から実況させてもらった」
「あ、本当に近くにいたんだな……」
いつのまにかナレーションが実況になってることはあえて触れない。
というか陰でぶつぶつ実況してたのか……その容姿でも”将来が心配な小学生”だが、高校生辺りだったら”ただの危ない女”だな。通報されかねない。
「大体は知っているが、どうやら選択を間違えるとヒロインが死んでしまうエンドのようじゃ」
「選択とかなかったぞ」
「それはゲームと世界の融合の関係で仕方ないじゃろう」
……なんという酷いミスだ。選択することが出来ないなんてなぁ……ん?
ゲームと世界の融合?
「今、ゲームと世界の融合とか言わなかった?」
「言ったぞ、どうやらゲーム色が強いみたいじゃがな」
「えぇっ! この世界ってゲームなのか!?」
「今頃その話題が来るかっ! ……いや、正確には違うな。お主が存在する現実世界にお主の起動したゲームのシナリオやキャラクターをスライドさせた形になっておるのじゃ」
「へぇー……」
いや、意味は分からないでもない。
「なぜそんなことに?」
「貴様のせいじゃ主人公! あのゲームを起動したのがそもそもの始まりだったのじゃ!」
「は?」
「ゲームの起動によってお主の居る世界は書き換えられてしまったのじゃ!」
「書き換え……?」
「そのゲームのヒロインのシナリオがこの世界にスライドされたがために、ヒロインの死ぬルートが現れ、それを攻略しないと未来が存在しない世界になってしまったのじゃ!」
「み、未来が存在しないってのはどういうことだよ!」
「シナリオがバッドエンドで終わってしまう以上ゲームはシナリオの振り出しに戻されてしまう、それはシナリオのスライドされたこの世界にも言えることじゃ!」
「ってことは――」
「シナリオを攻略しなければ永遠にヒロインの死までの数分間を彷徨う未来の存在しない世界となってしまうのじゃ」
! ……そんなことが起っていいのか。俺がただ単にゲームを買って起動させただけで……こんな深刻な――
「……でも選択はねぇんだぞ、どうすりゃいいんだよ」
「考えても分かることじゃが、選択なんてあるわけないじゃろ」
そうして、こいつは続ける。常人なら理解しようがないことを淡々と。
俺はこういうミステリー系のラノベやらコミックで耐性とは行かないまでも分かるが、一般人ならパニックだろう。
しかし、こんな事態が起るなど予測しようがない。それも中古屋で買ったクソゲーを起動させだけなのだから――
「ゲームでは画面があるが、この世界は実際にヒロインと向き合って会話しておる。その時点で選択は継承されないのはわかりきった事実じゃ」
「じゃあ……どうすればいんだよ」
「……とある事情で事細かには言う事は出来んのじゃ。じゃがヒントを言うならば”選択はお主によって作られる”ということじゃ」
「……意味がわからないぞ? それに何でそこまでお前はこの状況を理解出来てるんだよ」
「わしは貴様の攻略対象である上、何故か一回目のリセット時の記憶も保有している。それに何故かはわからんが今後のわし含めた各ヒロインの攻略情報がわしの頭に入っておるな」
「え、お前ヒロインの一人なの?」
「そのようじゃな、説明書でも読んでおくといい」
説明書はと……あった。キャラクター紹介ページを開くと、なんとも個性豊かな顔と髪の女の子がそこにいた。
その中には――
「…………」
こいつがいた。桐(きり)というらしい。確かに”主人公の妹、懐っこく無邪気で明るい”と説明書きされているが。
今は古めかしい言葉のせいか”邪気”しか感じないのだが、俺の感覚は間違ってはいないだろう。
そしてこいつを攻略ってなんの冗談だよ……制作者にロリコンでも混じってるのか!?
「あったじゃろ?」
「ああ……まあな」
「どうやらわしは貴様に”惚れてまう”そうだ」
今の告白を俺なりに要約して言うと”わたしはお前を好きになるっ”と似たようなものである。いや……そんなこと言っていいのかよ、仮にもヒロインの一人だろ。
「貴様、これからの攻略情報を知りたくないか」
「ああ、そりゃ知りたいよ」
「そうか、ならば……わしに接吻をしろ」
「はい?」
接吻。せっぷん、口づけ、キス(kiss)チュウとも言い、愛情表現のひとつ。人が自分の親愛の情その他を示すために唇を相手の額や頬、唇などに接触させる行為。
「はぁ? なんでお前なんぞにキスをしなきゃいけないんだよ!」
「そうすれば色々な過程ぶっ飛ばして、妹ルートに入れるぞ」
「俺には犯罪まっしぐらルートにしかみえねぇな……」
こいつには常識の一つである”近親相姦”という事を知らないのだろうか。そりゃダメだって、それに立場的に白い目で見られるのは年上かつ兄の俺じゃん。
ムリムリムリムリ! キツイとかいうレベルじゃなくて、無理だからソレ。
「ほれ、早く」
「断る」
「唇にな」
「No thank you !」
「つまらない男じゃな……」
「今の行為をエンターテイメント感覚でやろうとしたのか……」
し、思春期の男子高校生をなめるなよ! お前みたいなロリキャラじゃなかったら少しは喜べたのに!
「まぁ早く行ってこい、貴様は学校じゃ」
「え? おおっ!? いけねえぇっ!」
そういえばユキを待たせっぱなしだった!
「い、行ってくる」
「リセットされぬようにな」
「ああ」
俺は思いだしていた。あの桐の言葉を。
『選択は貴様によって作られる』
家の二階にある俺の部屋から下りる階段でそんなことを考えていた。
そうだ、俺はあの時と違うんだ。あの時は、なにも知らずにユキと登校し、ユキは交通事故にあって死んだ。
今なら予防できる、未然に防ぐことが出来るはずだ。
『選択は貴様によって作られる』
選択は俺によって作られる……俺が作る……俺が作りだす……! そういうことか……あいつの言った意味が分かって来たぞ。
「あー、遅いよユウジー」
目の前で死んだはずのユキがここにいる。それは振り出しに戻されたからなのだが、彼女の死の光景を目の当たりした俺にはかなり複雑な心境だったりする。
「ユウジー何でユキの顔じろじろ見てるのー?」
意識はしてなくても俺はユイをじろじろ見ていたようだ。
「いや、なんでもない。待たせて悪かったなユキ、いやぁ家の目覚ましがストライキしててさ」
ここからはあの時と同じ会話をした。それでも、ユイと話すという楽しさは変わっていない。
「あっこんな時間だ! 急ごうっユウジ」
「あ、ああ」
ここから変えなければならない。
「待てっ」
俺はおもいきりユキの手首を掴み、そしてユキの直ぐ近くに俺は寄った。
「ユウジーっ! 手首なんて掴んでどうしたの? 遅刻しちゃうよ?」
さてどうするか……よし。かなり恥ずかしいことだが、意見を押し通すにはこんな方法ぐらいしか無いと思う。
「わわっ!? な、なにするの、ユウジっ」
ユキの手に俺の手を重ねるように手をつないだ。
「こういうのもたまにはいいだろ?」
「へっ? で、でも高校生だよ? こんなことして――」
少しユキの顔は紅潮していた。
「いいじゃんっ……それとも俺がこんなことして気持ち悪いか?」
この質問は正直汗ダラダラだぜ……断れれたらある意味バッドエンドだし、心が折れる。だが、幼馴染的ボジションで家まで迎いにまで来てくれる。
そこまでで主人公としての親密度を考えてみると……断ってはこないはず。
そして、その返答は。
「ううん! 別にいいの! いいんだよっ! うん、じゃあ手繋ご!」
分かっていた答えとはいえなんとも嬉しかった。……でも事前に分かってるて言うのもなんかユキに申し訳ないな。
そしてユキが優しく手を絡めてきた……表現が聞きようによっては卑猥だが気にしないでくれ。これで目的は達成したはずだ。
タクシーが通るタイミングとユキの通るタイミングをずらすという目的が。
後に目の前の交差点をタクシーが通り過ぎて行き、よく車が来ないか確認してからその交差点を超える。その時……世界は未来を取り戻した。
両方とも照れてか口数の少ない俺とユキの手と手は繋がったまま。通学路を歩き続け、こうして俺とユキは学校に着くのだった。
「ふふふ……あの女、ユウジ様にあんなに近くで」
女は不敵な笑みを浮かべながら二人の歩く姿を目視する。
「そろそろ行動を起こさないといけませんね……待っててください、ユウジ様っ」
どこからか聞こえる女の声がそう呟いた。