1-4 プロローグのプロローグ
周囲の目線を感じて昇降口では流石に手を離す。
ユキも何故かは分からないが、惜しむよう俺の手から自分の手を離した……のだが。
「!?」
さ、殺気っ!?この明らかに憎しみのこもった視線……複数居るだとっ!
この暑苦しさも感じる視線は女子のものではない……おそらく大半は男子によるものだろう。
「(じと〜〜〜〜〜)」
……いや待て! その中でも一際深い呪いのようなものをドロドロに込めている奴がこの中に居るっ!?
怒り? 悲しみ? 羨望? 嫉妬? ……全てが闇鍋のごとくぐっちゃぐっちゃに混ぜられた奇妙な視線。
「(誰だ…………!)」
振りかえると全くもって意外な人物がそこには居て、ドスの効いた雰囲気を醸し出していた。
「おにぃーちゃん☆」
……あ、あれ? 今の意外な人物の発言で男子のものと思われる殺気が深く強くなった気が。
「さがしたんだよー?」
この猫かぶりっぷりからは想像出来ないがどうみても、見かけは完全に俺の妹になったらしい桐だった。
そんな桐が無垢な笑顔を形作ってそこに立っている。小柄で愛らしいその姿は男(シスコン)にとっての理想の妹を鏡に写したようにも見える。
……たださっきの数々の呪いのような不純なものを込めていなければ良かったと心から思う。それで大方台無しでプラマイゼロどころかマイナス要素が強い。
「ねー、おにいちゃん。聞いてるー?」
……それでいて何故にこいつがここにいるんだ?
「おにぃちゃん私ね、聞きたいことがあるのー」
……み、見えるぞっ私にも見えるっ! 桐を覆う殺気という名の深い闇の黒がっ!
なんか喋るたびに強く濃く深くなってませんかあなたのダークオーラ。
更に発せられるのは圧倒的な威圧感。こいつは俺と話したいようだし、おそらく人前では猫かぶりを解かない、そうなれば――
「わりぃ、ユキ先行っててくれ」
とりあえず桐との長期戦を覚悟してユキを教室へ行くよう促す。
「あ……うん。じゃあ待ってるからー」
少し驚いたように答え、ユキは教室に方へ駆けて行く。これでいい、これでいいんだ。
「ちょっと来て、おにーちゃん」
「っ!」
その時だ。油断はしていない。しかし桐が俺を呼んだ途端に俺の体は石像のごとく硬直した。
か、金縛りかっ!? 思うよう……てか体がまったく動かないぞ!? 桐は俺に何をしやがったんだ!?
喋ることもままならず、俺はただ桐の思うままに連れていかれた(ようするに拉致)
「許さぬぞ、ユウジ」
一階から下へ続く階段の下で桐は言い放った。
この学校に地下階というのは存在しなく、半地下にあるような用具倉庫が1階から下に続く階段の先にはある。
しかしこの用具入れの使用頻度は低く、用具入れと階段までにある踊り場に似た少しのスペースに俺と桐は居た。
「は?」
もはや猫かぶりが嘘のよう、てか面影は微塵になく老婆喋りを全力で披露していた。
「わしは貴様に幼なじみルートに入れなど言っていないぞっ!」
心の奥底から、は? である。いきなり呼びつけて何を言っているんだ、と。
ルート……ユキの? そうかゲームだもんな。それで俺はユキと手つなぎ登校して――
「でも入るなとも聞いてねぇな」
そうだ。あの時の桐の言ったヒントは少なかった。少なかっただけで、大きなヒントではあったが。その中に「ルートについて」一切聞いていない。
「黙れ」
ドスを効かせて圧制しようとする桐だが、既に慣れた。
「断る」
漢字・平仮名合わせ2文字での反論は桐と同じ。文字数的には桐の方が少ないが。
「拒否。ユウジ、貴様は何故わしのルートを選ばない!」
それを聞いて、俺は嘲笑するように言い返す。
「普通選ばねぇよ、まずはベーシックに幼なじみだろが」
「言い訳などいらぬし、その理屈はよくわからん!」
……じゃあ聞くな、と。そして桐、お前の俺を選ばせる理由はまったくわからん。ということは俺も桐の意見を汲む必要性はないな……だがここまでわざわざ来たようだし、一応聞いておくとするか。
「なんでそんなにお前のルートに俺が入って欲しいんだ」
「それはな……お、おにいちゃんが大好きだからっ!」(CV.田村ゆ●り)
「あー無理に頬染めないでいいぞ」
ここで恥ずかしそうに頬を赤く染めた桐を、こんな状況でなければ少しばかりは可愛いと思えたかもしれない。
「ちっ」(CV.般若}
「その声で成りきってるつもりか? 至る所から邪気が漏れてるぞ……どうせ他に理由があんだろ? お前のルートに入らなければならない理由が」
俺にルートに入ってほしいがだけに学校に攻め込んでくるものなのか? ヒロインの一人と考えても、まだ出会ってから1時間も経っていない。
「それは……あるぞ」
「で、ぶっちゃけると?」
「貴様はわしのものだからじゃあっ!」
何が来ると思えば。
「……本当にぶっちゃけたな」
ほぼ予想通りというか。面白見が無いというか……朝の行動から大体想像出来るな
「だって……私にとっては本当に大切なおにいちゃんなんだもんっ』(CV.釘●理恵)
「釘●信者に焼き殺されるかもな、俺」
主に嫉妬の炎で……あいつらは恐ろしいものだ。購買力は無いが声の大きさはピカイチ!
「おにいちゃんがいないと私……だめなの』(CV.榊●ゆい)
「こりゃまたマニアックな声優が……ってもういいから」
「えー、まだあるというのに」
いつまで続けるつもりだったのだろうか。
「「「どれが良かった?」」」CV.田村ゆ●り、釘宮●恵、榊原●い)
「重ねるな……だが、器用だなお前」
誰も出来ないというか、マネしないだろうに。
「惚れたか?」
「すごいとは思った、感想終わり」
これで惚れたらいくらなんでもギャルゲーの主人公が色々と可哀想すぎる。
「つまらぬのう」
「っていうか帰れよ。お前高校生じゃないだろ」
中学生でさえない。
「大丈夫じゃ」
「なぜ」
その自信はどこから?
「貴様の隠し子として」
「余計ややこしい上に俺が大丈夫じゃないわっ! 童貞歴15年とちょっとの俺をなめるなよっ」
「……貴様、今墓穴を掘らなかったか?」
うるせえ! チェリーボーイでどーもすみませんねぇ!
で、閑話休題。
「で、なんで来たんだ?」
「もちろんおにいちゃんに会いにきたの」
「本音は?」
「貴様を落として、わしのルートにいれる! どんな手段を使ってもな!」
「わー、あぶなかったな……よし家に帰れ。送りはしないから勝手に帰れ」
「えぇー」
「露骨に残念そうな顔するな……俺はノーマルな学校生活を維持したいんだ。そうなればお前には帰ってもらわないと困る」
「うー……仕方ないのう。貴様そこまで言うなら渋々帰ってやるか」
素晴らしいぐらい偉そうだな。
「ただし約束じゃ、他の女子に手を出すなよ」
この時こいつの言う女子は”おなご”と読む。
「帰ったら……頼むぞ」
「頼むな」
横目で何かちらりと何かを求めてきたが即効で断る。
「じゃあねー、おにーちゃん☆」
☆を散らして階段を駆けていった、猫かぶりな妹。
「さて……と」
しかしこれで胸をなでおろすことは出来ない。そう、戦いはこれからだ。
さきほどのユキとの手つなぎシーンやかわいい妹(猫かぶりヴァージョン)を持つ俺を見た男子生徒は怒りに身を狂わせている。
そうリア充シネ。お前の妹がこんなに可愛いわけがない。羨ましい、どちらもよこせ。
……俺への嫉妬に燃え狂う男子の刃から身を守りながら、我が教室に向かわなければならないのだ。
「……これはちょっとしたアトラクションだぜ」
そう一人呟いて、一気に勢いをつけて階段を駆け上がる。
「とりゃあああああああっ!」
そこではカッターやらハサミやら”取り扱いに注意してください”と書かれた外部に出たら確実に危ない薬品の入ったビンが飛び交っていた。
そして俺ことユウジは帰宅部ながらも豹のごとく足の速さで阿鼻叫喚の廊下を駆けていく。そう、廊下は俺一人が敵地に投げ込まれた戦場だった。