1-5 プロローグのプロローグ
「はぁ……」
俺は教室に着いた途端机にうな垂れ、盛大にため息をついた。
「死ぬかと思った」
阿鼻叫喚の地獄海図。トラップ満載当たれば即バッドエンド行き、その中を潜り抜けてきたのだが――
どうやらすべてカットされたようだ(描写的に)
やってくれたよスタッフ! 力量が無いからってそんなところで手を抜くなんて!
……今なら俺がその戦闘シーンを躍動感溢れる文章で原稿用紙3枚は書ける自信がある。
「ようーユウジ」
軽っぽい男の声が聞こえる。
「よー……」
「どうしたユウジ死にそうだぞ?」
いや、本当に死にそうだったからさ……よしいきなりだけども話振るか。
「俺のこの体はあまり長くは持たない……何かあったら後は頼むぞマサヒロ」
「なんだとっ! ほれこの薬草(手近な雑草)を飲むんだ!」
「既に手遅れじゃ……すまぬ」
「ユウジ、死ぬな! 生きるんだぁっ! まってろ今”げんきのかけら”を」
「……ああ、もう一度……あのカレーパンが食べたかった」(ガクッ)
「ユウジィィィィ! ああ俺が今持ってたのがハッシュドビーフパンだったが為にユウジは……ちくしょぉぉぉぉぉぉっ!」
「さて安っぽい話もここまでにして」
以上、ユウジこと俺がいきなりおっぱじめた安っぽい喜劇終了。
「前回の”いきなり活劇”よりクオリティあがったんじゃないか? ユウジ」
そういえばお気づきだろうか、俺が妙に専門用語や声優の名前を知っていたりとオタク気質なのを、まぁ俺は正真正銘オタクなのである。
でもモノゴコロついてすぐに「長門かわええw」とか言ってる訳ではない、当たり前だが。その原因は直ぐ近くに二つ。
まぁと言っても二人に比べればまだ片足を突っ込んだぐらいのもので。
「そういえばさーユウジ、最近新しいアニメ会社が出来てな―――」
こいつ、高橋政弘(タカハシ マサヒロ)
中学時代からの付き合いで、完全なるオタクのこいつに俺は毒されたといっても過言ではない。
まぁ俺はアニメにまったく興味がなかった訳じゃないので、完全な被害者とは言い難いけど。
そんでもう一人はというと。
「むむ、今日もお勤めお疲れであります」
独特というか何とも言えない喋り方をする彼女。……彼女で合っている。女子生徒なのには違いないのだが……その容姿や性格を見ても色気の欠片もない。
巳原 柚衣(みはら ゆい)
「昨日の”NEEDL○SS”みたかな? 韓国に投げてるのに作監が―――」
ボーイッシュという訳ではない。オタク色に染まりすぎて女性というものを見失った感じだろうか。
女子生徒の着るオーソドックスな白に紺のラインが入ったブレザーに、スレンダーなスタイルにセミショートの茶髪。足は長く肌も白い。
そこまで聞いたらのならそれなりの良いスタイルの持ち主にも見えるが、そうは問屋が卸さない訳でして。
「コンタクトは好かん」と言ってメガネをかけているのだが、それが糞ダサイ。
その眼鏡はというと見事なまでに丸メガネで、さらにグルグル模様まで入っている。どこでそんなもん買ってくるんだよ、と思うシロモノを身につけ、更に――
「マサヒロは昨日の”NEED○ESS”見たか?」
「おー、なんかスタッフロールで原画スタッフが殆ど韓国なのは思わずふいてしまったよ、ハハハァッ」
「でも”イマ○ン”は日本人スタッフがいいからね、作監修正のおかげで保ったね」
「しかしあまり動かない場面がいくつか―――」
こいつら何言ってるの? まず俺には分からない。
”NEE○LESS”というアニメのタイトルまではついていけたが、それ以降はさっぱりだ。というかこいつらの話の内容が理解できるようになったら、ある意味負けだと思う。
「そういえばお前はまたユキさんと登校したのか」
あ、いきなし話題が変わった。
「あ、まあな」
「むむ、なんというギャルゲの序盤展開」
いやギャルゲだから。
さっき”中学生時代からの付き合い”といったのをお覚えだろうか。その通りの話なのだが、考えてみてほしい。
この世界はギャルゲーの内容で書き換えられたはず、今までの日常の要素がここまで残り、こいつらといつも通り話せているか。
桐が言っていたことなのだが。
『この現実世界にあのゲームのシナリオやキャラクターをスライドさせた形になっておる』
つまり今まであった日常にゲームのキャラやシナリオを繋ぎ合せた。その結果としてヒロインは登場するも、今までの人間関係に変更は出ていないということらしい。
「本当お前ユキさんと中学時代から仲いいよな」
……ただ、辻褄合わせのために周囲の人物の記憶が書き変えられているようだ。勿論ユキは世界の書き換えによって生まれた存在で、中学時代から仲が良いというのはありえない。
ゲームの設定が影響しているのだろう。そのせいでかなりややこしいことになっている訳だけど……そんな違和感を持つのは”今までの世界”を知る俺ぐらいなのだろう。
「そのユキさんはいずこへ?」
「あっ、ごめんユウジー」
教室の扉付近から聞こえるユキの声。
「噂をすればなんとやら」
ユキが話している俺たちの方へパタパタと駆けてくる。
「ごめーん、トイレ混んでてね」
「そっかー、なら仕方ないな」
人は生理現象には抗えないからな。
「そういえばさ、さっきの……い、いきなりあの手を繋いだのにはどんな意味が……あったのかな?」
「ユウジ貴様、抜け駆けったな」
「なんと! 既にルートは確定しているのかっ、裏山」
案の定ややこしくなったな……とりあえず。
「いやたまには手、繋ぎたくなることあるじゃん」
ぶっちゃけ自分では”ねえよ”と思っているのだが。
「一理ある」
ねえよ。
「あの繋がった時に感じる相手の汗! たまらねぇ」
……それはお前が汗ファチなだけじゃないか?
「う、うんまぁあるっちゃあるけど……」
え……あるんだ
まあそんな他愛のない話題で盛り上がり、そうしてHR(ホームルーム)の始まりのチャイムが鳴る。
おっとここで俺の紹介を少しだけ。
下之祐二(シモノ ユウジ)
容姿普通、学力普通、性格普通を決め込む……はずだったが、見事にオタクの道へまっしぐら、ちくしょい。マサヒロやユイとつるんでいることが多し。
そして最近になって、何故か俺はゲームの主人公になってしまったようで。
なんだかんだで、ユキがこの世界に現れてもそれほど違和感はなかった。
シナリオと現実の整合性がとれているようで、不自然に思う節は今のところは無い。
でも”なかった”というのは過去形の話で――
「(誰かに……)」
見られている。そう誰かに。でもそれは先程の男子勢が発していた殺気が練り込まれた視線ではない。なんというか……とても不思議な、それでいて粘っこい視線を感じるのだ。
「ユウジー食堂行こうー」
「!?」
あ、あれ? 今までに感じなかった殺気がその視線に出始めたぞ?
「どしたのー?」
「行くぞユウジ」
「参ろうかっ」
「あ、ああ」
その妙な視線(殺気含有開始)を気にしながらも俺らは食堂に向かった。