序
雲の隙間から月は小さな社の境内で行なわれるその光景を見ていた。
剣戟の音が絶え間なく続き、ある時点で刃と刃がきしむ音へと変わる。
雲が切れると、二つの影が輪郭を持って現れた。
一方は法衣を纏い、金の錫杖を手に持っていた。汗で長い黒髪がピタリと額についている。油断無く睨む目は漆黒だった。男の息は荒く、肩がせわしなく上下する。
そしてもう一方は両刃の剣を手にしていた。深紅の刀身が金の錫杖と声を鳴らしあう。
雲が風に流されると、もう一方の影がさらに輪郭を濃くする。
まだ若い青年の風貌だが、切りそろえられた髪の色は月の光と同じ銀だった。白拍子を髣髴とさせる衣が風になびく。暁に染まった瞳が、法衣の男を見て悲しげに歪んだ。
「退いて、もらえませんか?」
涼やかな声が、辺りに響いた。眠ってしまいそうなほど優しい声だった。
されど、法衣の男はその言葉に笑った。男は錫杖を滑らせて青年との距離を置く。そして油断無く再び錫杖を右手で背後に回すように構え、腰を低くした。
「断る」
低い声が断言する。その声に迷いは一切無かった。
それに、青年は悲しげに首を振る。
「貴方なら、分かってくれると思っていました」
心底悲しい、あるいは寂しげな様子の青年を、法衣の男は鼻で笑った。
「人と妖は相容れない。それがこの世の理だ」
言った瞬間に男は青年との間合いをつめ、錫杖を横に薙いだ。
風が切れる音と共に、再び深紅の剣と錫杖が悲鳴を上げる。されど、その悲鳴は短かった。
「残念です」
呟かれた声に、男は目を見開く。
確かに間合いをつめたのは男だった。されど、それは自分の間合いの内であり、青年の間合いの外という絶妙な位置のはずだ。
――近すぎる。
密着された状態になりながらも、男は間合いを取ろうと地を蹴ろうとしたが、遅すぎた。
「さようなら、将守(まさもり)」
男の背中から、深紅の剣が生えていた。