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境界の守護者

クラウン

INDEX

  • あらすじ
  • 01 序
  • 02 壱
  • 03 弐
  • 04 参
  • 05 肆


  •  そんな寒気のする言葉にも、朔夜の表情はいたって落ち着いたものだった。彼は握っていた手を開いて石を見る。石は相変わらず妖しい光を放っていた。
     そして確認するように朔夜が将守に石を見せて首を傾げる。
    「貴方は、コレが何か分かっていると?」
     試すような声音に返って来た声は、主の不機嫌さを色濃く映し出していた。
    「嫌なほどね」
     区切って、将守は腕を組む。
    「ソイツは――さっきお兄さんが追い払っていたような――妖を惑わし、人を殺す。常世(とこよ)と現世の境界を破壊しかねない、危険な代物だ」
     その言葉に、朔夜はにこりと美しく笑った。人を魅了する笑顔と言って良い。
    「分かってらっしゃるようで安心しました。ご推察の通り、殺生石の欠片です」
     殺生石、その単語を聞いて将守の眉間に深い皺が刻まれた。
     殺生石とは那須野――現在の栃木に存在する溶岩の事を言う。周囲に硫化水素等の有毒ガスが噴出しているため、生き物を殺す石として知られるようになった。
     だが、朔夜の手に持っている殺生石はそれとは話が違う。狐の美姫が、恨みでもって生み出した魔石。玄翁和尚が砕いた石だ。
    「臨――」
     言いながら将守は印を組む。その様子に驚いたように朔夜が一歩さがった。
    「兵闘者皆陣列前」
     素早く唱えて印を組み替える。その速さときたら朔夜も目で追いきれない。
    「行」
     唱え終わると青い氣が将守から溢れ、それが立方体へと形作られる。その立方体の檻はある時点で巨大化し、二人を包んだ。
     その様子に朔夜は口をあんぐりと開け、ハッと気付いて将守を見る。印を崩すと、将守は額に汗を浮かべながらも笑った。
    「これで準備は出来た。さあ吐け」
     強制するような低い声音で言われて、朔夜が苦笑いを浮かべる。
    「九字の結界ですか。そこまでなさらなくても良いのに」
     その言葉に結界を張った張本人は不機嫌に顔をしかめる。その様子を気にした風も見せずに、朔夜は笑んだ。
    「まあ、見ていてください」
     そう言うと、彼は石を握り締めて目を伏せる。やった事は、確かにそれだけのはずだった。
    「はい、どうぞ」
     数秒と経たずに目を開けて、朔夜は将守に石を投げた。慌てつつも、将守は石を受け取って太陽にすかす。石は、水晶の如く陽光を通し、かすかに青い光を放っていた。
     その石の変化に、将守は瞠目する。
    「浄化……された?」
     石は先ほどまでの禍々しさは無く、ただ純粋で清浄な光をたたえていた。
     将守の言葉に朔夜は一つ頷くと、苦笑する。
    「生まれつきの異能でしてね。もうその殺生石は悪さが出来ませんよ。毒を封じましたので」
     言いながら朔夜は結界の縁まで歩いていった。隅まで来れば、空気しかないはずの場所に青白い壁がうっすらと見える。その壁を透かして通れないかと朔夜が手を伸ばすが、ガラス窓よろしく手をつけられるだけだった。それに少し残念そうに朔夜が笑う。
    「何者だ?」
     ひとしきり石を見終えた将守が、厳しい顔つきで問うた。その声にくるりと振り返って、朔夜は人好きのする笑みを浮かべる。
    「さて、貴方が何者なのかを教えてくだされば、こちらもお教えいたしましょう」
     遠まわしに『否』と答えられて、将守は朔夜を睨んだまま考え込むように顎に手をやった。脅して聞いても体力がなくなるだけで効率はよくない、と考えたらしい。
     将守は搾り出すように言葉を紡いだ。
    「殺生石を探している」
     言いながら、将守は朔夜の変化を伺う。だが、朔夜に変化は見られない。舌打ちをして、視線を外しながら将守は続けた。
    「江戸にない殺生石は関係ない。だが、江戸にある殺生石は困るんだよ、俺にとっちゃな」
     半ばやけくそ、と言わんばかりに大声で言った将守の様子に、朔夜がびっくりしたように目を丸める。将守が視線だけ朔夜の方へと向けると、低い声で静かに問うた。
    「風水は分かるか?」
    「風は氣を散じ、水は氣を留める……でしたっけ?」
    「わかってくれているようで、非常に嬉しいぜ」
     酷く乾いた笑い声を付け加えて、将守が言った。どう見ても嬉しそうとは言えない疲れた表情で。
     その様子を見つつ、朔夜は顎で将守に先を促す。将守は渋々といった風情で頭をかいた。
    「江戸は京の都を模し、かつ改良した風水の街だ。寺、川なんかは氣を集め、循環させるために計算して設置してある。だが、殺生石がそこにあると――」
    「集めた氣が殺される?」
    「ご名答」
     言いながら将守が右手に持った石を遊ぶように投げる。石が重力に従い下に落ちれば、それをまた将守の右手が掴む。
     将守が苛立っている気配を感じながら、朔夜はその先を続ける。
    「でも、今のその石に、氣を殺す力は無い」
    「全くもって、不思議な事になぁっ」
     怒鳴りながら、将守は朔夜に石を投げつけた。唐突に投げつけられた石を、それでも朔夜は落ち着いた表情のまま左手で止めてみせる。石は、完全に朔夜の顔を狙っていた。
     朔夜は自身が浄化した石をしばし見つめてから、将守に問う。
    「だとすれば、今のこの石は、貴方にとって必要じゃない、と」
     答えは、渋い顔と共に無言でもって返された。必要ではないが解せない、と言ったところか。
     そんな将守の様子に、ニコリと綺麗に朔夜が笑う。
    「なら、協力しましょうか?」
     今度は将守の方がギョッとして朔夜を見る。一方、朔夜はあっけらかんとしていた。
    「私も殺生石を探しているんです。殺生石が人を殺す姿は何度も見ていますからね。出来るならばそれを止めたい」
     くるくると指を回しながらの朔夜の提案に、将守は眉根を寄せる。そして吟味するように朔夜の目を見ていた。
     信用されてない雰囲気を肌で感じ取って、朔夜は話を変えるように口を開く。
    「花街に八助さんが行っていた理由ですがね」
     その言葉に、明らかなまでに将守が反応した。その様子を感じつつも、朔夜はいたって冷静に続ける。
    「妹さんがいらっしゃったようです。名前は確か桔梗さん」
     言いながら、朔夜は口元に人差し指をあてて「秘密にして下さいね」と子供っぽく笑った。そうすると、朔夜はひどく幼く見える。そんな朔夜の様子に、呆れたように将守が息をついた。
    「身内に会いに遊郭へ、か?」
    「追い返されるのが常だった様ですがね」
     苦笑いを浮かべて朔夜が肯定する。
     貧しい家の者が娘を人身売買の仲介人――女衒(ぜげん)――に売り渡すというのは、あまり珍しい事ではない。八助自身が大工と言う職人の仕事をしている事から、少なくとも裕福な家の生まれではないのは推測できる。身内が花街の遊女であっても、あまり違和感は無い。
     黙った朔夜を睨む事で、将守は続きを促した。将守の様子に軽く息を吐くと、朔夜は悲しげな表情で将守から視線を外して続けた。
    「その桔梗さんが病を患っているから薬問屋にしばしば通っていたのを覚えています」
     遊女が年季明けまで生きていられると言うのは稀である。遊女は二十七で年季明けとして花街から解放されるが、それまでに病に伏す者は多い。それは栄養失調と不規則な生活による部分が大きかった。また、自殺、情死、私刑で命を落とす者も多く、結果として花街を生きて出られるものも少なかったという。
     朔夜は静かに、将守を見た。
    「ただ、薬問屋に通うようになってから、どうも八助さんに妖氣が纏わり付いていたように思います」
    「どこの薬問屋だ」
     朔夜の言葉を聞くや否や、将守が弾かれたように問う。足は、朔夜に一歩近づいていた。
    「福島屋と言う大店です」
     朔夜が平淡な声で答えると、将守は朔夜のすぐ側まで歩いてくる。そして、彼の細い腕を掴んで、一言言った。
    「よし、行くぞ」
     唐突に腕を掴まれて、朔夜は焦ったように声を上げる。
    「今からですか?」
     慌てたためか、朔夜の声は転調していた。
     そんな朔夜の声に振り返って、将守は訝しげに眉根を寄せる。
    「さっさと行かねぇと、長谷川にさき越されるだろうが」
     当然、と言わんばかりの将守の言葉に、朔夜は言葉を失った。
     ――なんと、自分勝手な人間か。
    「解」
     短い言霊をつむいで、将守は人差し指と中指で中空に一文字を書く。するとガラスが割れる音が響きながら、結界の檻が霧散した。
    「行くぞ、朔夜」
     言った将守はいたって楽しげだったが、朔夜はひたすら呆然としていた。

    11/11/11 22:49 クラウン   

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