第5章『夕闇の断罪者』 7
翌日、ミステリアスを除く一行は朝早くにダアトを出発し、ダアトの港にて船に乗り込んだ。
ダアトからシェリダンまではそれほど距離は遠くないので、昼頃にはたどり着いた。
シェリダンの港から徒歩で街へと足を踏み入れる。
「おお、あんた達は!」
街に入ってすぐ、声をかけられた。
いつもクノンと喧嘩をしているオーズだ。
「ちょうどいい所に……ん?クノンの奴いないのか?」
どうやらクノンに用事があるらしく、キョロキョロと辺りを見回す。
「く、クノンはちょっと野暮用で、いまは一緒にいないんだよ」
レイノスがごまかすように言う。
同じ街で暮らし、それなりに親交のあるだろう彼に本当のことを話すのは、なんとなく憚られた。
「そうなのか…せっかく新作の音機関を見てもらおうと思ってたのによ。あ、あんた達、代わりに試してくれないか?」
「わ、私達ギンジさんとノエルさんに用事があるので!」
音機関を試させようとするオーズに対し、リンは慌てて断る。
隣ではレイノスとセネリオも顔を苦くしていた。
彼らはオーズの作る音機関がろくなことにならないことをよーく知っていたので、逃げるようにオーズのもとを離れ、事情を知らない他の面々もレイノス達の後を追ってその場を離れた。
そうして、シェリダンの集会所にやってきた一行は、ギンジとノエルの兄妹と対面した。
そして案の定クノンが一緒にいないことを不思議がる二人に対し、事情を話した。
クノンの正体がかつての凶悪殺人鬼『兎』であり、今はダアトにて捕らえられていることを。
「そう…ですか」
「クノンが…」
二人はそれだけ言うと、黙って俯いてしまった。
その反応に、レイノスは首をかしげる。
二人の顔からは、悲しみが見て取れる。
しかし、ずっと暮らしてきた人物が殺人犯だという衝撃の真実を知らされたにしては、反応が薄いように思う。
もっと驚いたり、否定したっていいはずなのに。
「随分あっさりと俺達の話を受け入れるんですね。もっと驚いてもおかしくないと思うのですが…」
同じことはセネリオも感じたらしく、二人の反応への疑問を口にする。
セネリオの言葉に対して、ノエルが口を開いた。
「…ごめんなさい。実は私達、最初から…クノンを拾ったあの日から知ってたんです。クノンの正体が、『兎』だって事」
「「「「「「!!!!!!」」」」」」
ノエルの告白に、逆にレイノス達が驚かされることになった。
「知っていて、クノンさんをずっと育ててきたんですか!?」
スクルドの問いに、ギンジとノエルは頷く。
「本当なら、通報して捕らえるべきだったんだろうな。でも、おいら達の前に現れたあいつは、傷だらけの身体で、言ってたんだ。『死にたくない』『生きたい』って」
「助けを求める子供を、私達は見捨てることができなくて…それで、素性も聞かずに保護したの」
その後も、二人の話は続く。
クノンと過ごしてきた日々の事を。
その語り口からは、クノンへの強い愛情が感じられた。
「みなさん、私達をクノンに会わせてもらえないですか?」
「クノンにどんな処分が下ろうとも異議を唱えるつもりはねえ…あいつは、それだけのことをしたんだからな。でも、せめて…家族として、ちゃんと話はしてえんだ」
やがて話が一段落すると、ノエルたちはそう頼んできた。
「…分かりました。共にダアトへ行きましょう」
二人の頼みに対し、セネリオは了承した。
アルビオールの調整をする必要があるため、出発は明日の朝ということになった。
それまでは、自由時間という事で、レイノス達はいったん解散することとなった。
「ねえハノン」
『どうしたの、シノン』
「クノンは…どういう人なのかな」
『え?』
「私達と旅をしてきたあのクノンは偽物で、殺人鬼として人をいっぱい殺してきたのが、本当のクノンなの?」
シノンの知ってるクノンは、明るくていたずら好きで…だけどもいざという時は優しくて、強くて頼もしくて。
しかし、昨日知らされたクノンの正体は、それらとはとてもかけ離れた、暗く冷たいもので。
少女の中でクノンの存在が大きくなっていたからこそ、そのギャップへのショックは人一倍大きかった。
『そんなこと、ないよ』
ハノンは、シノンの言葉を否定する。
彼はクノンから、罪の告白を聞いていた。
そのことを語るクノンの悲しげな表情は、決して嘘ではなかった。
『シノンたちと一緒に旅をした「クノン」も、殺人鬼として活動していた「クレア・ラスティーヌ」も、どっちもまぎれもない真実なんだよ』
「どっちも…真実」
『シノン、君の悲しみは分かるよ。だけど目をそらしちゃダメだ。『彼』のことを大切に思うなら、「クノン」も「クレア・ラスティーヌ」も、事実として受け入れるんだ』
「ハノン…」
シノンは、顔を上げてハノンの顔を見つけた。
少し、意外そうな顔をしていた。
「…ハノンって、結構説教とかしてくるキャラだったんだね。ママみたい」
『シノンと違って、僕はもう成人してる大人だからね。エッヘン』
「うう、生意気〜」
ハノンと語るシノンの表情に、笑みが戻ってくる。
どうやら、多少は元気を取り戻したようで、ハノンはホッとした。
「ありがと、ハノン。そうだよね…ずっと一緒にいたハノンの事だって、まだまだ分かってないことがいっぱいなんだもん。クノンにだって、知らないことがいっぱいあって当たり前なんだよね」
ハノンが説教屋で意外と生意気な性格だという一面を持つことを、今シノンは初めて知った。
それと同じで、クノンにだって知らない一面があるのは当然なのだ。
事実から目をそらさず、受け止める。
その上でどう接するべきか決めればいいんだ
だから。
「受け止めるよ。クノンが殺人鬼だってこと。私達と旅をしてきた思い出。全部を事実として受け止める」
「お、さっきのお嬢ちゃんじゃないか」
一つの決意を固めたシノンの元に、先ほど出会った男が現れた。
名前は確かオーズだったか。
「…ん?そのチーグル…」
オーズは、ハノンの姿を見ると目を丸くしてまじまじと見つめる。
「ハノンがどうかしたの?」
「ん、ああいや…スターっていう、昔この街にいたチーグルに似てるなと思ってな」
『こんな所にチーグルが?』
オーズの言葉にハノンが意外そうな顔になる。
この土地はあまりチーグルが住むのに適している環境とはいいがたい。
そんな場所に同族がいたことはかなり意外であった。
「イタズラ好きな奴でよお、いっつもあっちこっちで悪さしてやがったんだが、妙な愛嬌があって憎めない奴だったなあ…」
「へえ、クノンみたい」
「クノンが今みたいな性格になったのもそのチーグルの影響なんだぜ」
オーズの話は続く。
なんでも、クノンは昔は無口で暗い性格だったらしい。
それが、スターというそのチーグルと絡んでいる内に染まっていき、今の性格になったらしい。
「おっと、いつまでも油売ってる場合じゃないな。それじゃあなお嬢ちゃん」
一通り話に区切りがつくと、オーズは去っていった。
「…ハノン」
『どうしたの、シノン?』
「街の人に色々話を聞いてみよう!私、もっとクノンの事が知りたい!クノンの事ちゃんと知って、その上でクノンに会いたい!」
『了解♪行こう!』
そうしてシノンとハノンは、クノンの話を聞くため街の人に話を聞いて回り続けた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
一方その頃、ダアトでは。
ミステリアス・ソルジャーが、クノン…いや、クレア・ラスティーヌと対面していた。
「…クレア・ラスティーヌ」
「仮面さん、声怖いヨ」
冷たい声色で名前を告げるミステリアスに、クノンはおどけた態度で返す。
ミステリアスはそれを無視し、用件を伝える。
「ここに来たのは、お前に通達があるからだ。…明日、貴様の処刑が行われる」
「!……へえ、随分ハヤいんだ」
「………………それだけだ」
それだけ言うと、ミステリアスは牢を後にした。
「随分嫌われちゃったなあ…」
ミステリアスの態度に、クノンはそうごちた。
当然だ。
今まで旅をしてきた仲間が、残忍な殺人鬼だったのだから。
彼からすれば、信頼を裏切られたようなものだろう。
もしかすると、親族に手をかけてしまっているかもしれない。
その可能性が絶対ないと言い切れない、むしろ充分ありえることだと思えるくらいに、自分は罪を重ね過ぎた。
その報いを今、ようやく受けることになるのだ。
(ギンジさん、ノエルさん…ずっと黙ってて、ごめんなさい。こんな俺を育ててくれて、ありがとう)
シェリダンにいるだろう育ての親を想いながら、クノンは薄暗い牢の中眠りについた。
その瞳に、一筋の涙を浮かべながら。
ダアトからシェリダンまではそれほど距離は遠くないので、昼頃にはたどり着いた。
シェリダンの港から徒歩で街へと足を踏み入れる。
「おお、あんた達は!」
街に入ってすぐ、声をかけられた。
いつもクノンと喧嘩をしているオーズだ。
「ちょうどいい所に……ん?クノンの奴いないのか?」
どうやらクノンに用事があるらしく、キョロキョロと辺りを見回す。
「く、クノンはちょっと野暮用で、いまは一緒にいないんだよ」
レイノスがごまかすように言う。
同じ街で暮らし、それなりに親交のあるだろう彼に本当のことを話すのは、なんとなく憚られた。
「そうなのか…せっかく新作の音機関を見てもらおうと思ってたのによ。あ、あんた達、代わりに試してくれないか?」
「わ、私達ギンジさんとノエルさんに用事があるので!」
音機関を試させようとするオーズに対し、リンは慌てて断る。
隣ではレイノスとセネリオも顔を苦くしていた。
彼らはオーズの作る音機関がろくなことにならないことをよーく知っていたので、逃げるようにオーズのもとを離れ、事情を知らない他の面々もレイノス達の後を追ってその場を離れた。
そうして、シェリダンの集会所にやってきた一行は、ギンジとノエルの兄妹と対面した。
そして案の定クノンが一緒にいないことを不思議がる二人に対し、事情を話した。
クノンの正体がかつての凶悪殺人鬼『兎』であり、今はダアトにて捕らえられていることを。
「そう…ですか」
「クノンが…」
二人はそれだけ言うと、黙って俯いてしまった。
その反応に、レイノスは首をかしげる。
二人の顔からは、悲しみが見て取れる。
しかし、ずっと暮らしてきた人物が殺人犯だという衝撃の真実を知らされたにしては、反応が薄いように思う。
もっと驚いたり、否定したっていいはずなのに。
「随分あっさりと俺達の話を受け入れるんですね。もっと驚いてもおかしくないと思うのですが…」
同じことはセネリオも感じたらしく、二人の反応への疑問を口にする。
セネリオの言葉に対して、ノエルが口を開いた。
「…ごめんなさい。実は私達、最初から…クノンを拾ったあの日から知ってたんです。クノンの正体が、『兎』だって事」
「「「「「「!!!!!!」」」」」」
ノエルの告白に、逆にレイノス達が驚かされることになった。
「知っていて、クノンさんをずっと育ててきたんですか!?」
スクルドの問いに、ギンジとノエルは頷く。
「本当なら、通報して捕らえるべきだったんだろうな。でも、おいら達の前に現れたあいつは、傷だらけの身体で、言ってたんだ。『死にたくない』『生きたい』って」
「助けを求める子供を、私達は見捨てることができなくて…それで、素性も聞かずに保護したの」
その後も、二人の話は続く。
クノンと過ごしてきた日々の事を。
その語り口からは、クノンへの強い愛情が感じられた。
「みなさん、私達をクノンに会わせてもらえないですか?」
「クノンにどんな処分が下ろうとも異議を唱えるつもりはねえ…あいつは、それだけのことをしたんだからな。でも、せめて…家族として、ちゃんと話はしてえんだ」
やがて話が一段落すると、ノエルたちはそう頼んできた。
「…分かりました。共にダアトへ行きましょう」
二人の頼みに対し、セネリオは了承した。
アルビオールの調整をする必要があるため、出発は明日の朝ということになった。
それまでは、自由時間という事で、レイノス達はいったん解散することとなった。
「ねえハノン」
『どうしたの、シノン』
「クノンは…どういう人なのかな」
『え?』
「私達と旅をしてきたあのクノンは偽物で、殺人鬼として人をいっぱい殺してきたのが、本当のクノンなの?」
シノンの知ってるクノンは、明るくていたずら好きで…だけどもいざという時は優しくて、強くて頼もしくて。
しかし、昨日知らされたクノンの正体は、それらとはとてもかけ離れた、暗く冷たいもので。
少女の中でクノンの存在が大きくなっていたからこそ、そのギャップへのショックは人一倍大きかった。
『そんなこと、ないよ』
ハノンは、シノンの言葉を否定する。
彼はクノンから、罪の告白を聞いていた。
そのことを語るクノンの悲しげな表情は、決して嘘ではなかった。
『シノンたちと一緒に旅をした「クノン」も、殺人鬼として活動していた「クレア・ラスティーヌ」も、どっちもまぎれもない真実なんだよ』
「どっちも…真実」
『シノン、君の悲しみは分かるよ。だけど目をそらしちゃダメだ。『彼』のことを大切に思うなら、「クノン」も「クレア・ラスティーヌ」も、事実として受け入れるんだ』
「ハノン…」
シノンは、顔を上げてハノンの顔を見つけた。
少し、意外そうな顔をしていた。
「…ハノンって、結構説教とかしてくるキャラだったんだね。ママみたい」
『シノンと違って、僕はもう成人してる大人だからね。エッヘン』
「うう、生意気〜」
ハノンと語るシノンの表情に、笑みが戻ってくる。
どうやら、多少は元気を取り戻したようで、ハノンはホッとした。
「ありがと、ハノン。そうだよね…ずっと一緒にいたハノンの事だって、まだまだ分かってないことがいっぱいなんだもん。クノンにだって、知らないことがいっぱいあって当たり前なんだよね」
ハノンが説教屋で意外と生意気な性格だという一面を持つことを、今シノンは初めて知った。
それと同じで、クノンにだって知らない一面があるのは当然なのだ。
事実から目をそらさず、受け止める。
その上でどう接するべきか決めればいいんだ
だから。
「受け止めるよ。クノンが殺人鬼だってこと。私達と旅をしてきた思い出。全部を事実として受け止める」
「お、さっきのお嬢ちゃんじゃないか」
一つの決意を固めたシノンの元に、先ほど出会った男が現れた。
名前は確かオーズだったか。
「…ん?そのチーグル…」
オーズは、ハノンの姿を見ると目を丸くしてまじまじと見つめる。
「ハノンがどうかしたの?」
「ん、ああいや…スターっていう、昔この街にいたチーグルに似てるなと思ってな」
『こんな所にチーグルが?』
オーズの言葉にハノンが意外そうな顔になる。
この土地はあまりチーグルが住むのに適している環境とはいいがたい。
そんな場所に同族がいたことはかなり意外であった。
「イタズラ好きな奴でよお、いっつもあっちこっちで悪さしてやがったんだが、妙な愛嬌があって憎めない奴だったなあ…」
「へえ、クノンみたい」
「クノンが今みたいな性格になったのもそのチーグルの影響なんだぜ」
オーズの話は続く。
なんでも、クノンは昔は無口で暗い性格だったらしい。
それが、スターというそのチーグルと絡んでいる内に染まっていき、今の性格になったらしい。
「おっと、いつまでも油売ってる場合じゃないな。それじゃあなお嬢ちゃん」
一通り話に区切りがつくと、オーズは去っていった。
「…ハノン」
『どうしたの、シノン?』
「街の人に色々話を聞いてみよう!私、もっとクノンの事が知りたい!クノンの事ちゃんと知って、その上でクノンに会いたい!」
『了解♪行こう!』
そうしてシノンとハノンは、クノンの話を聞くため街の人に話を聞いて回り続けた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
一方その頃、ダアトでは。
ミステリアス・ソルジャーが、クノン…いや、クレア・ラスティーヌと対面していた。
「…クレア・ラスティーヌ」
「仮面さん、声怖いヨ」
冷たい声色で名前を告げるミステリアスに、クノンはおどけた態度で返す。
ミステリアスはそれを無視し、用件を伝える。
「ここに来たのは、お前に通達があるからだ。…明日、貴様の処刑が行われる」
「!……へえ、随分ハヤいんだ」
「………………それだけだ」
それだけ言うと、ミステリアスは牢を後にした。
「随分嫌われちゃったなあ…」
ミステリアスの態度に、クノンはそうごちた。
当然だ。
今まで旅をしてきた仲間が、残忍な殺人鬼だったのだから。
彼からすれば、信頼を裏切られたようなものだろう。
もしかすると、親族に手をかけてしまっているかもしれない。
その可能性が絶対ないと言い切れない、むしろ充分ありえることだと思えるくらいに、自分は罪を重ね過ぎた。
その報いを今、ようやく受けることになるのだ。
(ギンジさん、ノエルさん…ずっと黙ってて、ごめんなさい。こんな俺を育ててくれて、ありがとう)
シェリダンにいるだろう育ての親を想いながら、クノンは薄暗い牢の中眠りについた。
その瞳に、一筋の涙を浮かべながら。