第5章『夕闇の断罪者』 8
「なあ、リン」
シェリダンの街にて、リンと歩いていたレイノス。
彼は、一つの決意を固めていた。
「俺さ…やっぱり、クノンともっと旅をしたい。だから、クノンを連れ戻したいんだ」
今の正直な気持ちを、レイノスはつぶやく。
彼は、このままクノンとお別れしたくなかった。
「でも…クノンさんは、多くの罪を重ねてきた。その報いを、受けないわけにはいかないわ」
「分かってる。けど…」
レイノスだって、分かっていた。
それが、自分のわがままだということは。
それでも、諦めきれなかった。
新聞には、死罪は確実だろうと書かれていた。
しかし、そんなこと受け入れられなかった。
たとえ犯罪者であろうと、彼がギンジとノエルの大切な家族であることに変わりがないように。
彼らにとって、クノンは大切な仲間なのだから。
ギンジやノエルは仕方のないことだと割り切っていたが、レイノスはそこまで大人になれなかった。
「死ななきゃ償うことはできないのかよ!生きて償うことだって、できるはずだろ!」
「それは…そうかもしれない」
「俺は諦めねえ…クノンを死なせたくねえ!」
「レイノス…ええ、そうね。私だって、このままクノンさんとお別れなんて嫌」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「罪…か」
「セネリオさん?」
セネリオとスクルドは、宿屋のロビーにいた。
状況が状況だけにいつも元気にセネリオに話をしてくるスクルドも、さすがに口数が少なかった。
そんな中、セネリオがふと、ポツリとつぶやいた。
「俺も、いつかは報いを受けることになるだろうな」
「ええ!そんな…」
「俺は、同じ神託の盾の兵士たちを、何人もその手にかけた」
彼、セネリオはクラノスの不穏な動きを察知して神託の盾を抜け出した。
その際、多くの神託の盾の兵を倒してきた。
「でも、それは正当防衛じゃあ…」
「罪は罪だ。そこから逃げるつもりはない」
「セネリオさん…」
スクルドは悲しみの顔を浮かべる。
そして、しばらくなにかを考え込んだ様子で、顔を俯かせた。
「…よし」
やがて顔を上げると、大きく息を吸い…歌い出した。
♪トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ
♪クロア リョ ズェ トゥエ リョ レイ ネゥ リョ ズェ
♪ヴァ レイ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リョ トゥエ クロア
♪リョ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ ズェ レイ
♪ヴァ ネゥ ヴァ レイ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レイ
♪クロア リョ クロア ネゥ トゥエ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ
♪レイ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レイ レイ
「…突然歌い出して、どうした」
「私の名前、スクルドは古代イスパニア語で『未来の歌い手』…だから、歌ったんです。例え罪の報いを受けることになっても、セネリオさんの未来が、明るく幸せなものになりますようにって、願いを込めて」
「…そうか、ありがとうな」
セネリオは、スクルドの頭をなでてやる。
頭をなでられて、スクルドの顔が紅潮した。
「こ、今度はセネリオさんも歌いましょうよ!」
「俺が、か?歌はあまり得意では…」
「それでもいいんです。ダアトにいるクノンさんに届くように、歌いましょう!」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
(クノンさん…)
ギンジとノエルの話を聞いたアルセリアは、顔を俯かせて街を歩く。
クノンは、この街で15年間を過ごした。
ギンジとノエルという、家族と共に。
(あなたは…なんで。なんで、あなたが)
私から、家族を奪ったあなたが。
どうして家族という団らんを。
なんで、なんで、ナンデ、ナんで。
(ダメ…クノンさんは、大切な、仲間…)
胸に宿る陰鬱とした思いを封じ込めるかのように、心の中で仲間、仲間と連呼する。
クノンさんは仲間なんだから。
仲間に、こんな感情を抱きたくなんてないから。
あの楽しかった旅の日々が、嘘だなんて思いたくないから。
だから。
―ニ ク イ
―ウ ラ メ シ イ
こんな感情、捨ててしまわないと。
クノンに対して各々がそれぞれの想いを抱きながら、翌日、彼らはギンジとノエルと共にシェリダンを出発した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一方、ダアトでは。
クノンこと、クレア・ラスティーヌの公開処刑の準備が、着々と進められていた。
本来なら現在ダアトに不在のロストロを交えて、厳正な裁判を行ったうえで刑を執行するのが常道だ。
しかし、今回クラノスはそれらの手順を一切省き、この処刑の段取りを組んだ。
上層部からは異議も出たが、導師不在の中、クラノスに歯向かえる者はいなかった。
クノンの手足は厳重に縛られ、身動きが取れない状態だ。
そして、彼の眼前には、この処刑の執行人の姿があった。
「…ねえ、ミステ」
執行人――ミステリアス・ソルジャーに声をかける女性が一人。
かつての大戦の英雄、アニス・タトリンだ。
「あんた、本気でこの子を殺すつもりなの」
「当然だ、こいつは大罪人で…俺の大切な人たちをぶち壊した野郎だ。躊躇する理由なんてない」
その口調からは、ミステリアスの本気が感じられた。
仮面で顔は見えないが、きっとその表情は憎悪で彩られていることだろう。
(今のミステの様子…あの頃と同じだ)
かつて、【あの事件】が起こってからのミステリアスは、憎悪に身を任せた野獣だった。
ロストロの世話係を任じて、仮面をかぶるようになってからはなりを潜めていたそれが、今のミステリアスにはあった。
「クレア・ラスティーヌ…てめえはこの俺が、引導を渡してやる」
「おい、空になんか飛んでるぞ!」
「こっちに来てる!」
処刑の時間が刻一刻と近づく中、ギャラリーの一部が空を見上げてなにかをわめいていることにクノンは気がついた。
(空…?)
釣られて顔を上にあげたクノンが見たもの。
それは、クノンのよく知るものであった。
たとえ遠目であっても見間違えるはずもないそれは、アルビオール。
「ギンジさん…ノエルさん……?」
シェリダンの街にて、リンと歩いていたレイノス。
彼は、一つの決意を固めていた。
「俺さ…やっぱり、クノンともっと旅をしたい。だから、クノンを連れ戻したいんだ」
今の正直な気持ちを、レイノスはつぶやく。
彼は、このままクノンとお別れしたくなかった。
「でも…クノンさんは、多くの罪を重ねてきた。その報いを、受けないわけにはいかないわ」
「分かってる。けど…」
レイノスだって、分かっていた。
それが、自分のわがままだということは。
それでも、諦めきれなかった。
新聞には、死罪は確実だろうと書かれていた。
しかし、そんなこと受け入れられなかった。
たとえ犯罪者であろうと、彼がギンジとノエルの大切な家族であることに変わりがないように。
彼らにとって、クノンは大切な仲間なのだから。
ギンジやノエルは仕方のないことだと割り切っていたが、レイノスはそこまで大人になれなかった。
「死ななきゃ償うことはできないのかよ!生きて償うことだって、できるはずだろ!」
「それは…そうかもしれない」
「俺は諦めねえ…クノンを死なせたくねえ!」
「レイノス…ええ、そうね。私だって、このままクノンさんとお別れなんて嫌」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「罪…か」
「セネリオさん?」
セネリオとスクルドは、宿屋のロビーにいた。
状況が状況だけにいつも元気にセネリオに話をしてくるスクルドも、さすがに口数が少なかった。
そんな中、セネリオがふと、ポツリとつぶやいた。
「俺も、いつかは報いを受けることになるだろうな」
「ええ!そんな…」
「俺は、同じ神託の盾の兵士たちを、何人もその手にかけた」
彼、セネリオはクラノスの不穏な動きを察知して神託の盾を抜け出した。
その際、多くの神託の盾の兵を倒してきた。
「でも、それは正当防衛じゃあ…」
「罪は罪だ。そこから逃げるつもりはない」
「セネリオさん…」
スクルドは悲しみの顔を浮かべる。
そして、しばらくなにかを考え込んだ様子で、顔を俯かせた。
「…よし」
やがて顔を上げると、大きく息を吸い…歌い出した。
♪トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ
♪クロア リョ ズェ トゥエ リョ レイ ネゥ リョ ズェ
♪ヴァ レイ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リョ トゥエ クロア
♪リョ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ ズェ レイ
♪ヴァ ネゥ ヴァ レイ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レイ
♪クロア リョ クロア ネゥ トゥエ レイ クロア リョ ズェ レイ ヴァ
♪レイ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レイ レイ
「…突然歌い出して、どうした」
「私の名前、スクルドは古代イスパニア語で『未来の歌い手』…だから、歌ったんです。例え罪の報いを受けることになっても、セネリオさんの未来が、明るく幸せなものになりますようにって、願いを込めて」
「…そうか、ありがとうな」
セネリオは、スクルドの頭をなでてやる。
頭をなでられて、スクルドの顔が紅潮した。
「こ、今度はセネリオさんも歌いましょうよ!」
「俺が、か?歌はあまり得意では…」
「それでもいいんです。ダアトにいるクノンさんに届くように、歌いましょう!」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
(クノンさん…)
ギンジとノエルの話を聞いたアルセリアは、顔を俯かせて街を歩く。
クノンは、この街で15年間を過ごした。
ギンジとノエルという、家族と共に。
(あなたは…なんで。なんで、あなたが)
私から、家族を奪ったあなたが。
どうして家族という団らんを。
なんで、なんで、ナンデ、ナんで。
(ダメ…クノンさんは、大切な、仲間…)
胸に宿る陰鬱とした思いを封じ込めるかのように、心の中で仲間、仲間と連呼する。
クノンさんは仲間なんだから。
仲間に、こんな感情を抱きたくなんてないから。
あの楽しかった旅の日々が、嘘だなんて思いたくないから。
だから。
―ニ ク イ
―ウ ラ メ シ イ
こんな感情、捨ててしまわないと。
クノンに対して各々がそれぞれの想いを抱きながら、翌日、彼らはギンジとノエルと共にシェリダンを出発した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一方、ダアトでは。
クノンこと、クレア・ラスティーヌの公開処刑の準備が、着々と進められていた。
本来なら現在ダアトに不在のロストロを交えて、厳正な裁判を行ったうえで刑を執行するのが常道だ。
しかし、今回クラノスはそれらの手順を一切省き、この処刑の段取りを組んだ。
上層部からは異議も出たが、導師不在の中、クラノスに歯向かえる者はいなかった。
クノンの手足は厳重に縛られ、身動きが取れない状態だ。
そして、彼の眼前には、この処刑の執行人の姿があった。
「…ねえ、ミステ」
執行人――ミステリアス・ソルジャーに声をかける女性が一人。
かつての大戦の英雄、アニス・タトリンだ。
「あんた、本気でこの子を殺すつもりなの」
「当然だ、こいつは大罪人で…俺の大切な人たちをぶち壊した野郎だ。躊躇する理由なんてない」
その口調からは、ミステリアスの本気が感じられた。
仮面で顔は見えないが、きっとその表情は憎悪で彩られていることだろう。
(今のミステの様子…あの頃と同じだ)
かつて、【あの事件】が起こってからのミステリアスは、憎悪に身を任せた野獣だった。
ロストロの世話係を任じて、仮面をかぶるようになってからはなりを潜めていたそれが、今のミステリアスにはあった。
「クレア・ラスティーヌ…てめえはこの俺が、引導を渡してやる」
「おい、空になんか飛んでるぞ!」
「こっちに来てる!」
処刑の時間が刻一刻と近づく中、ギャラリーの一部が空を見上げてなにかをわめいていることにクノンは気がついた。
(空…?)
釣られて顔を上にあげたクノンが見たもの。
それは、クノンのよく知るものであった。
たとえ遠目であっても見間違えるはずもないそれは、アルビオール。
「ギンジさん…ノエルさん……?」