メモリアル2
話し合いから数分。まずは町の現状を確認する為に、再建委員会の人達に話を聞く方針に決定する。
全員は彼らの拠点とする家に移動を開始する。歩き初めてすぐ、クウは前を歩くスピカに声を掛けた。
「スピカ、平気か?」
「どうしたの、急に?」
「身体も万全じゃないのに俺達について来たんだろ。無理せずあっちで休んでいれば――」
「どの口が言ってるの、よ!」
「いって!」
不満をぶつける様に思いっきり背中を叩かれ、よろめくクウ。
「ほら。私より酷い事になっているのはあなたでしょ? 今は他人の心配より自分の心配考えなさい」
スピカに反論をぶつけられて何も言い返せず、クウは渋い顔で黙るしか出来なかった。
本当なら、彼女とこうして話せるなんて出来なかった。
俺はかつて、恋人関係だったスピカを裏切った。スピカだけじゃない…沢山の人を裏切った。闇の世界で作った居場所を、自ら捨てた。
世界を転々としていた際に、俺はテラ達と出会い、少女に――シルビアにお願いされた。『10年後の未来で、共に戦ってくれ』と。
最初はバカバカしかった。簡単に信じられなかった。けど…シルビアの言葉、向けてくれた眼差しが焼き付いて離れなくて、旅の途中で拾って行動するようになったレイアと一緒に出会ったあの場所に赴いていた。
だけど、その後は行く当てなくて、結構行き当たりばったりだった。だけど、運命って言う力が働いているからか、色んな出会いがあった。
中でも俺の中で大きかったのは、ウィドに出会った事だろう。スピカの実の弟…そんな話は聞いていた。でもまさか会えるとは思っていなかった。
スピカからは年の離れた弟、素直で可愛い、男の子なのに気も身体も弱い、そんな風に聞いていたのに実物は全然違った。寧ろ…うん、身体は細いけど全然逆だった。最初の頃はこいつの為もあってスピカの所在についてのらりくらり交わしていたが、結局スピカと恋人関係だってバレてしまい、そこからは敵意どころか殺意剥き出しだった。
あっちの世界に行く前に一度本気でやりあったし、行ってからも相当ぶつかりあった――よくあんな重度のシスコ…姉思いが激しい奴と和解出来たな。と言うかよく生きてられたな、俺…っとぉ!?
「今何か失礼な事考えませんでした?」
「何も考えてない!? だから剣収めろまた空衝撃放つ構えするな!!」
「…ならいいですが」
やっぱこいつスピカの弟だ。血が繋がっていると確信できる。
ウィドが白銀の剣を鞘に納める。シルビアに貰ったデータを元に作り、あいつの光の心を使って完成させた細剣――エクスカリバー。シルビアの代わり…いや、あいつ自身が持つべき本来の武器なんだろう。
あいつが代わりとして持っていたシルビアは奪われた。敵の大将…いや“俺自身”に。
シルビアを狙う敵の正体、それは平行世界にてあり得た未来の1つである『全てを失った俺』だった。
そちらの俺――今ではエンと名乗っているが――はソラ達だけでなくテラ達とも知り合いで、スピカと結婚し子供ももうすぐ産まれる予定だった。だけど、マスター・ゼアノートが全てを壊した。キーブレード戦争を起こす為にエン達を騙し、χブレードを作り出す為にスピカとお腹の子供を犠牲にし、エンは絶望に打ちひしがれてゼアノートに身体を乗っ取られた。
その後、エンに乗っ取ったゼアノートはソラ達を始末しようと次々と消し去ったそうだ。だけど、最後の最後で抗い…最終的に、仲間を、家族を、世界を失う事になった。
キングダムハーツの力のおかげで生き残ったとは言えエンはノーバディとなった。それから他の異世界を転々として旅に出たらしい。失ったモノを取り戻すために。ようやく見つけた方法が…シルビア、アウルムの二振の剣でχブレードを作り、再生の力を使って取り戻す方法だ。だが、犠牲として一つの異世界が丸ごと作り替えられる。俺達がシルビアによってやってきた、カミが見捨てた世界を。
正直、エンの気持ちは痛いほど分かる。俺だって全部失ったら、何が何でも取り戻したい。例え世界の敵になっても。
けど、だからこそ、あいつを止めたいんだ。
あいつの悲しみを終わらせる為に。
そして、俺を信じてくれたシルビアを救いたい。
俺はまた、守るための力を――キーブレードを持つ事が出来たのだから。
「あ、あの…」
密かに決意を新たにしていると、レイアがおずおずと話しかけてくる。
迷っている表情の彼女に、すぐにクウは顔だけ振り向く。
「レイア、どうした?」
「あのクウさん、大丈夫ですか…右腕」
「あれから何ともない。大丈夫だ」
「動かないまま、って事よね?」
間髪入れず、スピカがジト目で割り込んでくる。
あちらの世界で起こった敵の襲撃で、俺達はあちら側の敵の大将であるカルマによって洗脳されたスピカと戦った。
ただでさえ強かったのに、色々重なってスピカが暴走してしまった。それでもあちら側の協力者達の力量と技術のおかげで、スピカを取り戻す事が出来た。だけど、俺達は敵の真の目的に嵌っていた。
俺達が傷つく姿を抵抗していたシルビアに見せる事でアウルムと融合を果たし、χブレードが生み出された。クロニクルキーと名乗ったそいつは、シルビアから直々に託された切り札である『融合』と『分離』の力を封じた。
おかげで、現在俺の右腕は手先から片側まで黒く変色している。動かそうとしても、全く動かせない状態だ。
「……痛いとかはないからいいだろ」
「そう言う問題じゃないです!!」
「レイアの言う通りよ。闇が齎す力はそんなものじゃない、クウも十分理解してるでしょ? 何か異変を感じたら一人でどうにかしようとせずにすぐに報告しなさい、いいわね?」
「分かった、分かったから…!」
二人に迫られて、顔を逸らしながら後ずさりしてしまう。
お節介な部分は面倒だな、とは少しだけ思う。けど、心配してくれるのは素直に嬉しい。
あんな別れ方をしたのに、スピカはまだ俺の事を好きでいてくれる。けど…レイアも同じような感情を抱いているのは前々から知っている。
レイアもスピカもお互いに似ている。そして俺はレイアだけでなくスピカの事も好きだ。スピカと再会して分かった、この想いは完全に消しきれてなかった。
二人の為にも、いつかはこの感情にもケリをつけないといけない…。